354 計略の崩壊

 ややややや。

 ややや。

 や。

「やっちまったああああ!!!!!!」

 オレはアホかああああ。

 ダイナマイトが満載してある天幕に放火されたらそりゃ爆発するに決まってるだろうがああああ! そもそもダイナマイトの管理が杜撰すぎるんだよお! もうちょっと厳重にしておけば……ってそんなこと今はどうでもいい。

 ぶっちゃけどうする? ダイナマイトを見られたのはまずい。もしもあれを自然現象や何かではなくオレたちの兵器だと理解されてしまうと対策を練られてしまうかもしれない。

 それは本当にまずい。ダイナマイトをはじめとした爆薬は対銀髪の切り札。

 厄介なことに今回指揮を執っている奴は無能じゃない。きちんと上に報告されてしまえばそれでかなり戦いにくくなる。

 ……どうしよう。

 ……頭が真っ白だあ。

 あー、何か急に部屋の掃除がしたくなってきたなあ。よし今すぐ部屋に戻……。

「ぐはあ!」

 後頭部に衝撃!? いったい何奴!?

「現実逃避しておる場合か」

 千尋があきれ顔でオレの頭を殴っていた。仰る通りでございます。

「げ、現実逃避していたわけでは決してなく、そのう……」

「そのう?」

「ちょっと部屋に……ごふ」

 再び衝撃。

「真面目にやらんか。何があった?」

「うい。……爆弾が爆発しちまった。しかも敵の前で」

「……ふむ。対策を取られるかもしれんのだな?」

「ご理解いただけて何より」

「奴らはそこまで優秀か? そうそう簡単に対策できるものでもなかろう?」

「そうなんだけどさあ。どうもあいつら数日前よりも戦術にキレがあるんだよなあ」

 例えば夜襲だったり見張りを無視して内部に侵入したり、火を放ったり……そもそも兵の勢いが明らかに違う。疲労困憊だったはずの兵隊が息を吹き返すのは精神論では不可能だ。どういうからくりかわからないけど食料が供給されたとみていい。

 ダイナマイトはタネも仕掛けもある兵器だ。最悪の場合奪われでもして複製されたら大惨事どころではない。今までならそんな心配はしていなかったけど……どうにも敵が有能になっている気がする。


「では考えるまでもなかろう。有能な敵を全て灰燼に帰せばよい」


 非常にシンプルな結論。

「じゃ、それでいいか」

 オレ自身もシンプルに答える。

 下手の考え休むに似たり。こうなった以上ごちゃごちゃ考えるよりもすぱっと終わらせた方が手っ取り早い。というか迷っている暇なんかない。

「まずは連絡か? 殲滅するための作戦も考えておるのだろう?」

「だな。ひとまずティウにアンティ同盟を動かしてもらうように頼まなきゃ」

 当初の予定としては補給線などを叩く予定だった戦力なのでそれほど強靭な部隊ではなく、敵軍を壊滅させるほどの力はない。ただし、それはあくまで昼で敵が万全の準備を整えていたら。

 夜の闇を上手く使って奇襲を仕掛ければ一人残らず皆殺しくらいはできるはずだ。……敵が上手くこっちの策に乗ってくれれば。冗談抜きで超軍師でもいればどうなるかわからん。

 ……ああでも前に翼に言われたっけ。全員を騙すのではなく、軍を欺いて行動を制限する。……ふむ、やってみるか。




 人生で初めて爆発という物理現象を目撃したクワイの騎士団員たちの動揺は思いのほか少なかった。

 敵陣中で爆発が起こったので誰一人として巻き込まれなかったのと、戦闘による興奮でどこかで雷でも落ちたのかという疑問符を浮かべるくらいだった。

 しかし戦場の一歩外で指揮を執っていたチャーロ達幹部は動揺を隠せなかった。

「ニムア様……今の光と音はいったい……?」

「……」

 ニムアはしばし沈黙していたが、不安げな視線を受けてやおら口を開いた。

「神の御加護でしょう。神が邪悪なる魔物を討てと我らに力を貸してくださっているのです」

 他に何と言えようか。ニムア自身にも何が起こっているのかわからないが、少なくとも自分たちは全く被害を受けていない。ならばこれを吉兆と信じることにしただけだ。

 ニムアを信じた一斉に幹部たちは顔を上げ、神と救世主への祈りの言葉を口にするが、チャーロだけは表情を硬くしたままだった。

(もしもあれが……我々の頭上で起こったら……?)

 去年の大敗が頭をよぎる。あの敵は警戒しすぎてしすぎるということはない。だが、もしも先ほどの現象を自由自在に使えるのだとすれば、何をどうすればよいのかまるでわからない。だがとてもただの魔物にあんなことができるとは思えない。それこそ神の御業だ。もしくは……悪魔の所業。

 迷いを抱えたまま見通しのきかない戦場を覆う暗闇は深くなるばかりだった。

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