350 すれ違い空

「ひとまず向こうが思っているよりもごちゃごちゃしてることは想像がついたよ。なら敵は何がしたいんだろうか」

「そうですな。偵察のおかげで敵の一般人の思考はよくわかります。あの魔王に心酔しているのでしょう」

 ティウの言う魔王とは銀髪のことだ。あの熱狂ぶりはアイドルやヒーローのそれに近い。つまり今まで現れなかった新勢力だ。

「……銀髪を疎んじているやつってどれくらいいるのかな」

 色々指摘されてようやくそこに思い至った。普通に考えれば簡単にわかる。出る杭は打たれる。ぽっと出のガキにいい思いをしない奴は多いはずだ。セイノス教の狂奔がどの程度まで及ぶのかはわからないけど、クワイの上層部には銀髪を利用したり、排除したい奴もいるかもしれない。

「わかりません。恐らくですがソメル家の輩は魔王を取り込みたいのでしょう。そのためにここで武功を挙げ、ご機嫌を取りたいのでしょうな」

 うーん。そんなにうまくいくだろうか? ただここで武功を挙げれば教皇のルファイ家に対して傷をつけることはできるのか? 勝ちさえすれば悪い結果にならないか。勝ちさえすれば。

「……じゃあ教皇としては失敗してもらいたいわけだよな。それにしてはきちんと事前準備が整ってないか? 去年戦った奴らが教皇の派閥ならこんなに協力しないんじゃないか?」

「ただ負けるだけでは不足なのかもしれませんな。堂々たる戦ののちに敗れる。そうすれば総大将の責任を追えるでしょう」

 補給が届かず負けたのなら、補給担当の首を飛ばせばトップの責任は回避されるかもしれない。しかし、真っ向勝負で負けたのなら、現場責任者を追求できる。

「つまり何だ? 相手はオレたちに勝ってほしい奴がいるってことか?」

 以前戦場では勝ち続けても、最終的に負けた奴なんていくらでもいると考えたことがあるけど、これも同じことだ。戦術的敗北が戦略的勝利に繋がることもあるのだ。

「そうなります。そして恐らくは、それを誰よりも望んでいるのは魔王でしょうな」

 銀髪? 何であいつが……いやちょっとまてよ?

「まさか……騎士団が勝てないのなら銀髪以外誰も勝てない……そういう論法か!?」

「恐らくは」

「呆れた。じゃあなんだ? 騎士団はただの撒き餌か?」

「軍でさえ勝てない敵を倒した。そう喧伝すれば自らの実力を誇示するいい機会でしょう。教皇の派閥がどこまで見通しているのかはわかりませんが、この状況はとても魔王に都合がよい」

「二派閥が争っている間に自分が獲物をかっさらうつもりかよ……」

 頭を抱えてしまう。銀髪が関わるといつもこんなことばっかりだ。

 あいつだけ実力と知性のレベルが異次元すぎる。この調子だと多分両方の派閥にスパイみたいなのがいるんじゃないのか? そうじゃないとここまで都合よく進められないだろ。

 土俵で相撲をとっていたらいつの間にか巨人に踏みつぶされていたような理不尽ささえ感じる。

 これまで会話は全部推測だからあっているかどうかはわからないし、銀髪本人が策謀を練ったわけではないかもしれない。でも放っておけば銀髪が台頭してくるのは間違いない。

「そうなると……少なくとも真っ向勝負で叩きのめすのはなしだな」

 はっきり言って敵戦力は弱い。アンティ同盟と協力すればまず負けない。しかしそうすると銀髪が降臨してゲームオーバー。

「このままずっと耐え忍ぶか、怪しまれないように適度に負けるしかないでしょう」

「……そういうのは得意だけどな」

 なんともまあ奇妙な状況になったものだ。お互いにほどほどに負けることを望むとは。


 実のところ彼にとって敗北が一種の清涼剤になっていた。

 慎重というよりは臆病であるがゆえに勝利し続けることに恐怖している。故に負けることを厭わない。必要だという理由だけでプライドや意地をあっさり捨てられる。

 そうやって、生きてきたのだ。この世界でも地球でも。




 そして四日。

 ニムアが城を落とすと宣言した期日。今までよりもはるかに激しい攻撃を加えた。しかし、揺るがない。夕焼けに照らされて炎を纏う山のように城は聳え立っていた。

 それを見上げたニムアを始めとする騎士団の面々は膝を支え、地面に崩れ落ちない努力をしなくてはならなかった。


「チャーロ殿。まずは謝罪を。確かにあの蟻は強敵でした」

 ニムアの第一声は謝罪だった。

「いえ、私こそ不躾な言葉をぶつけてしまいました。平にご容赦を」

 チャーロとしてもこれ以上波風を立てることは本意でない。真摯な謝罪を受け入れた。

「寛大な御言葉に感謝します。では、これからの策略はおありでしょうか。我々はまだまともに戦えていないのです」

 チャーロは幕僚たちの顔を見る。ニムアの言葉に批判はなく、戦意がありありと浮かんでいる。ここで撤退すると言い出すことはできそうもない。負けて撤退するのはまだいい。彼女らの感覚としては一度も戦っていないのだ。城攻めを戦いだとは受け取れていない。

 敵は一度も戦わず、こもっていただけ。戦果を誰一人としてあげぬままおめおめと教都チャンガンに戻るのは彼女らの矜持が許さないだろう。

「失礼ですがニムア様。私と二人きりでお話しできますか?」

 率直な言葉にピリリとした視線がチャーロに突き刺さるが誰も口を挟まない。ここで口を出すことはニムアの誓いを足蹴にするも同然だからだ。

「伺いましょう」

 ニムアが合図を出すと、配下は静かに退出し、やがて二人だけが残された。

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