349 一握の塵

 草の生い茂る平原に屹立する城。

 城壁の上には物々しい武装に整然と立ち並ぶ魔物の兵士。その奥には風に吹かれた風車が勢いよく回っている。

 ありとあらゆる点において違和感を生じさせる物体だった。

 少なくともクワイの騎士団にとってこれ以上ないほど邪悪で醜悪で、許されざる建物であったことは確かだろう。

 ニムアは声を張り上げ、高らかに演説を始めた。


 その様子を見ながら敵の武装などを確認しててきぱきと準備を進める。さっさと攻めてこないから敵に余裕を与えちゃうんだよ。そう、オレは独白した。


 幾分時間が空いてから城攻めは開始された。

 攻めるクワイ側が三万ほど。守るエミシ側は一万強。城攻めには三倍の兵士が必要という原則を考えれば拮抗ないしはやや守る側が有利というところだろうか。ただし、エミシ側はアンティ同盟を始めとした援軍のあてがあることをクワイ側はまだ知らない。

 攻め手が行ったのはそれほど斬新な戦術ではない。木の盾を持った兵士が前進し、その後方から梯子を持った兵士が守られながら前進。そして城壁にたどり着くと梯子を城壁に立てかける。

 以前の遊牧民とは違い、きちんとした準備を進めたうえでこの城攻めに臨んでいるようだ。むしろ遊牧民からの助言を受けてあらかじめ準備しておいたのかもしれない。

 その点において去年よりもだいぶ厄介だろう。しかしはっきり言えば、予想の範疇でしかない。こちらも準備を整える時間は山ほどあった。

 クロスボウにバリスタ。梯子を外すための守城兵器。そしてなによりも、梯子の高さが足りないので城壁の上まで届いていない。ものすごい背伸びをしてもぎりぎり届かない。これは計画と計算に基づく結果だ。以前遊牧民たちと戦った城よりも少しだけ城壁を高くしておいたのだ。以前の情報をもとに作られた梯子では攻略できないように設計したらしい。七海がな!

 逆を言えば敵もきちんと対策を練るくらいの頭はあるらしい。

 ヒトモドキは梯子の上から縄を投げたりしてとりつこうとしているけれど不安定な足場の上でそんな曲芸がなんども成功するはずもない。

 地味で変わり映えのしない戦場風景は丸一日続き、城壁の下には死体の山が積み重なっていた。


「一日を終えて、どうだった七海?」

「万事つつがなく進行しております」

「だよなあ」

「何か心配事でも?」

「心配っていうか……ここまで順調だと相手が何を考えているのかわからん」

 この程度の攻めなら城は落とせない、いや落とせたとしても相当な被害が出るとわかっているはずなのに。そのくせきちんと食料や水の補給なんかはきちんと行っているのだからよくわからん。

「案外何も考えてないのでは?」

「……ないとは言い切れないよなあ」

 要するに、普通に攻めて、普通に落とそうとしているだけ。これなら何の問題もないけど……ひとまずは様子見かなあ。

 そして二日が過ぎてなお、全く戦況に変わりはなかった。順調すぎるほどに順調であるだけに、不安がいや増すのだった。故に、相手の思考を少しでも読めそうな人材に相談する必要があった。


「と、いうわけでティウ。あいつらが何をしたいのかわかるか?」

 ヒトモドキどもの行動は明らかに戦術や戦略を無視した行動だ。そうなると信仰や政治寄りの思考でこの戦いを行っているのかもしれない。ならばそれを理解できそうなのはやはりアンティ同盟を裏で束ねるマーモットたちしかいなかった。

「確かに奇妙な状況ですな。準備が万端かと思いきや粗雑に戦う。まるでちぐはぐです」

「だよなあ」

「であれば回答は一つ」

「え、そんなに簡単なことなのか?」

 あっさりと真相にたどり着いたらしきティウの言葉に驚く。

「ええ。この戦いは複数の勢力の意志が絡まっている。そうみるべきです」


「勢力……ええと、教皇と今回の騎士団の団長は演説するときにソメル家のニムアって名乗ってたな。そいつらか?」

「それもあるでしょうが……どうにもあなたは組織が一枚岩であるという認識をお持ちではないですかな?」

「え、いやそんなことはないぞ? あいつらだって全部同じグループに所属するわけじゃないだろ」

 少なくとも教皇とニムアのソメル家は対立している可能性が高い。それくらいはオレにだってわかる。しかしティウは生徒に教える教師のように丁寧に説明してくる。

「もう少し細かく考えましょう。教皇とやらの配下やその支持者と教皇本人の意思が違うこともあり得るでしょう?」

「あ……確かにそりゃそうだ」

 例えば政党で考えよう。

 自由大好き党があったとしよう。党員は全て党首に従うだろうか。その政党が大きい組織なら組織の中にも派閥があって当然だろう。ましてや政党の支持者が全て党首の意志に従うかと言われればほぼ間違いなく違うだろう。

 政治家というのは一般人とは違う目線の持ち主だから、民衆の希望と政治家の意志が同じ方向を向くことはまさしく奇跡だろう。

「あなたの部下は皆あなたによく従いますからあなたは見落とされていたのでしょうが……派閥とはあなたが想像するよりもずっと複雑で合理性に欠けますよ」

「ぐ……ぬう」

 魔物の多くは合理的で全体主義だ。もちろんいらんことを吹き込まれていることもあるけれど、なんだかんだ言って上位存在に逆らおうという発想に思い至ることが少ない。だから味方がそうであるから敵もそうであると思い込んでしまった。あまりに浅はか。

 アンティ同盟は比較的雑多な魔物の集まりであるせいなのか、ティウはそういう派閥争いのような経験があるのかもしれない。

 これを解決するにはオレの苦手分野である政治力学に属する思考をしなければならない。悔しいけどオレは政治に関しては素人。

 行儀のよい魔物をまとめ上げることなら何とかなる。けど狡猾さや悪辣さで敵を出し抜くならともかく、そういう奸計を見抜くのは経験が足らない。

 ここにきてティウの重要性が増してきている。……くそう。去年はこいつを言い負かしたつもりだったけど……今討論したら負けるかもしれない。

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