302 一難去って

 マーモットの神官長ティウにこれまでの経緯を細かく、説明する。

 ティウはいつもの穏やかそうな顔を動かさずじっと聞いていた。

「そうなると銀髪がここに来るのは時間の問題でしょうな」

 さらりと事態を端的にまとめる。

「悪いけどあいつを足止めするのは厳しい。何とかして戦わない努力をするしかない。バッタたちの状況はどうだ?」

「かなり駆逐できましたが、しばし時間が必要です」

 一つの群れを潰せばまたどこかで群れが発生する、ということを繰り返していたようだけど、それもだいぶ落ち着いてきたらしい。

「不快ですが、銀髪が侵略してきた土地の領主に戦っていただくしかないでしょう」

 その戦うやつはほぼ間違いなく生きては帰れないだろう。それをわかったうえでティウは指示を出そうとしている。いや、必ず出す。ティウは全体を活かすためなら損切りを躊躇しない。

「今のところ銀髪たちは千人ちょっとの集団だからそうそう食料を持ち運べないはずだ。何とか粘れば……」

「いえ、どうやらその手は厳しいかもしれません」

「え、何で?」

「どうやら遊牧民たちが動き出したようです。目的は恐らく銀髪の援護でしょう」

 意識が揺れる。

 これは間違いなくオレの失態だ。少なくとも遊牧民はあまり高原の外からやってきた連中とあまり連携していなかったように見える。今まで自分たちを見下していた連中とすぐに仲良くなるのは無理だろう。

 しかし、あの砦の出来事と、銀髪という旗印によって急速に意思が統一されたとしたら?

 オレの行動は完全な逆効果だったかもしれない。

 遊牧民によって食料などの物資を供給されれば銀髪の継戦能力は飛躍的に向上する。あいつが一か月高原で暴れまわれば、冗談抜きでアンティ同盟が壊滅しかねない。


「念のために言っておきますと、あなたを咎めるつもりはありません」

「ま、そりゃ助かるけど……」

「いえ、まだ正確にご理解いただけていないので補足しますと、我らも少なからず怒っているのですよ」

「? 何に?」

「子供を喜んで殺すという奴らの所業に」

 ティウたちにも砦で何が起こったのかは伝えてある。常に余裕のあるティウからは珍しく冷たい闘気が感じられた。

「やはり確信しました。奴らとは共に大地をかけることができません」

 あの砦での出来事は敵にとって格好のプロパガンダだったが、真実を伝えたオレたちにとってもプロパガンダになったらしい。

 下手に隠していると揉めていたかもしれない。そこまで深い考えはなかったけど、これは悪くない兆候じゃないか?

 その時、一筋のアイディアが頭を掠めた。実現の可能性があるかはわからなかったが……それを口にする前に連絡が入った。


「うん? ……ああ、わかった」

「おや、何か?」

 寧々からの連絡だったけど、その一部を聞かれていたらしい。

「ああ、オレたちの拠点を襲っている奴がまた暴れだしたらしい」

「ふむ。お互い多事多難ですなあ」

「全くだ。そっちは今のところ銀髪の出方待ちになるのか?」

「でしょうな。そちらは?」

「銀髪が倒せないからなあ。できればこっちの魔物のケリをつけたい」

「ご随意に。我らは我らで戦います。全滅してしまい、全て銀髪に蹂躙されてしまうかもしれませんが我らは誇り高く戦いますとも」

 意訳。色々エミシが作ったもんを壊されたくなかったらはよ援護しろ。

 お互いこき使う気全開だなおい。こういう利益と打算に塗れた関係は嫌いじゃないけどね。


 ティウとのテレパシーによる会話を打ち切ってすぐに樹海の様子を見る。

 樹海の巣の内の一つに鵺が攻めてきたようだ。

 いやはやなかなか厳しい。鵺の魔法で目が見えなくなった味方は正確な攻撃ができず、反対に鵺の二つ目の魔法でなぎ倒されていく。

 それだけならまだしも明らかに変化しているものがある。敵の数だ。

 鵺の部下はその数、質ともに大きく変化している。鳥、オオカミのような獣、ネズミ、エトセトラ。一体どうしたらここまでの魔物を支配できるのか。

 軍隊のような連携はないけれど、それだけに行動が読みづらく、適切な防御が行えなかった。それでもきちんと大事なものは逃がす時間は作ることができた。

 女王蟻はなんとか逃がした。もっとも鵺の探知能力なら女王蟻を追撃するはず……と思いきや巣の辺りをうろうろしている。

 巣を破壊するつもりか? ……と思ったら興味をなくしたのか特になにもない方向へ走り出した。

 ……相変わらずよくわからん。銀髪の行動はなんだかんだでわかりやすい気がするけどこいつは何をしたいのかすらわからん。とはいえこのまま勢力を増やされるとどんどん不利になる。

 せめて何かヒントが欲しい。魔法でも、生態でも、思考でも何でもいいから。

 というわけで困ったときのあれだ。


「検死の時間だオラア!」

 みんな大好き解剖開始。鵺がいなくなった後で鵺の部下だった魔物を調べて何らかの共通点などを見つけられないかと調べた結果。


「ア、ハハハ! い、いや待て腹痛い! こんな単純なトリックだったのかよ!」

 おもわず大爆笑。今まであれこれ考えていたのが馬鹿馬鹿しい。手品の仕掛けは単純な方が効果があるもんだ。

 もっと早く解剖すればよかったよホント。鵺があそこまでの異形になった理由はわからないけど、少なくともあのサソリみたいな尻尾の謎、魔法が二種類ある理由は完全にわかった。

「となると後はあの探知能力ですね」

「そうだな寧々。あれに関しては何もわからん」

 あれも魔法なのか、それとも魔物の汎用能力の一つ、テレパシーの応用なのか、はたまた特殊な感覚器官をもっているのか。どれもないとは言い切れない。

「ただ、朗報として、こちらが敵の位置を探れるようになりました」

「お! マジで!?」

「樹里と共同して開発していたテレパシー補正装置の中に鵺とその配下に有効なものがありました。有効範囲は広くありませんが、逃げる間くらいなら作ることができるでしょう」

 つまり敵に先手を取られ続ける現状は少しだけましになる。

「咆哮の対策は?」

 鵺の攻撃魔法は範囲も広く、攻撃力も高い。何とかしてそれを潜り抜けなければ奴は倒せないだろう。

「琴音は訓練を積んでいますし、仮説が正しければ羽織も役に立つはずです。鵺の魔法の対策は順調でしょう」

 鵺の魔法に対抗するポイントはドードーとアリツカマーゲイだ。意外にもあの戦闘向きじゃない二種の魔物が有効なのだから、魔法の相性は予想がつかない。

「まあな。次はこっちの攻撃をどうするかだ」

 鵺は結構タフだ。目が見えなくても何度か攻撃を当てたことはあるけど、致命傷にはなっていない。硬化能力がなかなか優秀らしい。爆弾が不発した理由も想像はつくけど、対策はなかなか難しい。

 行動が読めないくせに素早いから罠を張るのも現実的じゃない。囮か何かで引き寄せようとしても不意に興味を失ってどこかに行ったりする。とはいえ機動力の高い部隊だけでは鵺は倒せないだろう。

 どうにかして銀髪が高原に戻る前に決着をつけたいと思っていたけど……。

「紫水。銀髪が高原に到着しました。どうやらカンガルーたちが治める領地に近づいているようです」

 時間はいつでも有限だ。それを思い知らされた。

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