301 ミーティング
ウェングとティキーは向かい合い、お互いの目をまっすぐにのぞき込んでいる。
「追わない方がいい……何か理由があるのよね?」
「ああ。それよりも先に俺の神様からもらった能力を説明しておくぞ。一言で言えば未来予知。ただし、脈絡なく未来が見えるわけじゃない。俺が知らないものの未来は全く見えない。で、例の魔物の足跡を見てみると、これからずっと同じように戦って、また痕跡を見つけて別の場所に行って戦う……その繰り返しを予知した」
「いくら足跡を見つけても無駄だってこと?」
こくりとウェングはうなずく。
「ならどうすればいいのかしら?」
「多分、俺たちは間違った情報を掴まされている。だから、痕跡の逆をたどれば自然と敵が行ってほしくない場所にたどり着くはずだ」
相手のしてほしくないことをする。勝負事の必勝法を実践すればいいだけだ。ただし、それにはいくつかの障害がある。
「私にそれを相談してきたってことは、私に何かしてほしいことがあるのよね?」
「そうだ。あの魔物に人を騙す悪魔がとりついている、そういうことにしてほしい」
「……私が独断で決めることじゃないから……この町の司祭と相談して暫定的に悪魔がとりついた魔物だってことにしないと敵が痕跡を偽装できる知能があるって判断できないのよね 」
クワイにおいて魔物とは知恵無き存在だ。魔物が人を謀るのなら、それはすなわち魔物にとりついた悪魔の所業でなければならない。
魔物にとりついた悪魔の種類は教会によって大部分が明らかにされているが、そうでない悪魔は必ず教会に報告し、どのような悪魔かまず判断を仰がなければならない。不幸なことに、蟻は悪魔がとりついていない魔物だと判断されているので、蟻の戦術に対応した戦術を行うことは聖典に反している。つまり最悪の場合異端と判断される。
そして、セイノス教徒にとって異端として判断されることは死よりも重い罰だ。このままでは例え何百人、何千人死んだとしても有効な戦術を練ることができない。トゥッチェのようにある程度中央の目が届かない場所なら現場判断も許容されるが、銀の聖女とラオの重鎮がいる現状でルールを破るわけにはいかない。
ウェングたちが社会に属している以上、その社会のルールは守らねばならない。それがどれだけ愚かなルールだったとしても。
「俺が提案しても一蹴されるだけだ。だからあんたから提案してもらう必要がある」
「奈夕ちゃんだとその手の腹芸は無理か。消去法的に、私しか無理ね。いいわ。なんか夢でも見て悪魔が現れた啓示を受けた、とかそんな風に言えばいいのかしら」
「頼む」
「ねえ、あなた、私にあまりいい視線を向けてないけど、それって男と女の立場の違いからかしら」
何の脈絡もなく、いきなり正鵠を射られたウェングはびくりと体を震わせ、下を向くしかなかった。
「別にあんたが悪いわけじゃないけど……色々あるんだよ」
そう、わざわざ言うほどのことでもない。もしも性別が逆なら立場も逆だったかもしれないなど、言っても仕方のないことだ。
「それならそれでいいけど、一つ確認してもいい?」
「何だよ」
だんだんと対応がぶっきらぼうになっていることはわかっていても変えられなかった。
「あんたは、ううん、あんたたちはあの蟻たちが転生者だと思ってる?」
どうやらティキーは今回の敵の正体に察しがついていたらしい。
そういう推測にたどり着くのは当然の帰結だろう。いくら何でもあの蟻は頭が良すぎる。
「俺とタストは、俺たちとは別のタイミングで転生してきた転生者で、魔物を操る能力を持っているんじゃないかって話してた」
「その……根拠は?」
「バスに乗ってた転生者は四人だけらしい。それと、魔物を操る能力でもなきゃ、あんな風に人間が魔物を従えるなんて無理だろ。……つってもあんなことをする奴がもう人間だと思えねえけど」
「そう……そうよね」
できるだけ丁寧に答えたつもりだったが、ティキーは残念そうな悔いのある表情を見せただけだ。何か気に障ることを言っただろうか。
「わかったわ。明日この町の司祭を説得して、悪魔がとりついているということにするわ。ひとまず今日は休みましょう」
「ん、ああわかった」
露骨に話を打ち切ったティキーの様子は少し妙だったが、だからと言って何がウェングにできるわけもなかった。
そして翌日。オレは銀髪たちが高原へと向かっているという報告を受け取っていた。
「偽装していた痕跡には目もくれていないのか?」
「いいえ。狩人らしき女が偵察に向かっていますが、銀髪たちは離れていきます」
警戒はしているけどブラフだと看破されているのだろうか。もっと高原から引き離したかったけど……この行動を気まぐれや偶然で片づけるほど楽天的にはなれない。
「申し訳ありません王よ。奴らを見くびっていたようです」
「いや、これについてはオレも驚いた。いつかはばれると思ってたけどこんなに早いとはな」
少なくとも四、五回は引っ張れると思っていただけに衝撃だ。
「もしかするとアンティ同盟の連中が同じような手を使っていたのかもしれません」
「あー、そっか。あいつらも遅滞戦闘が得意だもんな。遊牧民もいたからその中の誰かに見抜かれたのか」
やっぱり中央で椅子にふんぞり返ってるおばさんおじさんよりも現場で走り回ってる連中の方が厄介だ。こうなったら同じ手は通じないだろう。
つまり、銀髪が高原を荒らしまわるのは避けられない。
「マーモットたちへの連絡はどうなさいますか?」
「逐次連絡させてるけど……今回はオレから連絡する。大事になりそうだ」
アンティ同盟とはそこそこいい関係を築けているからこそ、ここで連中につぶれてもらっては困る。少なくとも銀髪という脅威を前にしては同じ釜の飯をかすめ取り合うくらいの仲にはなっているはずだ。
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