289 集結する転生者
ラオから来た一団の隊長らしき女性と会話した結果は単純だ。
『あなたには何も話すことはありません』
その一点張りだった。なだめてもすかしても効果はなかった。言い換えればしかるべき相手には口を開くということだろう。
そしてそのしかるべき相手、銀の聖女がほどなく到着すると、印籠を見せられた悪代官のようにひれ伏し、ティキー様がお待ちです、そう述べてから慇懃な態度でタスト、ウェング、ファティの三人を通した。
道すがら、ファティは小声でウェングに話しかけた。
「えっと初めましてウェングさん」
「ん、初めましてファティちゃん。細かい自己紹介は全員そろってからにしようか」
「はい。あの、ウェングさんもやっぱり……?」
「そ、転生者」
これで少なくともあの事故の時にバスに乗っていた転生者はここに全員集合したことになる。何が起こるわけでもないが、同郷の人間が集まるのは自然で、心強かった。
ファティを見るとラオから来た一団をきょろきょろ見渡していた。
「どうかした?」
「あ、いえ、この人たち、どうして野営地の中に入らないんだろうと思って……」
この一団は大名行列のようにここから遥か南にあるラオからここまでやってきた集団だ。列の中央には大きな駕籠があり、それを守っているようだった。ようだ、ではなく事実そうなのだろう。あの駕籠は物理的にもラオの権威的にも軽くない。
そんな重いものをここまで運んできて疲れていないはずはない。今すぐに休みたいはずだ。
なのに何故野営地に入ろうとせずに、ここに留まっているのか。
「……今トゥッチェは忙しいからな。気を遣って中には入らないのかもしれないな」
ウェングの返答に、ファティはなるほどと頷いたが、事実は異なるのだろう。
トゥッチェの人々を警戒しているならまだいい。それはある意味当然の反応だ。いきなりやってきた家に貴重品を置きっぱなしにしておくのは不用心すぎる。そういう警戒心なら甘受すべきだろう。
だがそうではなく、ここまで連れてきた人物を汚(よご)す、いや穢さないためにここに留まっているのだとしたら? トゥッチェの人々が汚物であるかのように思っているのだとしたら?
(僕の想像以上にトゥッチェの人々と、そのほかの領の人たちとの亀裂は深刻なのかもしれない)
そしてそれは本当にトゥッチェだけの話なのだろうか。今までいわゆる地方の人々とじっくり話したことはない。
地方と中央の格差とはいつの時代でも、どんな世界でも発生するはずだ。今までは見ている余裕はなかったが、これからはそういう格差についても目を向けなくてはいけない。
タスト自身も気付いていなかったが、それはヒエラルキーの下位に属する人々こそ自陣に取り入れる……もっと露骨な言い方をすれば利用できる存在だと認識し始めていたことに他ならない。
彼はある意味、政治家としての視点を手にしつつあった。使える駒と使えない駒を選別し、自分の目的の為に誘導し、利用する。あくどいやり口ではあるのだが、幸か不幸か、まさに彼に必要な能力ではあった。
案内された巨大な駕籠の中にはそれなりの広さがあった。これを人力で遠方から担いできたことは間違いなく賞賛に値する。
そしてその中には一人の女性がいた。
「初めまして! 私はティキー・アースル・リシャオ・リシャン・ソメル! 前世の名前は田中紅葉。あんたは?」
「ウェング・トゥッチェ。前世では徳井晴也だ」
「ファティ・トゥーハです。林奈夕と言います」
四人はお互いの自己紹介もそこそこに終えて、まずはタストがトゥッチェの現状と余裕がないことを説明する。
「ごめんなさい。知らなかったとはいえ大勢で押しかけてしまったわ。全員は無理かもしれないけど、できるだけラオに帰らせるか、近くの町で暇を取らせるわ」
ティキーは丁寧に謝罪する。その言葉は同時にこの一団がティキーの命令で動くことを証明していた。
ちらりとウェングを見ると、ティキーの顔を複雑そうな表情で眺めていた。
「ん? どうかした?」
「いや、いい人そうで良かったと思っただけだよ」
「ふうん?」
嫌な奴の方がよかったとウェングが言いたそうなのは穿ちすぎだろうか。すでに田中紅葉が転生者で、王族だったことは説明してある。
ティキーも全てを察しているわけはないけれど、なんとなくウェングの妙な雰囲気に気付いていた。
「ところで田中さんはどうしてここに?」
彼女は故郷での扱いは良いものの、箱入り娘そのもののように丁寧に扱われているようだったが。
「実は私にもよくわからないのよ。ちょっと事情があってトゥッチェに行く、ていうかラクリに会いたいって言ったんだけど……『銀の聖女様に会いに行くのは構わない』、て言われたのよ」
「私に、ですか?」
「ええそうよ。今まで何度もダメだって言われてたんだけど……何か状況が変わったのかもしれないわ」
確かにおかしな話だ。交通の便を考えれば教都にいた数か月前の方がよっぽど簡単に会えるはずだし、トゥッチェのように危険な場所にティキーを護衛付きとは言っても送り出すのは妙だ。
「話の腰を折って悪いけど、ラクリって誰だ?」
「そっか。ウェングはまだあったことがないか。簡単に言うとティキーの付き人のようなもの、でいいんだよね」
「そうね。このトゥッチェの近くに旅立ってもらってたんだけど……」
言い淀むサリ。なんとも形容できない表情だ。
「もしかしてティキーさんに何かあったんですか?」
「あ、ううん。違うの。おめでたいことよ。あの子、妊娠したみたいなの」
三人はそれぞれ異なる反応を返したが、少なくとも驚いていたことに違いはなかった。
「いやー、どうもいい人に巡り合ったみたいでもう子供を産むつもりみたいなのよね」
どうにも反応に困る話だが、良い話ではある。
「そのラクリって子はいくつ何だ?」
「私たちと同じ四歳よ。数え年でだけど」
少なくとも地球では絶対にありえない年齢だ。まだ小学生にさえなっていない。
「子供の成長は早いって言うけど……この世界だと早すぎるね」
「まあ俺たちは前世の記憶があるから精神的にはもうおじさんおばさんだけどな」
「あら、奈夕ちゃんは前世の年齢を足しても二十を超えてないわよ」
「マジで!?」
「はい。まだ小学生でした」
「そっかあ。そんな早くに亡くなったのか……辛いなあ」
月日の流れる早さは時に残酷だが、その早ささえ感じる時間がないことはより残酷だろう。
この世界の人々にとってはそれが普通なのだろう。だからなのかあまりこの世界には老人がいない。三十歳を過ぎれば長寿と呼ばれる世界だ。
だからこそ生き急がなければならないのだけれど。
「そう言えば私たちも来年成人よねー」
成人。恐らくは来年に様々な身の振り方を決めなくてはならないだろう。
同時に、策謀を巡らせるにはもってこいの時期とも言える。
しんみりした空気を纏っていたが――――やがて駕籠の外でざわめきが広がっていることに気付いた。
「何かあったのかしら」
一瞬魔物の影が頭をよぎるが、流石に魔物が迫っているならもう少し焦るだろう。
「ちょっと見てくるよ」
「俺もついてくよ」
タストとウェングが外に出る。
「どうせなら全員で行きましょうか」
「あ、はい!」
結局四人とも外に出ると、この一団の隊長らしき人物が文を持ちながら指示を飛ばしていた。
「何かあったの?」
最も話が早そうなティキーが話しかける。
「ティキー様! 駕籠の外に出てはいけないとあれほど――――」
「答えて。何があったの?」
ティキーが強い剣幕で迫ると隊長は滲みだす汗と共に凶報を伝えた。
「ラクリ様がいらっしゃる集落が……魔物の襲撃を受けたそうです」
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