284 招かれざる客
「アグルさん。どうかしましたか?」
やや硬い面持ちのまま返答する。アグルは信用できると思ってはいるが、それでも日本語を話しているところを見られるのはまずい。
「シャオガンで別れた部隊からの連絡です。御子様にお会いしたいという方が訪ねてきたようです」
「僕に……?」
「シャオガン? どこだそれ?」
ウェングの疑問に答える傍らで軽くお互いの紹介をする。
「僕らが今までいた領の名前だよ。そこで魔物と戦ったんだ。この人はその部隊の兵站を担当していて、銀の聖女様の親族であるアグル・トゥーハさん。アグルさん、こちらがウェング・トゥッチェさんです」
「アグルと申します」
「ウェングです」
お互いに<光剣>を掲げる敬礼を行う。やや格式張っているが遠くはなれた場所から来た客人に対しては適切な挨拶だろう。
「今、戦ったって聞いたけど、男でも戦闘に参加しているのか?」
不思議そうに聞いてくるウェングに礼儀正しくアグルが返答する。
「私や御子様は騎士団に配属された修道士という扱いです。戦うのではなく、皆の為に祈り、補佐する役割でしょうか」
アグルは修道士であり、それに対して今はただの平民でしかないウェングに丁寧に接する理由はないはずだが……ウェングの正体に気付いているのだろうか。
「僕らはそこの戦いで勝利して、少し滞在していたけど、トゥッチェにいる王族だった人を訪ねてここに来たんだ」
遅まきながらここに来た経緯と目的を説明する。
「そうか。俺に会いに来たのか。話の腰を折って悪かったな。それで? 誰がタストさんに会いに来たんだ?」
「はっきりとはわかりませんがラオからの一団のようです」
ラオは南にある領の名で、そこには転生者である田中紅葉がいるはずだ。もしかして彼女がいるのだろうか。
「どうやら急ぎの用らしく、合流場所で我々が来るのを待たずにこのトゥッチェに歩を進めるとのこと」
「じゃあ、もうここへ向かっているんですか?」
「はい。ここにたどり着くまでにそう時間はかからないでしょう。ただ……御付きの護衛の数が……」
「まさか……何百人もいるんですか?」
「恐らくは……少なく見ても五百人を超えるかと……」
三人はうめいて頭を抱える。トゥッチェは今甚大な被害を受けており、客人をもてなす余裕などない。
「ちなみに……どういう立場の人々ですか……?」
恐る恐る聞いたタストの疑問への回答は予想通りだった。
「貴人がいる、ということは確かです」
抱えた頭に鈍痛が繰り返し走る。礼を尽くさねばならない相手が礼を尽くす余裕のない時に来てほしくなどない。えてしてそういう時に限って面倒ごとが舞い込むのは悪魔のいたずらだろうか。
「お帰り頂くということは……難しいでしょうか」
「それは……」
アグルはチラリとウェングを見る。
ウェング、というよりトゥッチェの民に直接言いにくいことを話すつもりなのだろう。
「アグルさん、俺のことは気にしないでください」
一礼の後、アグルはできるだけ言葉を選んで話し始めた。
「今からここに来る方々はトゥッチェの民を快く思っていません。むげにすればよからぬ軋轢を生むでしょう」
ウェングは黙っていたものの、その表情は心情を雄弁に語っていた。
「なら、僕から切り出しましょう。……いえ、銀の聖女様に話していただいた方が良いかもしれません」
タストも自分の立場を理解している。自分の話を聞いてくれる相手などごく少数だが、銀の聖女ならば相手も会話に応じるだろう。虎の威を借りる狐でしかないが、このトゥッチェに混乱をもたらすくらいならプライドを投げ出す方がいい。
「アグルさん、タスト。失礼かもしれないけど聞いていいか?」
黙っていたウェングが唐突に口を開いた。
「僕に答えられることなら」
「うかがいましょう」
「どうしてトゥッチェの民はそこまで嫌われているんだ? 魔物に乗っているからか? 草原で暮らしているからか?」
積年の疑問を一挙にぶつける。積もり積もった
「……それは……」
タストは言葉にできない。自覚はあるのだが、彼は結局箱入り息子なのだ。一般的な感性とはやや離れている。転生者であることを差し引いたとしても。だから代わりにアグルが口を開いた。
「……念のために確認しておきたいのですが、ウェング様はもともと王族の方々ですか?」
「そうらしい。王宮で暮らしていた記憶はほとんどないけど」
アグルはじっとウェングの顔を見つめ、意を決したように口を開いた。
「失礼ですが……ウェング様はこのトゥッチェでよい立場ではないのでしょうか」
タストも思わずウェングを見る。下を向くウェングはやはり、腹芸ができる人物ではないのだろう。
(てっきり田中さんがラオでは丁重に扱われていたみたいだから徳井君もそうだと思ってたけど……やっぱり男だから? それとも何か別の理由が……?)
「わかりました。少し長く、不快な話になりますが……それでもよいでしょうか?」
「よろしく、お願いします」
ウェングは絞り出すように言葉を紡ぐ。
「では五年前の争乱について話しましょう。それが貴方の疑問に対する答えにもなるでしょう」
アグルはそうしてたった五年、しかしタストもウェングもこの世界で生まれる前の話を話し始めた。
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