283 異物

 ウェングが指さした弓と服をじっくりと眺める。

 服はともかく弓を実物として見たことは前世でも今世でもあまりない。いや、少なくともクワイで弓を見かけることは絶対にない。いわゆる武器の類をセイノス教では禁じられているからだ。

「この弓は一体どこで……?」

 そもそもこれを持っているだけでよからぬ嫌疑をかけられかねないので、作ろうなどとはもってのほかだ。そうなると入手経路は一つしかない。

「魔物が持ってた。あの恐竜みたいなやつに乗ってた蟻がこれを使っていた」

「魔物が武器を使う話は聞いたことがあるけど……蟻が他の魔物と協力していたのか?」

「間違いねえ。俺も見た。で、だ。この武器は一体何なんだ?」

「は? それは弓じゃないの?」

「言い方が悪かったな。実際に見た方が早いか」

 そう言って弓を木刀のように振り上げ、地面に叩きつけた。弓が壊れる……そう思ったが弓には傷どころか歪んだ様子さえない。

 さらにウェングは<光剣>で切ったり手近な石に叩きつけるが、弓はびくともしない。

「あーくそ、ここまでやっても壊れねえのかよ」

 呆れて悪態をつくほどの頑丈さ。タストも驚きのあまり口を出せない。

「そっちの服もとんでもなく頑丈だ。ちょっと引っ張ったくらいなら破れるどころかほつれもしない」

 摘まみ上げた服を力いっぱい伸ばしても、手を離せばすぐに元通りになる。

「これは……一体……?」

「日本で弓なんか触ったことないけど……服はどこでも見るからな。いくら何でも頑丈すぎないか?」

「魔物がこんな道具を……?」

「間違いない。今はなくなっているけど俺たちが攻めていた砦には風車みたいなものがあったくらいだ」

「ふ、風車!? まさか発電所だったの!?」

 弓や服ならまだしも風車は高度な知性、いや文明がなければ作れるはずもない。

「何に使ってたのかまではわからねえ。それにあいつらはきちんとこっちの弱点を突くような戦い方をしてた。あれで知性がないなんて無理がある」

 セイノス教にとって魔物は知性のない存在でなくてはならない。それを否定する発言は最悪の場合異端としてみなされる危険がある。思わず辺りを見回す。

「大丈夫。しばらく誰も来ないよ」

 ウェングは嘘をついていない。間違いなく誰も来ないと確信している。

「未来が見えるんだっけ。それで……君は何が言いたいんだい?」

「魔物に誰か転生者がついてるんじゃないかってことだよ」

 やはりか。話の流れでそうじゃないかと思っていたけれど、実際に口に出されると重みが違う。

 はっきり言えばそんな可能性はひとかけらさえ考えていなかった。

 人類に敵対する転生者がいるなんて想像できるはずもない。

「ただなあ。転生者って四人だけなんだよな。それも全員身元がわかってる。なら誰も魔物の味方をしてないってことだよな。それも誰も嘘をついてないことも確かめたんだよな」

 確かにその通りだ。

 タストが出会った転生者が何かよからぬ策謀を企んでいるということはありえない。ただしそれは、あくまでもバスで死亡した四人の転生者であれば。

「もしかしたら……僕たち以外の転生者がいるのかもしれない……」

「え? 転生者って四人だけじゃないのか?」

「僕たちより前か後に転生した人がいれば話は別だ。そこまでは僕も聞いてない」

「肝心なこと聞いてないじゃねーか! ……いや、俺が言えた義理じゃないか」

「僕もたまたま聞いてみただけだから……こんな風になるとは思ってなかった。じゃあもしかしたら誰か、僕たち以外の転生者が物を作る能力や頭が良くなる能力を使って風車や弓を作ったってこと?」

「多分そうだろうな。後、もしかしたら魔物を操る能力を持ってるのかもしれない。あ、でも能力って一人につき一つだよな」

「いや、僕は嘘を見抜く能力と一度見た物を忘れない能力の二つがあるけど」

「え、何それうらやま……そこは置いとくか」

「それで、魔物を操るって言うのは蟻と他の魔物が協力してたからそう思ったの?」

「それもあるけど、もう一つはヤギだ」

「ヤギ? 魔物なの?」

 確かトゥッチェでは魔物を飼っていると聞いている。その魔物がヤギなのだろうか?

「ああ。一応魔物らしい。そのヤギが急に暴れたんだよ。今までそんなことは一度もなかったのに。偶然とは思えない」

「……確かにね。でもそれなら馬を操った方がよくないかな。あの馬も魔物だろう?」

「そりゃそうだな。……なんか条件でもあるのか?」

「僕に聞かれても……わからないよ。でももしも遠くの魔物を大量に操れるのだとしたら……転生者の田中さんよりも格上の能力だと思う」

 田中紅葉の場合、少なくとも<光剣>を見せなければならないので、必ず近くにいなければ能力を発動できない。

 人間には効果を発揮しないと仮定しても比べてみればその強大さがよくわかる。

「おまけにすげえ道具も作れるみたいだし……俺たちと比べるととんでもなく強いと思う。問題なのはそんな強い奴がどうして人間と敵対してるかってことだな」

 彼らにとってわからないのはそこだ。人間なのだから人間の社会で生きようとするのは当然だ。

 この社会に不平や不満はあるけれど、そこからはみ出そうなどとは夢にも思わない。ましてや同じ人間で殺し合おうなどという発想には絶対に至らない。

 だから疑問に思う。

 何故、と。

 どうして、と。

 しかしてその答えは――――。

「わからない……」

「……まあそりゃそうだよなあ」

 身近な恋人や親子でさえ言葉を尽くしてもわかり合うことは簡単でない生き物が、あったことも見たこともない赤の他人の心情を測るなど無理なことだ。

 底なし沼に引きずり込まれたように口が重くなる。その沈黙を破ろうとタストが口を開こうとしたとき、ウェングがそれを遮った。

「誰か来る」

 弓と服を素早く隠し、誰もいない方向に向き直る。

「御子様。ここにいらっしゃいましたか」

 現れたのはアグルだった。

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