265 新兵器

 さて遊牧民をフルボッコにすることが決定したわけだけど、何も気分やその場の勢いに乗せられたわけじゃない。いやまあそういうのもあるけどね。こう、とりあえず弱い奴から倒しておこう、みたいな発想。

 まず第一にどうも遊牧民の援軍が食料を持ってきているみたいだということ。そして城攻めに慣れ始めていること。そのためもしかすると数日後には陥落の危険があること。見捨ててもいいけど二千人以上の働き蟻およびその他を失うのはやっぱり痛い。思ったよりもバッタの対処が上手くいっているので余裕ができたから援軍は派遣できそうだ。後はあんまりてこずっていると一番会いたくない奴が来てしまうかもしれない。会いたくない奴ほど会いに来ることが多いというのも面倒だな。

 ちなみに鵺の行動は小康状態。たまにふらっと現れて巣を破壊していく。どうもオレを探知しているんじゃなくて女王蟻を探知してるのかな? 被害は馬鹿にならないけど少なくともオレをピンポイントで狙っているわけじゃなさそうだ。探知能力は全く効かないけどカッコウにきっちり監視させておけば逃げ遅れることはない。


 戦力の内訳はラプトル二千。働き蟻一万。蜘蛛五百。豚羊が五百。なお、茜も豚羊のまとめ役として同行している。カッコウが少数。できればカッコウをもうちょっと派遣したかったんだけど……鵺の見張りにどうしても人員を割かなくちゃいけないので難しい。

 で、ここからはアンティ同盟の援軍、というか派遣軍のような扱いとして白鹿が千。どうも白鹿はアンティ同盟でもちょっと特殊な扱いらしく、普段はアンティ同盟には加わっていないけど傭兵のような形で行動を共にすることがあり、特に対ヒトモドキ戦では役に立ってくれるらしい。

 ライガー曰く、

『我が盟友を連れて行くといい。あの愚劣なる二本足をことごとく打ち破らん』

 だそうだ。……要領を得なかったのでマーモットたちに翻訳してもらった。

「白鹿の方々は奴らに襲われにくいのですよ」

「そうなのか? あー、そういえば鹿は神聖視されているとかどうとかそんなことがあったような」

「ええ。白鹿の方々は黒い服の連中が祈りを捧げなければ襲ってはいけないのだとか」

「あほらしいな」

「全くです。奴らは我らを襲い、食しますが角馬と白鹿を食す時は黒服が祈りを捧げる決まりになっているようです」

 確か、聖職者は馬と鹿以外の肉を食べちゃいけないんだっけ。穢れがどうのこうのとかいう理由で。

「それにしても馬と鹿って……まさか馬鹿にしてるわけじゃないよな。いや、そういう可能性もあるのか……?」

 例えば古代中国人が転生してきて馬鹿という言葉の意味を妙な風に広げた場合、馬と鹿が何らかの特別な位置を占める結果になったとか。あくまでも可能性の話だけど。

「はい? 馬鹿?」

「いや、気にしなくていいよ。何にせよ白鹿はそう簡単に攻撃できないってことでいいんだな?」

「ええ。バッタよりも遊牧民に対して用いるべき戦力です。あなたの指示を聞くように言い含めておくので大体の指示は聞いていただけるかと」

「助かるよ」

「黒い悪魔に対処してくださった礼としては安いものです。あなたにアンティの導きを」


 というのが、白鹿が加わった経緯。これで合計一万四千人。ここからさらに虫車を改良した虫戦車が三百くらい。もちろんタンクじゃなくてチャリオットの方の戦車だけど、割といい性能にはできたかな。

 強化蜘蛛糸状のシートにフレームをつけてそこに射撃口をつける。これで乗組員の安全は少しだけ保証されているはず。プラスチック強化素材のおかげで軽いわりに丈夫な素材には困らない。古代のチャリオットでよくある車輪に鎌がついてるやつやりたかったんだけど……エアレスタイヤじゃ無理だった。無念。

 ありがたいことに虫戦車は地球のチャリオットと違って車をひくための動力源が戦場にいなくていいから行動不能になるリスクが少ない。どの程度かは実戦で試さないとわからないけど役に立ってくれると思いたい。

 というわけで早速実戦だ! バッタの群れ! 練習台になってくれ!


 はい終了! 千匹はいたバッタの群れは被害ゼロで木端微塵に粉砕された。しかもこれで食料の現地調達もできてしまう。バッタも悪いことばっかじゃないな。蜘蛛やラプトルなどの肉食組は食い溜めが得意だから二、三日はこれで持つはず。草食連中はそこら辺の草を食べればいい。水場はアンティ同盟からの情報支援でまだヒトモドキに見つかっていない場所を教えてもらっている。

 さらに豚羊は戦力としてはもとより、豚乳の生産としての役割も強い。瑞々しい草があれば水もあまり飲まなくていいし、肉食動物にもタンパク質を補給できるのは旨すぎる。補給や兵站に関して言えばオレたちは地球人類よりもかなり楽ができている。

 けどまあ一度戦ったおかげでちょっと問題も浮き彫りになった。


「弓兵が足りないかあ」

「はい。頂いた兵に不満があるわけではありませんが、将として不足部分は連絡するべきかと」

 今回の戦いの大将である翼の進言だ。報告連絡相談ができるのは組織運営ができている証拠だ。

 その報告によるとどうにも働き蟻の練度が低い。蟻は物覚えが早いけどやはり練習は必要だ。

 今回の兵隊はカナートなどの建設を目的として高原に送った蟻がほとんどだ。それがポンと弓を渡してさあ戦えというのは無理がある。ラプトルの騎兵として戦っている連中は流石に精鋭だけどそれ以外の残り八千人は素人同然だ。これが地球人類の新兵だとパニックに陥ってまともに戦えないこともあるかもしれないけど、蟻なら命の危険を感じてパニックになることはない。予想外の事態に驚くことはあるけど。

 加えて弓の性能もあまりよくない。今砦に籠城している連中が持っていってしまったためだ。

 要するに準備不足が否めない。かと言って今更やめるわけにもいかない。このまま戦っても勝算はあるけど……明確な問題点があるならできるだけ解決したい。

 今の問題は働き蟻の兵隊が弱いこと。ぱぱっと強くなる魔法は存在しない。強くなるにはいつだって時間が必要だ。なら話は単純。使う武器を強くすればいい。

 より正確には素人でも使いやすくてそこそこ強い武器。

 一番手っ取り早いのは火縄銃だ。が、残念ながら銃の開発は難航している。火薬は適宜改良して、威力の調節などもできるようになっているけれど、銃身の素材が足りない。ぶっちゃけると鉄などの金属資源だ。

 強化プラスチック繊維で代用するのはやはり限度がある。高熱と高圧の両方に対応できる素材がどうしても作れない。一度か二度の発砲で壊れるような兵器は兵器とは呼べない。スケーリーフットの鉄や火山で発掘した銅もあるけど……流石にあれだけじゃあ兵器として実用できるだけの量には足りない。

 今回の敵が数で押してくるタイプじゃなかったらなあ。使い道があるけど……。

 やっぱり簡単に新兵器を作れたら苦労せん……あれ? あー……作れそうだな。うん、いける。

 ていうかオレは何でこれを思いつかなかったんだ? 割とメジャーな武器なのに。弓が便利すぎたせいか?

 ちょっと複雑な武器になりそうだけど……これなら蜘蛛の糸と土さえあれば作れなくはないし、簡単に使えるはずか?

 よし、じゃあ工作班に連絡だな。……お、いたいた。


「樹里―。ちょっといいか?」

「はい」

 色々な工作を担当している樹里に話しかける。

「作ってほしいものがあるんだけど」

「何でしょうか」

 きらりん、と目をわくわくさせながら腕をワキワキさせている。楽しそうだなあ。

 とりあえず新兵器の概要を説明する。しばらくぶつぶつと独り言をつぶやいてからこちらに向き直った。

「それをいつまでに作ればよいですか?」

「遊牧民たちと戦うまでに間に合えばいいから、最低でも二日かなあ」

 以前の虫車と同じように作って運ぶのではなく、試作品を作って作り方をテレパシーで教えて、現地で作らせるつもりだから必要なのは実物よりも上手く他人に作り方を教える技術だ。

 樹里は少し考え込んでいる。無理かな?

「二日では余裕がなさすぎるでしょう。一日で何とかしてみましょう」

 え、何このイケメン。すごい頼れるんですけど。

 こう、白衣を翻すようなイメージで去っていく。な、なんか負けた気がする。

 うーむ、ひとまず信頼してみよう。こっちは樹里に任せる。

 ヒトモドキの様子はどうだろうな。今のところ目立った動きはないみたいだけど……さて。

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