239 星はスバル

 短いようで長かったティラミスが終了した。閉会式は簡素だったけど、どこをどの集団が勝ち取ったかが発表されるなど聞き逃せる内容じゃなかった。

 我らエミシは全戦全勝……というわけでもない。細かいところで負けたりもしているけど許容範囲内。むしろ重要なのは獲得した土地をどう活用するかということ……なんだけど……。


「ヴェ!」

「ヴェヴェ!」

「ヴェ――――!」

「ガハハハ! 飲め飲め! 歌え歌え! 宴じゃあ!」

 すっかり出来上がってんなあ! ちなみに酒は飲んでません。全員素面です。場酔いだなこりゃ。

 ケーロイに宴があるからと誘われたのが運の尽き。ティラミスに参加した奴らほとんどが強引に参加させられてしまった。

「てか千尋は大丈夫なのか? 足一本もげてたよな?」

「ん~? ほへふはいへひひ」

「食ってからしゃべれ。いやちょっと待て何でテレパシーで会話してるのにしゃべれないんだ?」

 テレパシーは口を閉じていても使える。咀嚼していてもそんなしゃべり方にはならないはず。

「ちょっとでもここの空気が味わえるかと思って~」

「さよか」

 正直騒がしすぎるのは苦手だから気にしてもらわなくていいんだけど。

 オレは絶賛巣の中でお留守番中。流石に幹部連中が騒ぎまくっている最中で仕事なんかできない。というかオレが仕事してたらこいつらだって楽しめないだろうし。あるだろ? 休憩時間中でも働いている奴がいたらのんびりしづらいってこと。

 ……千尋あたりは気にせずに楽しみどうだなあ。


 ただオレたちの食料を売り込むいい機会だからな。そこは存分に活用させてもらうか。

「こちらフライドポテト! かりっとして美味しいですよ! こっちはベーコンです! ここでは塩なんかめったに見当たらないのでは? おひとついかがですか!」

 すっかり売り子になった寧々が声を張り上げる。意外な一面を見た気がする。

 そのほかの面々も宴の熱に当てられて騒いでいる。特に翼はエライ人気だ。事実上の最終戦だったライガーの戦いであれだけ目立てば当然か。

 っと? 

 そのライガーが話しかけてきた。


「見事。荒野を駆けし勇者たちよ。その輝きは万里を照らさん」

「ありがと」

 とりあえず適当に返礼する。

 相変わらずライガーは力学的に意味不明な態勢のまま話しかけてくる。しかしそのポーズは今までのライガーたちよりも磨かれている。命の力強さにあふれていると例えるべきだろうか。

われが族長、リャキだ」

 話しかけてきたライガーはそう名乗った。しかしでかい緑色のバッタらしき魔物を食べながら話しかけるのは礼儀としてどうなんだ? 今夜は無礼講だから目くじら立てるほどのことでもないか。

「それで? 何か用があるのか?」

 この宴どうもライガーの主催っぽいからなあ。なーんか謀略の匂いがするぞ?

「我らの土地を簒奪せし貴公らに問う。大地を真紅に染め上げるか?」

 ……誰かに翻訳して欲しいなあ。

 真紅ってことは……血か? 血……戦い? いや狩りかな?

「ええと、お前らから奪った土地で狩りをするかどうかってことか?」

「是」

 それは肯定の意味か? わかりにくいなあ。

 んー、別に狩場にするつもりはないけど……こいつらが交渉したいならちょっとタメを作るべきかな。

「狩場として利用するのもいいかなあ」

 うそぶいたオレに対しても動揺していない。

「自由の翼をはためかせ、このロバイを駆けるがよい。しかしながらその道行に翳りあらん」

 いかん。

 めちゃくちゃめんどくさくなってきた。

 いやもうね。こいつらの言葉を翻訳するのめんどくさいんだよ。さらに言うとこういう腹の探り合いみたいなの苦手なんだよね。つーかむしろこいつわかりにくい言葉でオレの精神力削るつもりなんじゃないか?

 もういいか。こいつに乗ってやろう。

「お前結局何が言いたいんだ? まさか土地を返してほしいわけじゃないだろ?」

 にたりと笑う。確信した。こいつも結構腹黒い。

「道行を照らしたくば我が光が助けになろう」

 ……多分だけど、マーモットの神官長であるティウからオレたちの事情を聞いてるんじゃないか?

 オレたちはここを支配しようとする意図がないし、きちんと維持するにはそれなりの戦力で秩序を保つ必要がある。その戦力を外部から持ってくるよりも現地で補充することができればコストは劇的に下がる。

 聞くところによると占領した国家を上手く回すには占領した国の国民を上手く登用することが重要なんだとか。その法則が確かならオレが下手に口と手を出すよりもライガーたちに任せた方がいいことも確かだ。

「オッケー。お前たちを管理人として雇う。そんな感じでいいか?」

「是」

 ライガーは豊かな鬣の中に笑顔を浮かばせる。笑顔が怖いのは意図的な気がする。

「しかしまあいい根性してるというか図太いというか……」

「何か」

「いやこれくらい当たり前だろ見たいな顔されてもなあ」

 ご存じだろうが、こいつらはほんのさっきまで同族がオレと殺し合いをしていたのだ。それどころかその同族を殺害したのがオレたちだ。

 たった今こいつらはそんなオレたちと手を組まないかと持ち掛けた。地球的な感覚だと恥知らずもいい所だと思うんだけどな。

「決闘の誉れは勝者のもとへ。しかしながら決闘に恥はない。一時地べたを這おうともやがて飛び立つのであればそれは凱歌とならん」

 ……結果さえよけりゃいい。決闘で死んだ奴もその辺は了承済みだってこと?

 ず、図太い。たくましいなあオイ。実はこのたくましさがライガーの一番の強みなんじゃないか?

「ま、まあ不満がないなら別にいいよ。他になんか用事はあるか?」

「うむ。貴公を我らの神殿に案内したい」

「へえ。それはちょっと興味があるな」

 アンティ同盟はトーテムポール建てたりはしているけど、明確な住居を作っているところは見たことがない。こいつらが語る神殿とは何なのか。ちょっと気にならなくはない。

 軽い気持ちでついていかせた。しかし、待っていたのは……。




「いやここどう見ても洞窟なんだが。というか何でついてきてるんだティウ?」

「解説と翻訳が必要かと思いまして。余計なお世話ですかな?」

「ものすごく助かる」

 切実なほどに必要としているよ。まあお互いにテレパシー越しの姿しか確認できてないけどな。

 ライガー、マーモット、蟻。奇妙な三人がライガーの魔法によって照らされた洞窟を進むとすぐに部屋と呼ぶには広い、広間のような場所に出た。

 天井が平らではなく、磨かれたように凹凸がなく、湾曲していた。天然にできた場所ではなさそうだ。


「ここにライガーの方々が誰かを通すのは珍しいことです」

「そうなのか?」

「よほどあなた方の戦いぶりが気に入ったのでしょう」

 ふーん。評価されて悪い気はしないな。

 ライガーの<フラッシュ>で満たされた光が消えると静けさと暗闇だけがそこにある。その闇から産まれたかのように光が一筋、二筋と増えていき、天井に光点を映し出した。ライガーが魔法によって光を生み出している。

 それは膨大な数に増えていき、やがて数えきれないほどの光が天井を満たした。

「もしかしてこれはプラネタリウム……夜空の星を映したのか?」

「よくわかりましたな。そう、仰るとおりこれは夜空を映すための部屋です」

 ほお。

 アンティという宗教は太陽信仰に近い。なら必然的に空を観測する天文学のようなものが発達していてもおかしくはない。

 特異なのは情報を記録する手段を文字に頼ってないことと、魔法によって簡単な光学望遠鏡よりも高度な天測を可能にしていることかな。

 人間では肉眼で明らかに見えない星もライガーには目視可能なようだ。

 子供のころ宇宙にある星の数の多さに驚いていたけれどライガーにとってそれは知識ではなく実感できる情報だったみたいだ。

「一応聞いておくけどお前たちは惑星の概念を理解しているのか?」

「ええ。もちろんですとも。我らの大地もこの空にたゆたう星の一つ。しかしどの星よりもこの星こそが美しいでしょう」

 中世の天動説論者に聞かせてやりたいね。自分たちが世界の中心ではないと知りつつも自身の世界に誇りを持っている。謙虚さとプライドの両立としては適切だと思うな。

 瞬く星たちは静かに動いていく。まさかこんなところでプラネタリウムが見られるとは思わなかった。魔法にはこんな使い方もあるんだな。


「気になったんだけどさ。これって拡大とかもできるのか?」

「我らの力を呼び覚ませば容易き事」

 一点だけに焦点を合わせて拡大する。そうすると星々の輪郭がくっきり見える。どうやらライガーは星々の集合体である銀河を理解しているらしい。その後も色々な星を眺めて楽しんでいたのだが……ある一つの星の固まりが目を引いた。

「なあ、あれを拡大できるか?」

 自分でも何が気になったのかはわからないけど何かが気になるならじっくり見た方がいい。

 どうも星がネックレスみたいに連なった星団かな。

「おや」

「お?」

 ズームした星団の色が青色に変わる。器用なことにライガーは星の色まで再現しているらしい。ちなみに青い光の方が温度が高く、赤い光のほうが温度が低いらしい。


 しかしこの星団……どこかで見たことがある気がする。……どこだっけ。仮に肉眼で見れたとしてもオレは星を見る機会がほとんどない。年中地下の巣にこもってるし、蟻はそれほど星を見ない。渡り鳥の中には星を見て方角を知る種類もいるらしいけどそこまでする必要がなかったし、天文学には詳しくもなく、興味もあまりないからオレ自身にも星を見る必要はなかった。


 となると、この顔を見たことがあるのはこの世界に産まれてきてからではないのでは?


 嫌な汗が噴き出す。足場がぐらぐら揺れて今にも天井が崩れそうな不安に襲われる。

「いかがしましたか?」

 ティウからも心配されるがそれどころじゃない。

 もっとも有名な星団の一つ。聖書、神話、日本では枕草子。太古から観測された青い恒星の集団。プレアデス星団。和名は昴。

 つまりこの銀河は地球から観測された銀河であるかもしれない。

 だからもしかしたらこのプラネタリウムのどこかに――――?

「な、なあどこかに渦巻き状の銀河はあるか?」

「……? 星の導きは――――」

「あるのかって聞いてるだろ!」

 思わず怒鳴ってしまう。これほど焦ったのはいつ以来か。

 ライガーやティウも驚いている。

「あ、悪い。どうしても気になることがあったから教えてほしいんだ」

「う、渦巻く星々は数限りなく」

 オレの剣幕に押されてライガーもうろたえながら答えてくれた。

 まあそりゃそうだ。、自分でもどこが宇宙なのかよくわからないけれど、地球が存在していた宇宙には1000億以上の銀河が存在するらしい。

 渦巻銀河なんていくらでも存在するはずだ。プレアデス星団のような散開星団だっていくらでも存在する。だから、ここがだと確信できる根拠はない。

 大体どうするつもりだ? もしも渦巻銀河の一つである天の川銀河が見つかったとしよう。

 そこから奇跡的に太陽系が見つかったとしよう。そして太陽系第三惑星が見つかったとしよう。どうすればいい?

 オレの記憶が確かならプレアデス星団から地球までの距離は三百光年以上離れている。ライガーの天体観測技術がどの程度かはわからないけど地上から観測できるなら多分そう離れてはいないはず。

 と仮定すれ千光年くらいか? 遠いとすれば一万光年くらい?

 この仮定とオレの記憶が完全に正しいとしよう。オレは何ひとつ間違っていないと仮定しよう。


 だとするとここは異世界ではなく地球から千光年以上離れた天体になる。


 どうにもならない。なるわけがない。宇宙的には隣近所でしかない距離だとしてもただの生物にとってはあまりにも絶望的な距離だ。

 オレの知っている科学技術ではおよそ38万キロメートル、光の速さで2秒もかからないごくごく身近な天体である月にさえ必死にならなければ届かないというのに?

 物理的に地球には帰ることはできる。論理的には不可能ではない。

 しかし可能と不可能、現実と論理の間には高い壁がある。今回なら数百光年という想像さえできない距離。


 ただ、もしもこれらの仮定、いや妄想が正しいとしよう。

 だとしたらどうしても疑問が生まれる。オレは異世界に転生したと思っていた。

 もしここが本当に異世界でないとしたら、その転生は本当に正しいのか? オレは何者だ? この世界は、この惑星は、なんだ? 

 答えが出るはずのない疑問ばかりが星のように降り注いでいた。

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