236 フェイカー

 白鹿と出会ったのはもう二年以上前か。

 罠にかかった子鹿を庇うように戦ったあいつとは全く会話が成り立たなかったのでその命を奪うしかなかった。その後もちょくちょく見かけてはいたもののろくに会話を交わすこともなく殺したりたまに殺されたりする関係だった。だからあまり群れない魔物だと思っていた。

 しかしどういうわけなのかはわからないけれど、ライガーの一味として牙を向ける……いや角を向けてきているのは確かだ。まず一匹、確実に殺す。


 働き蟻の矢が吸い込まれるように白鹿に向かう。

 だが壁に阻まれるように砕け散る。白鹿の魔法<白角>だ。角付近の物体を破壊するだけの単純な魔法だけどそれだけに威力は高い。単なる弓矢では突破できない。

 バリスタなら……いやダメか。あれだけ暴れられたら狙いがつけられない。

「ガア! ガアアアアア!」

 地面をのたうち、吠え、角を振り回す。

 右太ももと腹辺りに浅くない傷を負ってはいるが気勢がそがれる様子もない。もうちょっと弱らせるべきだな。

「一本釣りだ! リール用意してるな!?」

「うむ!」

 蜘蛛糸でからめとった相手をさらに自由に動かせない手段として考案した釣りに使うリールの改良版。魔物としては大きい方じゃない蜘蛛の力だけだとパワー負けするかもしれないので他の奴らが綱引きに加わるための道具だ。

「ガ!?」

 突然引っ張る力が強くなったことに狼狽した白鹿は一気に地面を引きずられ、体勢を崩しながらアメーバに突っ込んだ。

 アメーバは自身に対する行為にほぼ自動的に反応する。暴れまわる白鹿は「敵」と判断されたらしい。

 人の腕ほどもある棘が飛び出す。今まで鈍かった反応が嘘のように、迅速で苛烈な反応。それでも――――。

「致命傷避けてる! 魔法でガードされたな」

 白鹿の魔法は角付近の物質を弾き飛ばす魔法。

 魔法を発動さえすればとりあえず顔へのダメージはない。さらに体をくねらせぎりぎりで重要な内臓へのダメージを回避した。とはいえこれで戦闘力は削げるはず。次は――――。


「王! 敵影複数! 数少なくとも二十!」

「は、はあ!? おいマーモット!」

 思わずマーモットに視線を向けるが飄々とした態度を崩さない。

「我々は反則を確認してはおりません」

 ってことはあの数は何かの魔法か?

「翼、実体はあるのか?」

「はい。幻影ではありません」

 ライガーの魔法じゃないのか。あいつらなら3Dホログラムのような幻影を浮かばせることもできるかもしれないし、そういう予想を話してはいたけどエコーロケーションなら見破れるはずだ。光の魔法だけでは音はごまかせない。

 つまりあの分身?は他の魔物の魔法か?

「はっきりわからんけど今確認できているのはライガー二匹、白鹿一匹、ジャマーの魔物一匹、分身を使う魔物一匹! これで敵の五人のメンバーは出そろったはず! 敵の位置を探りつつ迎撃するぞ!」

「「「「了解!」」」」


 ぞろぞろと進軍する鹿、ライガー、キツネ、蛇、馬? その他さまざまな魔物。どこのサーカスでもこれほど多様な動物はいるはずがない。

 しかしそれらは本物ではない。何らかの魔法で作った偽物の分身だ。が、この分身めんどくさい。

「紫水、こっちの分身は立ち止った」

「こっちの分身は馬から蛇に変わった」

「分身は消滅した」

「こっちの分身には実体がないみたい」


 ……ふうううう。

「うっとおおしいいいいいいい! この分身完全に嫌がらせだろこれええええ!」

 分身の性質はかなりややこしく、こっちの情報処理が追い付かない。部下の女王蟻を動員してもこのありさま。

 明らかに混乱させることが目的のめんどくさすぎる戦法。それでもわかってきた分身の性質をまとめるとこうだ。

 実体を持つが、持たない分身もある。

 あまり速くは動かせない。

 色々な動物に化けさせることができる。

 実体があったとしても何かを壊せるほどじゃない。分身に攻撃性能はない。

 物理的に衝撃を与えても消えない。

 核みたいな物があり、それを壊すと分身は消滅する。


「ややこしいわあ!」

 特に攻撃を与えても消えないのが厄介。こういう分身ってダメージ当てると消えるのが普通なんじゃない!?

「本物かどうかの見分けはできないのか翼」

「可能ですが、移動しているうえに奴らは頻繁に立ち位置を入れ替えます。恐らくは見破られないための対策かと」

 分身かそうでないかを遠くから見破れるのはラプトルのみ。ラプトル単体でも一応バリスタは使えるけどやはり精度が落ちる。となると広範囲にまとめて攻撃できる投網が一番手っ取り早い。

「千尋! 白鹿は?」

「まだ暴れておる。糸を追加しておるがなかなかうまくいかん」

 もう捕まっている白鹿だけど完全に戦闘能力がなくなっていない。拘束を強めることに少しでも時間をかけさせて千尋を自由にさせないつもりだろう。

 嫌になるほどチームワークがとれている。

「やっぱりジャマーか分身を操っている本体を潰すしかないか。でもどこにいる?」

 敵の魔法の射程がどの程度かはわからないけど分身の魔法は明らかに自動発動型じゃないし、結構複雑だ。それほど射程が長いとは思えない。

 ジャマーはどうかわからないけど少なくとも味方に探知能力は効いているから決闘場全域をジャミングできるほどじゃないはず。

 もう視界に入っていてもおかしくない。なのに姿は見つからない。どこかに隠れている? いや、それができないようにアメーバを起用したのに……どうやって隠れてる?

 くそ、焦るな。

 魔法は何のルールもない奇跡じゃない。種も仕掛けもあるトリックだ。

 ……トリック? 

 ……なんか大事なことに気付いたような……?

「すまん寧々! ちょっとだけ指揮任せるぞ!」

「お任せください」

 自分の代わりを任せることのできる頼もしさよ。いやまじでオレの負担が減るって素晴らしい。

 おっとそれは良いとして何に気付いたんだ?

 トリック……手品。手品がどうかしたのか?

 手品、マジック。マジシャン。手品のコツ……手品だから……手品はまず観客の視線をコントロールすることが大事だって聞いたことがある。

 注意を向ける箇所をコントロールする騙し合い。それはまさに戦術だ。

 何か違和感はないか? どこかに作為と詐欺の臭いはしないか?

 ……くそわからん。別に変ったところはない。そもそも変わるところなんてあるか? 変装してるわけでも……変装? 服?

 服じゃなくて……マント? マントが何か……あ、あー!?


「翼! マントのあるライガーはわかるか!?」

「は。本体の方ですね?」

「うんそいつ! そいつをできる限り集中攻撃だ! 最悪もう一匹のライガーは侵入されてもいい!」

 働き蟻、ラプトル、なんとか手の空いた千尋の飛び道具が一斉に飛来する。かろうじてライガーは躱したが、幸運にも矢がマントをかすめた。

 あまりマントの強度は高くなかったのだろう。あっさりと裂けたマントから生き物……ムカデが飛び出した。気色悪……いやそんなことを気にしている場合じゃない。

「お前が分身の魔法の使い手だな! ムカデやゲジなどの多足類は足を自切して切れた足を動かす機能がある。つまりお前の魔法は切断した足から分身を発生させる魔法……ごめんやっぱキモイ」

 蜘蛛で慣れたかと思ったけどぞわぞわ動く系の足やっぱり苦手。

「ではあれを殺せば分身は消えますか?」

「わかんない。もしかしたら分身を動物に化けさせているのはライガーかもしれない」

 今更気付いたけど分身ができてからライガーは魔法を使っていない。あの分身はムカデとライガーのコンビ技だと思った方がいい気がする。

「しかし、いつから妾たちを騙そうとしてたのだ?」

「最低でも今日オレたちに姿を見せた時点だ。あの時マントはなびいていた」

 今日最初に会った時はふわふわしていたマントが、戦っている最中には縫い留められているように体に張り付いていた。

 単に邪魔だから固定したと思っていたけど実際にはマントに隠れているムカデが見えないようにするためだったようだ。

「あの恰好は我々を騙すためだったと?」

「いや、かっこつけたいのはほんとなんじゃないかな。恐ろしいのはそういう自分たちの外連味さえも利用して勝利をもぎ取ろうという執念かな」

「こう言っては何だがのう……せこくないかのう?」

「それは言ってやるなよ千尋……」

 しかしものの見事に騙されたのは事実だけどタネは割れた。かなり進まれたとはいえ奴らはアメーバに阻まれて進撃できずにいる。

 仕掛けるべきかどうか……。

「王。ここは打って出るべきかと」

「ん、よし。仕掛けろ」

 こういう時の決断はやはり前線にいる翼たちの方が早い。ならそれを尊重するべきだ。


 打ち水のようにアメーバに液体をかける。

 もちろんただの水じゃない。果汁などを混ぜたアメーバの好みの液体だ。おおよそありとあらゆる生物がそうだけど食事と排泄中は無防備になる。……ごめん後半余計だった。

 要するに食べ物を与えるとその部分だけ攻撃性能が下がる。そこから攻め込まれやすくもなるけど逆にこっちから攻めやすくもなる。

 できた通路にを駆け抜けるのはもう一人のラプトル。

 分身を無視し、不安定なアメーバの体の上を疾走する。

 立ちはだかるのはライガーだ。少なくとも今のこいつらに主従だとか上下だとかそんなくだらない関係性はない。かといって友誼があるようにも感じない。あるのは一つ。勝利の為に何が必要なのか。まだ分身が必要だから庇う。必要だから守る。いいね、そういうビジネスライクな関係はとっても好みだ。

 だからと言って勝ちを譲るつもりもない。負けたくないのは誰だって同じだし、その気持ちがお互いに劣っているとは微塵も思わない。

 だから工夫して、危ない橋だってわたる。

 ラプトルの頭上を矢がかすめる。ラプトルの体で見えにくいように、少しでもライガーの死角からの攻撃になるようにぎりぎりを攻める。

 予想外の攻撃に一瞬ひるんだライガーの脇をすり抜ける。キツネが、馬が、鎧竜がムカデとラプトルの間を遮ろうとする。もちろんこれは幻影だ。

 しかし例え幻影とわかっていたとしても目の前に巨大な何かがあれば立ち止るだろう。ほとんどの人間は目隠ししたままじゃ十歩も歩けないくらい視覚に依存している。

 しかしラプトルは止まらない、怯みさえしない。ためらわずに走り抜ける。

 しかしムカデもさるもの。うねうねと足を動かし、障害物だらけのアメーバをちょこまか逃げ回る。

「うっとおしいな! ラプト……? テレパシーが通じない?」

 今突撃しているラプトルに探知能力とテレパシーが効かない。つまり、近くにジャマーの魔物がいる?

「私が指示を出します。王は周辺の警戒を」

「了解」

 ラプトル同士はエコーロケーションで会話できるのでテレパシーが通じなくても問題ない。しかしジャマーの魔物はどこにいる? もう一匹のライガーにはマントがない。服に隠れている可能性はないはず。どこだ?


 ある者は追いかけ、逃げ、隠れ、組み合い、撃ちあう。

 戦場は混沌に支配されつつあった。

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