235 闇に潜む者
時刻は夜。切りそろえられたかのように同じような高さの草が冷涼な空気にさらされている。
もうすぐ最終決戦の始まりだというのにライガーの一党は全く姿を見せない。
「ちなみに決闘の場に姿を見せないことは反則じゃないのか?」
「そこにいさえすれば反則にはなりません」
何だ隠れてもいいのか。……いやでも今までのフィールドは平たい場所が多かったから隠れるのは難しかったか。
このフィールドは茂みなども多く、明らかに隠れやすい環境がそろっている。あるいは遮蔽物として利用するつもりなのか? さらに言うとオレたちの火炎対策でもあるのかな? 無制限に火気が使えるならかなりオレたちに有利だ。鎧竜みたいにずば抜けた防御力はないだろう。
いっそのことこの草原に火を放てば全員焼き殺せるけど……そんな土地は欲しくないし何よりアンティ同盟との関係が悪化する愚は犯せない。その辺の事情も見透かされてるのかな?
あいつらの狙いは大体わかる。隠れつつ飛び道具をやり過ごして接近戦に持ち込む。大体そういう算段だろう。予想の範疇かな。
ならひとまずは敵が近づけないくらいの大要塞を築こうか。
「これより決闘を開始する!」
何度も聞いた、けれどこれで最後になる合図を聞く。
「作戦開始だ。さあそれじゃあまずは出てこい! アメーバ!」
バサリと覆いを外す。とは言っても覆いのごく一部だ。しかしその一部から漏れ出た混濁した泥は夜の闇とは質の違う淀みを孕んでいる。
オレが苦戦した単体の魔物の内の一つ。アメーバ。それが一つ目の策。
「いやあかつての強敵が仲間になるってなかなか素敵な展開だな」
もちろんそんな白々しいセリフのように麗しい友情が成立してはいない。そもそも会話さえできないからねこいつ。
まともなコミュニケーションは不可能でも制御なら可能だ。覆いにアメーバが嫌うハッカ油などを含ませて行動を抑制したり、反対に出てきてほしい時には果汁液や渋リンからとった甘いにおいがするエチレンなどを使って誘導できるようになった。もちろん決闘の参加者にも香袋やハッカ油などを渡してとりあえずアメーバが近寄ってこないようにはしている。
とりあえず進路くらいならコントロールできる。しかしこれはあくまでもオレたち視点の情報。
アンティ同盟ならアメーバを見ること自体が初めてなんじゃないか? もちろん、オレたちがアメーバの制御にとんでもなく苦労していることはわからないはず。当然こいつの性能や性質も知っているはずがない。
この高原にアメーバがいないことは事前にリサーチ済みだ。どうもここの気候に合わないみたいだな。後は毒を持った魔物がいるかどうかだけど……多分可能性は低いと思っている。オレたちが頑丈な服を着ている。蛇みたいに毒を飛ばす魔法は効果が低いと判断するんじゃないか?
うかつに仕掛けてこないところを見るとそれらの予想はそれほど的外れじゃないらしい。
「今のうちに兵器の組み立てだ。翼たちは周囲の警戒。やっぱりというべきだけどどうやら探知能力が機能してない」
「妨害が入っていますか。厄介ですな」
女王蟻の探知能力は効く魔物とそうでない魔物がいるけど、少なくともライガーは探知できていた。しかし今はどこにいるのか全く分からない。ジャマーみたいな魔法を使っている奴がいると考えるべきだ。
「寧々から探知能力が効かない奴がいるかもしれないって聞いてなかったら戸惑ってたかもな。探知能力だけじゃなくてテレパシーも妨害されるかもしれない。その場合は翼に指揮を任せる。いいな千尋」
「うむ」
「委細承知」
オレたちがライガーの対策を練っているようにライガーもオレたちに対して対策を練っている。そうでなければジャマーの魔法なんて使える奴を持ってくるはずがない。
今のところアメーバの巨体には驚いているようだけど……そのうちアメーバが自分から攻撃を仕掛けてくることはないと気づくはず。それまでに攻める手段を用意しないとな。
パパパっと短い間隔で丘上からの光が点滅する。戦場外からのライガーの指示だろう。
「王。接近する敵影があります」
「了解。働き蟻、弓で牽制しろ」
「わかった」
今現在オレたちの部隊はアメーバのど真ん中にいる。香袋などで上手く自分たちには近づかないようにさせれば一切遮蔽物のない、しかし容易くは進めない濁った泥の水平線の出来上がり。香袋などを持たない敵が入り込めばアメーバの魔法で反撃される。
これで事実上接近不可能だ。それはこっちも同じだけどそこは工夫次第。
アメーバに運ばせた武具防具はいくらでもある。これもアメーバを選んだ理由の一つ。巨体なだけあって物を持てる量も多い。
まずは複数の種族でも使えるようにしたバリスタ。簡単な柵や、脚立のような物見台を設置! これで飛び道具が来てもそう簡単には揺るがないし、反対にこっちは攻撃しやすい。
シンプルだけどこういうのが地味に効いてくるんだよね。
一筋の矢が放物線を描いてライガーに飛んでいく。しかし俊敏な動きで矢を躱したライガーには余裕すら感じる。
体にピタッとついたマントがわずかに波打つ。邪魔だから翻らないように固定したのか? いっそ外したらどうだ? 趣味に文句を言うつもりはないけど戦場でかっこつけてる余裕はないと思うんだが。
ただライガーも躱すだけじゃない。反撃として光の魔法<フラッシュ>でこちらの目を眩ませようとする。
だがなラライガー! こっちはそんな攻撃、とっくの昔にお見通しだ! 目潰し対策にはこれだ!
サングラス!
ビシイ! 決まってるぞ働き蟻! 蟻がサングラスをかけるというめちゃくちゃシュールな絵面だけどもはや今更だ!
まあ今は夜だからサングラスなんかかけたらほとんど何も見えないんだけどな。
ただライガーの狙いはあくまでも様子見だったらしくすたこらさっさと逃げていく……と見せかけて別のライガーがアメーバを光で照射した。
これも反応を見たいだけだろうな。アメーバはプラスチックを作る魔法<プラスティ>で攻撃防御を自動的に行う。
以前戦った時は手を焼い……あれ?
「王? どうも反応が鈍くありませんか?」
「お前もそう思うか?」
この中でアメーバと直接戦ったのは翼だけだ。その翼が言うんだから多分間違ってない。
一応プラスチックの盾はできているけどどうにも脆そうだ。前戦った時は絶対もっと素早く強力な防壁を築いていた。アメーバは光にも結構過敏に反応し、事前のテストでもいいもっと反応が良かったはず。
明らかに弱体化している。原因は何だ? 長期間の移動? 栄養不足? ハッカ油が原因? 乾燥して動きが鈍くなった?
わからない。
「味方になったとたん弱体化とか冗談じゃないぞお前……」
もちろんそんな文句を聞いてくれるはずもなかった。
二体のライガーが戦線に現れても他の魔物は一向に姿を見せなかった。
ジャマー役はともかく他はいい加減攻撃に加わっても不思議じゃないんだけどなあ。まだ様子見しているのか? ま、それならそれでいいさ。
「紫水。ばりすたの準備完了じゃ」
「オッケー。がんがん撃ってけ」
今まで組み立てていた兵器はバリスタ。本来攻城戦や籠城戦に使われる大型の弓のような兵器だ。ラプトルや蜘蛛でも使いやすく、組み立てしやすい優れもの。難点はちょっと壊れやすいことだけどこの戦いが終わるまで持ってくれればそれでいい。
働き蟻が土から作った大型の矢の威力は今までの弓矢とは比べ物にならない。一射見ただけでその威力を把握したのか。再び光が瞬くと茂みの中へと消えていった。
「ひとまず作戦通りだな」
「平地戦を籠城戦に変えるでしたか。最初に聞いた時はどうなることかと思いましたが意外に有効でしたな」
「ライガーたちも戸惑っておるようだのう」
ティラミスを戦ってわかったのはとにかく相手にとって有利な環境をそのままにしておいてはいけないということ。相手に有利な場所だと戦いの主導権がとれない。ただし場所の決定権が敵側にあるのでどうしても後手後手に回ってしまう。
ならもういっそのこと地形そのものを変えてしまえばいい。それができるのはアメーバだけだった。
「ただこの戦術は守りに向くけど攻めは苦手だからな。相手にガン逃げされると攻めようがない」
「どうでしょうな。奴らにも意地があるでしょう。ただこそこそ隠れているだけでは我慢なりますまい」
「オレならこの際プライドは抜きだって言って逃げ回るけどな……いや、あいつらはそう思わないみたいだ」
また観客席のライガーたちが光を放つ。
何々? 暗号解読ノートによると……ほう?
「前方の味方が気を引いている間に別動隊が後方に回り込むだってさ。全員わかってるな?」
相手が策を仕掛けてきたのなら、その策を利用することができれば好機になる。結局のところ戦いとは騙し合いなのだから。
茂みから放たれる光。正確に顔面に向けられるものの目を閉じながらでもエコーロケーションで戦えるラプトルには意味がなく、千尋もある程度なら周囲の振動を感知して戦えるので効果は薄い。
当たり前と言えば当たり前だけど純粋な光で傷を負わせるのは難しい。せいぜい光を照射し続けて火傷を負わせるくらいが関の山だ。
ゲームのように光の魔法でダメージを与えることはできない。ただしそれが目なら話は別。目なら強い光を浴びれば失明する。
それも対策をしていなければ。これだけ視覚に頼らなくても戦える奴を集めれば単純な武器としての性能はほとんどない。
だから利用するとしたら、連絡手段。
またしても場外からの光。今度は点滅せず、強く一度だけの輝き。
そこに意味はない。ただの開始を告げる合図。
「紫水。後方より接近する敵影を確認」
「おうし、予定通り」
夜闇に紛れて迫る影。
光魔法によって目が暗闇に慣れ切っていないなら多分気付けなかった。しかしエコーロケーションなら事前に知ってさえいれば裸の王様も同然。余裕をもって迎撃できる。
「ぎりぎりまで引きつけろよ」
「うむ」
「もちろんです」
相手が接近するのを待って一気にカウンターを仕掛ける。どんな攻撃だろうが予想できてさえいれば打てる手はいくらでもある。
徐々に影が近づく。そして――――
今更ではあるけれど。
電話も魔法もない古代において通信手段はどのようなものだったのだろうか。主には狼煙、かがり火などで、太鼓などの楽器を利用することもあったという。
当然ながら伝えられる情報は少ない。
ではもしも懐中電灯を持っていればどうだろうか? 何十年、何百年も持っていればモールス信号のような会話方法を思いつくのは決して難しくないだろう。
さてでは何千年、場合によっては何万年も<フラッシュ>を使い続けているライガーがモールス信号のような単純で何よりも相手に見抜かれる通信手段を用いるだろうか?
否。
そんな単純であるはずがない。その程度であるはずがない。今まで戦った魔物たちはいつだってオレの想像を超えてきた。ならきっとこんなものじゃないはずだ。
いやむしろモールス信号をあえて見せることで相手の通信手段を見抜いたという誤解を植え付けるのではないか?
多分ライガーならそれくらいの戦術は使える。ではどうやって遠距離通信を行っているのか?
断言はできないけれど、恐らくは赤外線。紫外線には鋭敏に反応する昆虫だけど赤外線は見えない種類が多い。これはこの世界の蟻も同様。ピット器官を持つ蛇ならともかく赤外線をきちんと認識できる生物はそれほど多くない。魔法によって感知しているのか肉眼によって見ているのかはわからないけどライガーにはそれらの不可視光線を感知することができるとすれば、相手に一切知られずに会話ができることになる。
遠距離に届き指向性が高い光。それはすなわちレーザーだ。
つまりライガーはレーザー通信を行っている可能性が高い。
ライガーが発生して何年たったのかはわからない。しかしオレの今までの経験を踏まえた感想はこうだ。
人類が開発に千年以上もかかったレーザーというものをごく自然に扱っていても何ら不思議はない。
奴らに誤算があるとすれば――――。
「オレはすでにレーザーを知っていること! 全員後方の敵は無視! 前方に注目! さっきの信号はブラフだ!」
後方を警戒しているふりをしていたチーム全員が振り返り、めいめいに攻撃を放つ。
何かが飛び散り、硬いものが砕ける音。
攻撃は当たった。決して軽くはない傷を負わせた確信がある。しかし同時にこれは致命傷ではないという奇妙な確信もある。だから追撃の手を緩めない。
「では行くぞ!」
千尋の投網。殺傷能力こそないがガードの硬い敵に対しての効果は鎧竜戦で実証済み。
暗闇で何かを捕らえる。
「ガアアアアア!」
白い、夜を貫くような光。角からあふれ出るそれと、その雄たけびはどこかで覚えがあった。
「懐かしい奴にあったな、白鹿!」
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