234 激発少年

「じゃ、最後のブリーフィングを開始するぞ」

 ずらりとライガーとの決闘に関わっている面々が並ぶ。直接決闘に参加するのは翼、千尋、名無しのラプトルと働き蟻、そしてまだ確定していないあと一人。合計五人。5対5のチーム戦だ。

 千尋は休ませたいんだけどなあ。本人がどうしてもと言ったし、確かに連携が重要になるからいてくれるとすごくありがたい。

「まず琴音。偵察できたか?」

「無理だにゃあ。あいつらずうっと決闘場に張り付いているしなかなか騙されてくれないにゃあ」

 琴音への命令は決闘場に侵入して武器を持ち運んだり、植物を植えたりできないか試してもらうこと。

 しかしライガーたちは決闘周辺を自分たちの配下の種族と一緒に見回り警護している。慎重なのはもちろんだけどこれはオレたちの戦い方が研究されたせいだろうな。

 つまり奴らはオレたちへの対策を練ってきている。これだけでも今までとは違う。

「どの種族が出場するのかもまだわかっていないのですね?」

「だな。多分こっちも多種族集団だってわかってるんだろうな」

 偵察してようやくわかってきたけどライガーは決闘に他種族を用いることも多く、それどころか共闘することさえある。確認できた限りでも8種類くらいがライガーの傘下に加わっているらしい。

 オレが今までやってきた相性がいい魔物をぶつけるジャンケンの後出しみたいな真似はできない。

「つまり編成の時点で戦いは始まってる。向こうがどんな種族で来るのか、そいつらがどんな能力を持っているのか全部はわからない。おまけにチーム戦だと補欠を準備できるから直前までメンバーを推敲する余裕がある」

「今までのライガーの決闘を観戦しましたが、どうも見られていることを意識していたようですね」

 まるで伏せたカードを当てるような読み合いだ。ただし決闘の経験そのものは向こうに分がある。オレたちに有利な部分はやはり道具だ。

「できる限りの武器は持っていくけどなあ。限界はあるぞ」

 当たり前だけど道具は壊れたら役に立たない。ライガーの知能なら隠してある道具を見つけて壊すなんて平気でやって来るだろう。


「王。編成についての意見ですが、あのクマムシは使えませんか?」

 あいつかあ。確かに魔法を無効化する魔法は相手次第だとチート臭い効果を発揮する。しかしその運用は難しい。

「ダメだ。実践投入にはまだ早い。こっちの指示を聞いてくれない」

 クマムシとのテレパシーは一切できないので発声や文字、ボディランゲージでコミュニケーションをとろうとしているけど、さっぱり上手くいかない。

 せいぜいビビらせて行く手を誘導するくらいが限度だ。とてもチーム戦はできない。

「ではやはりアレに頼らなくてはなりませんか?」

「いやか?」

「ご命令とあらば否は言いません。少なくとも敵は驚くでしょうから」

 不満はあるけど有効だから文句は言わないか。ホント忠実だねえ。


「これは寧々からの報告だけどライガーも決闘場の外から指示を出している奴がいるらしい」

「指示? 声が届くの~?」

 この場合の声とは肉声じゃないくてテレパシーのこと。

「いや、あいつらの魔法の光だな。明滅の繰り返しで意味を伝えるみたいだ」

 モールス信号のようなものだ。ただしアホみたいに明滅が早いから一目見ただけじゃそれとはわからなかった。どうもライガーたちはオレたちが文字をごく普通に読むように、光を使って会話するらしい。

「寧々が頑張っておおよその意味を解読してくれたからな。相手の指示は筒抜けになる」

 全員にわかに不敵な笑みを浮かべる。

 何しろ相手の戦術が読めるのだからこれ以上有利なこともない。

「それで、だ。この事実を踏まえてオレから作戦がある」

 今まで戦った敵の多くは単一種類の魔物だった。ラプトルのように複数の魔物が協力した例は確かにあるけどあれほど多様な種族を率いていた魔物はいなかった。強いて言えばラーテルだけど……あれは利用していただけで率いていたわけじゃないか。

 もしかしたら今が一番オレの力量を試されているのかもしれないな。




 和香によると、巨大な虫が地面に食らいついているようだったという。

 さもありなん。確かにこれは不気味と言うほかない。

 つぎはぎだらけの布で覆われたどでかいドームが草原を横切っている。ちょっと正気を疑う光景だ。そう、この巨大な何かこそが今回の戦いの最後の参加者だ。

「ひとつお尋ねしてよろしいですか?」

 マーモットが困惑を隠そうともせずに聞いてくる。

「どうぞどうぞ」

「これは本当にあなたの民なのですか?」

 はははは。言ったとおりだよマーモット君。

 これは我らがエミシの国民の立派な一員だ。はっきりとそれを断言してやろう。

「そそそ、その通りだみょ?」

 あかーん。部下たちの棒読みを散々なじっているけどオレが一番演技下手じゃないか! オレに演技なんか求める方が間違いなんですけどね?

 流石にこれは……

「ならばよろしい!」

「いいのかよ! ありがとう!」

 ルール的には何ら問題はないはずだけどさ。

 割と判定ガバいねお前ら。


「王。来ました」

 今から隕石を破壊するためのロケットに乗り込むようにライガーたちが横並びにゆっくりと歩いてくる。

 風で草が舞う……妙に都合よく風が吹くと思ったら鷲が風を起こしてるのか……演出にそこまでするか普通。

 そして昨日には見られなかったものがいくつかある。腕や顔に何かが巻き付けられていて、マントみたいなものまで身に着けている。……どう見ても翼に対抗してるなこれ。いろんな意味で痛々しい。

 この熱意は一体どこから来るんだ……?


「よく来た我が宿敵よ」

 ライガーたちが熱い視線を注いでいるのはもちろん翼だ。その翼は明後日の方向を向いて無視している。

「お呼びだぞ翼」

「…………」

 そのめちゃめちゃ嫌そうな顔やめい。ドン引きしてるのがこっちにも伝わってくる。

「……いかがいたしましたか」

 ぱあーっと表情が明るくなるライガーたち。ちなみに物理的にも明るくなっている。何魔法使って感情表現してるんだよこいつら! 無駄に器用だなおい!

 あといい加減オレ意外にツッコミ役が欲しい! これが一番切実な願いな気がする。

「今こそ我らの封じられし右腕により汝を屠る」

 そう言って何かが巻き付けられた、オレたちから見て右にある腕を……?

「いやお前それ左腕じゃないか?」

 オレたちから見て右ならこいつらには左のはず。

「え……あ!?」

 何とも微妙ないたたまれない空気が立ち込める。

「ふ、封じられし左腕によって汝を屠る」

 ……や、やりづれー。

「……王」

「……紫水」

 ちょ!?

 お前らまでなんだ!? 今のこいつらの自爆ですよね!? オレのせいで変な空気になったとか濡れ衣やめてもらえま……

「ここで全ての因縁の決着をつけよう!」

「あ!? 流れぶった切りやがったなこの野郎!」

 オレの文句も聞く耳持たずマントをばさっとなびかせ身をひるがえすライガー。来た時と同じように去っていく。

 ……妙な空気だけを残して。

「あの人たち何しに来たのかな~?」

「恰好をつけたいだけなのでは……?」

「多分そうだろうな……」

 いかん開幕前から疲れた。むしろこれが狙いか……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る