233 ゴナフライナウ

「へあー!」

 やけに間延びした掛け声とともに網を放る。

 しかしやってることは実に合理的だ。鷲を逃さないための網。とにかくこの状況で飛ばれたらつむ。意外かもしれないけど網はかなり強力な武器だ。一旦絡まればそう簡単に抜け出せないし、糸の強度によっては大軍や大型の魔物をとらえることも可能だ。

 特に魔法によって糸を操作できるなら効果は倍増する。

 だが団扇で扇ぐように翼をはばたかせると緑色の風が吹き荒れる。網を押し戻そうとするが茜もまた魔法で押し返す。

 やや拮抗したそれは茜に軍配が上がった。

 鷲の翼に網がかかり、綱引きの状態になった。二人の間に糸が張り詰める。鷲の体がじりじりと茜に引き寄せられる。馬力なら茜の方が上だ。

 だが、ここで鷲は予想できない行動に出た。

 自分から茜との距離を詰めてきた。


「気を付けろよ!」

 地に落ちた鳥は弱いだろうか?

 もちろん否。

 肉を啄むための嘴は硬く、獲物を掴むための爪は鋭い。例え飛べなかったとしても猛禽類は獰猛なハンターなのだ。

 小学生のころカラスに噛まれたオレが言うんだから間違いない。

 しかし近づかれる前に蜘蛛もよく使っているフレイルが炸裂する。顔がひしゃげるほどの衝撃。しかし鷲は怯みすらせずにその精悍な瞳をまっすぐに向ける。

 お互いの距離は見る間に近づいていき――――


「そこまでじゃ!」

 ケーロイが空から割って入った。

 明らかな反則行為。つまりは、もう試合は終わりだということ。

「石の部族の長ケーロイから降参の宣言が行われた。この勝負エミシの勝ちとする!」

 ホントにまあ、さっぱりとした奴だ。あっさり負けを認めやがった。

「お疲れ様茜。よくやった」

「ありがとうございます!」

 安堵と歓喜の笑みを浮かべる。疲労は溜まっているけどそれ以上に喜びが大きい。

「ケーロイ。これでよかったのか?」

「いやあ悔しいがな! いささか分が悪い!」

 オレの見立てだと8・2くらいで有利だと思ってたけど……ケーロイも同じような予想だったのかな?

「不甲斐ない戦いをして申し訳ありません」

 決闘相手は満身創痍ながらも実直な態度を崩さないが、悔しさは隠しきれていない。

「なあに! 若いうちに負けておくのも経験よ!」

 負けてもからりと大笑するケーロイは恨みつらみなど感じさせない。マジで器でかいなこいつ。この辺が慕われるコツかな? オレにはまねできそうもないけど。

「いやいやしかしこれで油断せぬ方がいいぞ? 何しろ次の相手は奴らだからな」

 ケーロイが目線を向けたのはこの試合をずっと監視していたライガーだ。ご丁寧にも偵察に来ていたらしい。

 試合観戦は何らルール違反じゃないとはいえ新参者のオレたちを警戒していないとそんなことはしないだろう。やだなあ。油断してない相手と戦うのってめんどくさいんだよなあ。

 オレの心を知ってか知らずかライガーは威風堂々とした姿を見せつけながら歩いてくる。


「よくぞ勝ち抜いた。運命に導かれし宿敵よ」

 どうやってバランスをとっているのかさっぱりわからないポーズで右目を抑えながら解釈に困るセリフを唐突につぶやいてくる。

「いや、オレたち初対面なんだけど」

「邪悪な闇に覆われんとする世界の中で真なる光と闇を併せ持つ我らが正当なる闇の力を持つ貴公らにまみえるは必定」

 なんか知らんけどオレたちは闇の力が使えるらしいぞ? 勝手に設定を増やさんといてくれ。

 この会話が通じない感じ……ドードーを思い出すなあ。

「ええと、とりあえず明日は頑張りましょうってことでいいのか?」

「欲するは激情。ぶつかり合い、いざ行かん無窮の彼方へ」

 あきまへん。マジで何言ってんのかわからない。

 いちいちセリフを言う度にポーズを変える細やかさはもう少しわかりやすく意思を伝える努力に変えてほしい。

「……この方々は会話する気があるのでしょうか?」

「オレに聞かれてもな……ん?」

 茜に同伴していた翼が会話に加わるとなぜかライガーたちはどよめきだした。

 翼をちらちら気にしている? 何で? ……あー、あれか。翼はラーテルとの戦いで負傷して以来眼帯をしている。特定の人種にとって眼帯とはあこがれのアイテムではなかろうか。……ちょっと悪だくみが思い浮かんだ。

「翼、翼。ちょっと言ってほしいことがあるんだけど……」

 こそこそと耳打ち。

「は? はあ。わかりました」

 戸惑いながらもオレの用意したセリフを言ってくれる。

「あ、明日は我がふ、封じられしー、まがんのちからをみせてやるー」

 棒読みか! ものすごい恥ずかしがってるな翼!

 しかしその棒読みセリフを聞いたライガーたちは雷に撃たれたかのように立ち尽くしている。

 しばらくすると後方に脱兎のごとく駆けだし、塊を作って何やら盛んに議論している。

「……何だったのです?」

「あー……うんまあ、とりあえず前哨戦は勝ったのかな?」

「……はあ」

 勝ったというか言い負かしたというか……別に勝負に有利になるわけじゃないと思うけど……ライガーみたいなかっこつけにとって自分よりかっこいい相手とは戦いづらいかな? そう思って適当に言わせてみたけど……。


「深淵より来たり……」

「遥か彼方の……」

「いと貴き身の……」

 わけのわからないセリフをつぶやいたりポーズをとっていたり……いつまでやるんだろうか。

 このまま一日くらい時間潰してくれねえかな。

「流石に決闘を放っぽりだすことはなかろうよ」

「ですよねー」

 ケーロイさんからのありがたいお言葉。

 最終戦にして大一番まであと一日。

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