190 赤い結束

 さてエルフどもの記録を読み終えたけど……連中滅んでもしょうがないな。

 エルフは自己正当化の塊だ。あれだけのことをしても自分たちは悪くないなんて言ってのける厚かましさ。

 ヒトモドキに滅ぼされたからちょっと同情していたけど、こんなんじゃ同情する気も失せるよ。自業自得とか身から出た錆とか因果応報とかいう言葉の意味を辞書で引いた方がいい

 それに対して評価を再び上げたのがヒトモドキの祖先だ。

 徹底したセイノス教のプロパガンダと戦略を組み合わせることでエルフを蹴落とした。エルフたちからろくでもない目にあわされた反動で男を政治から排斥したのも無理もない。この容赦なさはオレの部下に欲しいくらいだ。子供を殺したのは思うところがあるけどな。

 それにしても……妙なところで蟻とエルフ、ひいてはヒトモドキと関係があることがわかったな。これは本当に偶然か? オレがかつて転生者がいたエルフたちと関係が深い蟻に転生したこと……単なる偶然なのか? それとも……だれかが仕組んだことなのか? 誰が? 何のために?

 …………。

「わかるかんなもーん!」

「どうかしましたか?」

「何でもないよ。はあ」

 そう。わかるわけない。つまるところこれは本当に転生なんてものが存在するのかという議論になる。前世のオレなら「あるわけねーだろそんなもん」と言って終わりだったはずだ。

 しかしあってしまった。だから転生したと考えるしかない。はあ。こういう結論が出ないことがわかりきっている議論ってしんどい。今更レーゾンデートルで悩むことになるとは思わなかったよ。


「ここにも何かあった」

「お、何があった?」

「これ金属じゃない?」

「マジで!?」

 そこにあったのは小判のような銅と紙束。わあお。久しぶりの金属だ。

「なるほど。通貨と紙幣を併用していたのか」

 エルフたちはヒトモドキのようにお金を紙のみに頼らずに金属の硬貨も使っていたらしい。とは言ってもごく少量だ。西にはもっと金属があったのかそれともこれですべてなのか……それこそ銅が純金のように高価だった可能性もある。例え滅亡したとしても、何の役に立たなかったとしてもお金を道端に捨てることはできなかったらしい。

「通貨とは何ですか?」

「通貨っていうのはお金だよ」

「おかね?」

 ……ん? あれ?

「お金っていうのは物の価値を定めるというか……学校で習わなかったか?」

「いえ全く習っていません」

 ……雲行きが怪しいような。

 ええと、そう言えば金とか経済について学ばせたことってあんまりない……というかそもそもオレもしかして……?

「ええと、ヒトモドキが紙を紙幣として扱っているとは説明しなかったか?」

「紙を重要視していると教わりました」

 あれえ? やっぱり……間違いないな。

「通貨作るの忘れてた……?」

 地球人類において経済の中心であるのは言うまでもなく金だ。貨幣の役割は主に四つ。

 価値の尺度、価値の貯蔵、等価交換、支払い。

 少なくとも今まではそれなしでもなんとかなっていた。だってそもそも魔物、特に蟻はテレパシーを用いるがゆえに価値観の共有が図りやすく、何かを所有しようとする自我をあまり持たない。だからみんなのものはみんなのもの、自分の物はみんなの物、そういう思考を強制されたわけでもなく自然にそうなってしまう。

 そして財産などを共同所有する社会体制を何と呼ぶか。

「共産主義じゃねーか!?」

 どこからともなく赤い歓声が聞こえた気がした。


 い、いやまあな?

 こうな? 

 日本という国家は民主主義国家じゃん。当然オレだって民主主義を万能薬とは思ってないけど民主主義を否定しようと考えたことは一度もないよ。それこそ太陽や空気があるように民主主義国家にいることが当然だと思っていた。

 が、今現在のオレの国はどう見ても専制主義国家。というか蟻の国家は絶対にそうならざるを得ない。

 例えばここでオレが民主主義を導入したとしよう。首長に選ばれるのは誰か。当然オレだ。

 オレが一声かければ少なくとも蟻はオレの声に絶対に従うし、他の魔物も大なり小なり似たようなものだろう。

 民主主義とは多様性を尊重する国家だ。しかし蟻はむしろ逆。個性はあっても芯にある生物としての根本原理は女王に対する忠誠と献身でありそこに疑問を挟む余地はない。

 産まれた時から死ぬまで尽くすことは決まっている。

 オレは自分自身が生き延びるためならそんな蟻たちを使い潰し、死地に向かわせるつもりだし実際にそうしているけどそれでオレの支持率が下がることはない。人間ならそんなことは絶対にありえない。

 要するに、蟻という魔物は民主主義にありとあらゆる面で向いていない。

 さらに言えばオレ自身も民主主義なんかにはなるべくしたくない。万が一、いや億が一にもありえないけどオレが権力の座を追われたら明日オレの身に何が起こるのかなんて分かったものじゃない。

 よし! 民主主義はないな! オレの身の安全の為に! 民主主義は封印しよう! はっはー! 誰かに権力の座を追われるかもしれないくらいなら共産主義の方がましだ! 

 んーでも共産主義と王制って両立できるのか? うーん、オレ正直政治には詳しくないからよくわからん。高校のころから理系一筋だし。

 わからん。それよりもこれから先のことを考えないと。

「千尋、翼、生き残りはいないな?」

「ここには誰もおらんよ」

「ええ誰も皆いなくなりました」

「みーんなきっちり殺したにゃ」

「そいつは重畳。こっちも全て準備は完了だ」

 これで樹海蟻の巣の女王は全て抹殺した。もしもこのまま放っておけば女王蟻を失った働き蟻たちはどこへ行くでもなくただ朽ちていく。もちろんそんなもったいないことはしない。

 きちんとオレたちが新たな女王となってきちんとこき使ってやろう。ひどいかもしれないけど蟻としてはごく普通の行為に過ぎない。働き蟻には女王蟻が絶対に必要なのだ。


「というわけで出番だぞ樹里じゅり

「わかりました」

 樹里はまさにこの日この時の為に育てた女王蟻だ。

 蟻のテレパシーには方言のような癖がある。恐らくオレが何か言っても信用しない。だからこそ完全に樹海蟻たちの方言を使ってテレパシーをできる蟻を育てた。最初から樹海蟻を騙すためだけに育てた我が子だ。

 つまりこいつを樹海蟻たちの女王として君臨させ、オレがコントロールできる傀儡政権を作り出そうとする寸法だ。

 後はちゃんと樹海蟻たちが樹里の言葉に耳を傾けるかどうか。もしもそれができなければ何とかして殺すしかなくなる。


「私はあなた方の女王です。あなた方は私の命令に従いなさい。繰り返します」

 きちんと宣言を読み上げていく。それと同時にオレたちと協力関係を結ぶことも明言させておく。

「我々は他の蟻たちとも友好関係を結び、該当する蟻には決して攻撃してはいけません。そして何より新たな王を傷つけようとしてはなりません」

 最後の宣言はまあ、念のためだ。ルールとしてオレへの反乱を防止するため。正直オレが一番恐れているのは内ゲバだからな。エルフの手記を見た後だと特にそう思う。


「働きアリたちの様子はどうだ?」

「今のところ反抗する様子や攻撃してくる個体はいません」

 続々といい知らせが舞い込んでくる。

 この様子なら何も問題はないだろう。

「これで一安心か。とはいえここからが始まりだ。やることは山のようにあるぞ」

 まず今回壊した女王蟻たちの巣の補修もしくは新たな巣の建設。

 さらに樹海蟻たちに教育してオレたちのルールを遵守させる必要もある。

 しかし今は喜ぼう。何しろはっきりとはしていないまでも二十万を超える人員の確保だ。正確に数えれば多分それ以上の人口。戦力が倍増どころか十倍ほど膨れ上がっている。

 半年あればその人口を倍にできる自信はあるけど……人口の増加は慎重に行わないといけないな。

 これで銀髪やラーテルに勝てる戦力が整ったわけはないけど、それでも準備に必要なマンパワーは足りているはず。いやいや……油断は禁物だ。オレは大体油断した時に痛い目を見て追いつめられるんだから。

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