189 遺言

『ヌイとの生活は順調だった。奴らは我々を崇め、敬っていた』

 それを順調と言い切る辺りおめでたい神経をしている。

『だがある日異変が起こった。我々とヌイの間にできた子供たちが死亡した。それもただの死に方ではなく体があまりにも巨大になったために心の臓が弱ったためらしい』

 成長のし過ぎ? 巨人症の一種か? 

 魔物は成長が早い。それゆえに成長を止めるシステムがあるはずだ。しかしそのシステムが故障すれば? 子供たちが、ということは複数いたはずだ。もしかするとヒトモドキとエルフのハーフはそういう病気になりやすいのか?


『ヌイは愚かなことにそれを我々が穢れているからだなどと言い始めた。馬鹿馬鹿しい。もしも原因があるとするならヌイが我らよりも劣っていたからであり、奴らの責任だ』

 説明するまでもないけれど、子供の遺伝子は親の両方の遺伝子によって決定する。例えばどちらに巨人症の遺伝子があったのかはわからないし、そもそも両方その遺伝子を持っていた可能性は否定できない。もちろん何らかの環境要因である可能性もある。

 どっちのせいかよりもこれからのことを考えた方がいいと思うがな。

 ま、それよりも穢れだ。ようやく出てきやがったなセイノス教。


『さらにヌイの一部に我らは神に反する穢れた魔物であるなどと言い出すクズが現れた。あれだけ優しくしてやった恩を忘れた奴らは――――――――――――――――。(侮蔑的表現のため表記不可)挙句の果てには我らの寝こみを襲い、それどころか我らとヌイの間に生まれた子供を奴ら自ら殺した』

 ……これはまた想像以上に胸糞悪い話だな。これだけの仕打ちをして優しくしたなどとのたまうエルフも、自分の子供を殺したヒトモドキも。この世に慈悲はない、か。

 ここまでくればセイノス教の発端は明らかだ。エルフの排斥。それこそがセイノス教の最初の目的であり、そのために団結する旗印として作られた宗教。それがセイノス教の真実。

 なにが神の愛だ。馬鹿馬鹿しい。そんなものは都合のいい妄想、あるいは捏造に過ぎない。


『何が神だ馬鹿馬鹿しい。我らが信じるべきは古の聖人であり、神などという存在ではない。カイルンを始めとする聖なる存在こそ我らが信じるべき心の支えだ。だが神を信じる愚か者はどんどん増えていく』

 エルフも同じようなこと考えてやがる。こいつらは過去の偉人を神のように崇めていたらしい。

 特にカイルンはお気に入りみたいだな。

「紫水。このカイルンというのは以前の海老が言っていた誰かですか?」

「多分同じ人物だろうな」

「ですが少しだけ文字が違いますね」

「ん、ああそうだな」

 スーサンは全く違う文字になっていたけどこれはちょっとだけ文字が変わっている。これは自然に変化したのかな。寧々はオレよりもクワイ語が堪能だから気付いたのかもしれない。……ん?

 あれ?

 この文字どっかで見たことが……ええと、祭に似た字と倫に似た字。クワイ語よりもエルフ語の方がそれっぽい感じだ。

 つなげると、さい……り……ん。

 あ。

 あああ。

 あ――――!

蔡倫さいりん! 蔡倫か! 紙の発明者か!」

「どうしました紫水」

「気にすんな! 自分のアホさに呆れただけだ! でもお前のおかげで気付けたありがとう!」

 くっそお! 蔡倫の中国語での発音なんか知らねえよ! それとも何らかの理由でこれも変化したのか!?

 蔡倫は紙の開発者……正確には紙の製法を改良してそれを普及させた人物らしい。今から二千年くらい前の人物で人類史において紙という重要な発明を行った人物として極めて有名だ! つうか最初に紙を見つけた時自分で言ったはずだぞ!?

 なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。しかしこれで薄々感づいたことが確信に変わった。

 転生者が現れたのはヒトモドキじゃなくてエルフの方だ。


 大体の歴史の概要はこうだ。

 まずエルフたちに蔡倫と名乗る転生者が現れた。これが蔡倫その人だったのか、あるいは蔡倫を尊敬する中国人だったのかどうかはわからない。その人から様々な知識を授けられた。

 その知識を使い、さらにこの世界の環境にアジャストすることでエルフは国家を作った。しかし残念ながら西藍との戦いに敗れその土地を追われた。

 しかし移り住んだ土地でもヒトモドキに負けてさらに知識なども奪われた。敗北しすぎぃ!

 後半に続く!


 しかしここまででももうわかる。このクワイは徹底的に他者から何かを奪うことによって始まった。

 さらに奪った事実を闇に葬り、さも自分たちの力で見つけましたよといけしゃあしゃあと語っている。

 愛だの献身だの美辞麗句は醜悪な本性を隠す仮面だ。簒奪と排斥、虐殺。欺瞞と虚偽、忘却。それらが積み重なって、あるいは積み重ねるために生まれたのがセイノス教で、その結果がクワイだ。

 全く、本当にこいつらは……


「すごいな!」


 いやいや一向に進歩しないオレの語彙力は置いといて見るがいいこの華麗で血にまみれた逆転劇を! 味方を欺くために用いられた虚飾の浅ましさ! これこそが生物だ。生きるために何だってしてのける。実に強かだ。

 はっきり言ってエルフに逆転できる可能性は低かっただろう。自分たちの方が数が多くてもがっちり人心を掴まれていたしね。自分たちを支配する連中に反逆したそいつらには敬意を表する。反対にその嘘に容易く騙された連中や、あっさりエルフに迎合した連中は凡夫以下でしかないな。評価に値しない。

 そして今のクワイにこのたくましさがあるのかはわからないけどね。いい意味でも悪い意味でも今のクワイは安定している。それが馴れあいなのか慣れたのか……オレとしては前者であって欲しいかな。敵は弱いほどいいからな。


 気を取り直して、いや気を落ち着けてか。ひとまず拝読を続けよう。

『奴らは遂に我々を直接攻撃し始めた。ヌイの内の一人だったシャオシャンを王などと呼び崇め始めた。銀色の髪が神に愛された証だと? 何を考えているのかわけがわからない。この世に金色の髪より素晴らしい髪などあるはずもなかろう。だいたいなんだあの醜い顔は。火を当てたようなシャオシャンがある。あんな奴を美しいなどと言い出すヌイは――――――――――――(著しい女性差別、人種差別的表現のため表記不可)』

 なるほど、こいつが銀王か。割と後の方から出てきたみたいだな。やっぱりただの旗印として利用されたのかな? 銀髪ってのがよっぽど珍しかったのか?

「このシャオシャンってなんだ?」

「わからない。こんな単語はない」

 クワイ語とエルフ語は似てるようで違うからな。文脈から判断すると……火傷かな。顔にやけどのような跡があったのか。気の毒に。顔に怪我なんて……ん? なにか思い出しそうな気が……?

 ええと、そう言えばヌイの時も同じような感じがしたな。この二つを一緒に聞いたことがあるような? いつ? どこで?

『アチャータ・ヌイ・イージェン・ルファイ猊下のおな~り~』

 あ。

 お、思い出した! ヌイって教皇の名前に含まれていた名だ!

「寧々! クワイの国王の名前ってなんだ!?」

「確か、クラム・タミル・リシャオ・リシャン・クワイという名前だったはずです」

「ああそうだそうだ。リシャオ! リシャン! 火という文字を書いてシャオ! 傷という文字を書いてシャンと発音する。その二つを繋げてシャオシャン! つながったぞ! ヌイの正体もわかった! 奴だ! 字は違っているけど、音は同じだ! ヌイ、奴、そして奴婢! つまり、奴隷だ!」

「銀王と教皇はもともとエルフの奴隷だったということですか?」

「そういうこと。まっとうに相手を思いやっているなら火傷シャオシャンなんて名前を与えるはずもない。ヒトモドキはそれらが蔑称であることに気付かなかったんだろうな」

 大体想像だけどまず王様の名前がシャオシャンで、ファミリーネームみたいなものをヌイにした。しかし何かのきっかけでその言葉の本当の意味を知ってしまった。でも今更改名しますなんて言えなかった奴らは一計を案じた。

 その一、名前の一部を改竄する。音だけを同じにして字だけを変える。

 その二、ちょっと付け加えて本来の意味を分からなくする。

 その三、言葉そのものをなくす。クワイには火傷という単語、そして奴隷という意味を持つ言葉がない。これは意図的に消されたらしい。

 最後に、このクワイでは名前に意味を持たさない。サージが言っていた。名前に意味などないと。逆だ。意味があってはまずいのだ。もしも意味があったとしたら、その意味を追求する奴が現れたら、自分たちがかつて奴隷だったとばれてしまう。

 いやはや虚偽と詭弁で息が詰まりそうだ。

「続きを読む?」

「ん、頼む」

 そろそろ本格的な戦いになりそうだな。果たしてどうなることやら。


『我らとヌイとの戦いは我らが優勢だった。当然だ。あのようなカスに我々が負けるはずなどない。しかし奴らの奸計は我々の予想よりもはるかに邪悪だった。我らを火の病が襲った。その病にかかった者は高熱を発し、痛みを訴え、次々に死に絶えた。生き延びた者も火傷のような跡が残った』

 病気の蔓延か。症状を見る限りかなり強烈だな。多分銀王もこの病にかかって火傷のような傷ができたはずだ。火の病……正体はなんだ?

 高熱、痛み、そして火……傷……?

 その時ピタリとピースに当てはまる病気があった。あまりにも有名すぎる病気。しかし今は誰も知らない病気。嫌な汗が滴り落ちる。

「天然痘……これは天然痘だ」

 何度も言ったと思うけどオレは神も悪魔も信じてない。しかし神か悪魔が作ったと思いたくなるほど恐ろしいものがこの世に存在するのもまた事実。

 天然痘もその一つ。

 極めて歴史の古い病で、紀元前にはその存在が確認されており、人類の歴史そのものにも大きな影響を与えている。いずれかの家畜から人に感染するように突然変異したウィルスが誕生したと考えられている。

 その特徴は極めて高い感染力と非常に高い致死率。

 おおよそ40%が死亡し、患者の体のごく一部からでも感染することがあるという。また発症中や回復後に火傷のような瘢痕はんこんができるのも特徴の一つ。

 一度流行が始まると国一つを危機に陥れることもあり、特にアメリカ大陸が「新発見」された際には意図的にばらまかれ、大いに侵略の助けになったとか。この時点のエルフとヒトモドキの関係を考えれば実に皮肉と言える。

 しかしそれほど猛威を振るった天然痘も現在では誰一人として罹患していない。

 天然痘は地球上において数少ない、もしかしたら唯一の完全な根絶に成功した病気だからだ。

 天然痘はかなりワクチンが有効なのだ。というよりたしか初めて人類がワクチン開発に成功した病気だったはずだ。天然痘には一度罹患すると数年、あるいは一生天然痘に罹患しないという性質があったことがワクチンを開発しやすかった一因だろう。

 つまり医学の発展と勝利を証明することができた病ということ。

 ここまでが地球の話。この世界の天然痘が地球と同じ天然痘かどうかはわからない。生物が違うので全くおなじウィルスではないはず。しかし天然痘ウィルスには多様な種類があり、牛や猿などにも罹患することがある。

 ヒトモドキやエルフに感染する天然痘ウィルスがないとは限らない。しかも優秀らしい魔物の免疫システムを突破できるウィルスだ。途轍もない速度で感染拡大したかもしれない。

 そしてそれらの仕組みをヒトモドキたちはどの程度理解していたのか。

 意図的に広めた可能性はあるだろうか。


『我々に病が蔓延したが、それはヌイたちも例外ではなかった。しかし我らほど症状が重くはなかった。しかしシャオシャンの一派は神の愛を受け入れない人にこそ病にかかり、命を落とすと言い出した。この詐術によってさらに我らを崇める正しいヌイは少なくなっていき、反対にシャオシャンの一派は何故か病にかからなかったのでますます勢いを増した』

 まあそりゃそうなるわな。多分クワイにはもともと天然痘が存在していて多少の免疫があったはず。それに対してエルフは抵抗力が低く、重篤化する可能性が高い。そしてそのエルフと行動を共にしたヒトモドキにも感染するはず。さっきも言ったけど一度天然痘に感染して生き延びた場合、天然痘に対して抵抗力がある。銀王の一派は一度天然痘に感染した患者を中心に構成されていたのかもしれない。

 上手く弁舌を用いればさも神様が自分たちを守ってくださると演出することはできるはずだ。……そういえば聖典に銀王が病をどうとかこうとか言ってたような。


「おーい、誰かちょっとセイノス教の聖典を調べてきてくれ」

「わかった」

 ぱぱーっと部下に該当箇所を調べさせる。いやあ人手があるって素晴らしい。

「何か気になるところがありましたか」

 寧々が聞いてくる。

「まあな。お前は何かあるか?」

「いえ、ただ少し楽しそうですね」

「ん、そうかもな。隠された真実を暴くのはなかなか楽しい。いやはやゴシップ記事を楽しむ人の感性がわからなかったけどこんな気持ちなのかな」

「ゴシップきじ?」

「ああ気にしなくていいよ」

「はい」


 そして調べた結果ありましたよ。かいつまんで説明すると、

『銀王は名前を呼んではいけない魔物が悪魔の力で流行らせた病にかかった人々を見舞い、癒しました』

 はい銀王アウト。

 天然痘の感染力は非常に高い。患者に接触したヒトモドキから他人に移ることはありえる。現代なら看護師や医師はきちんとワクチンを打って、気が狂うほど消毒をして絶対に二次感染を起こさないように努力する。これは医学に携わる人間の絶対の原則だ。病は治すことよりも予防することに心を砕くべきで、治療を行う医師や看護師が感染を拡大させるなんてもってのほか。

 しかしそれはあくまでも現代の話。この衛生という概念そのものがろくに存在しない世界なら、天然痘の患者の血をぬぐったタオルで汗を拭いても驚かない。オレの尊敬する偉人の一人であるが聞けば手から血が出るまで殴り倒すに違いない蛮行だ。

 どこまで計算かはわからないけど、この一見病人を思いやる銀王の見舞いは天然痘を流行させた原因の一つになったかもしれない。いやはやなんというマッチポンプ。

 たかが風邪を流行らせたくらいで何をいい気になってたんだか。そんなものは千年前にとっくにやっている。そして成功している。

 ……オレにも同じことができるだろうか。多分、できる。

 そこにないものは絶対に作れない。科学は魔法じゃないし、その魔法も万能の道具じゃない。でも、あるとわかっているのなら作れる。

 ウィルスを培養してその血液や死体をばらまく。今回やった手順と同じだ。クワイのどこかに天然痘に罹患した患者がいれば、ウィルスを採取できる。それを培養できれば準備は完了だ。

 ただそれを実行すると被害がどこまで広がるのかわからないし、もしも突然変異が起こってオレたちにも感染する天然痘ウィルスが発生すればオレたちにも被害が出る。

 それにいくら何でも天然痘を蔓延させるのは、地球で必死になって天然痘を撲滅させた人々の思いを踏みにじっているような気がする。

 ひとまず天然痘患者が見つかってから考えるか。


『我々はもはやヌイと戦う力は残されていなかった。逃げ延びようとしたが奴らはどこまでも追ってきた。投降した同胞もいたが、全て意味不明な宣告の後に殺された』

 しつこいなあ。いやむしろよく逃げれたというべきか。

『何とか、とある場所に逃げ延び、上手くヌイどもを撃退したが、そこで屈辱を受けた。ここではその内容を話すことはできない。結果的に我々は男だけになった』

 うおい! そこ大事だろ! 屈辱ってなんだよ! 何で男だけになったんだよ! ちゃんと書け!

 いやしかし自分が奴隷扱いしていた奴らから煮え湯を飲まされて逃げただけでも相当な屈辱だろう? それ以上の屈辱なんて存在するのか?


『おおヌイに呪いあれ! 裏切り者に裁きを! 我々が一体何をしたというのだ! ただ善良に生きてきた我々に何故このような仕打ちをする! 奴らは皆この世で最も醜悪な悪鬼に囚われ永遠に苦痛と労役を強いられるがいい!』

 すさまじい呪いのオンパレード。ちなみにこれでもちょっとマイルドな表現にしています。全部書いたら一ページ丸々使うし、過激すぎて書けません。エルフの恨みと自己肯定がそれなりに伝わったらいいな。


『ようやくこの森にたどり着いたが……もはや我々には生きる気力がなかった』

 でしょうねぇ。ここまでハートフルボッコにされて歩けただけでも大したもんだ。

『しかし誰かがこう言った。せめてどこかに記録を残さないかと。我々は何とか気力を取り戻し、紙を作り、筆を整え、我らの最期の記録を書き上げる大役を私に与えてくれた』

 生き残れないならせめて何かを残す。……つまりこの本は一種の遺書だ。

『しかしそこでまたしても問題が発生した。どうやってこの記録を残すかということだ。あのヌイどもの手に渡すわけにはいかない。あの――――――――――――(差別表現のため割愛)は我らの真実の書物を認めはしないだろう』

 そこについては激しく同意。連中にとって極めて不都合な真実だ。

『どこかに埋めてもよかったが、それでは見つけられないかもしれない。つまりヌイに決して見つからず、なおかつ誰かが見つけることのできる場所でなければならない。我々は知恵を絞り、蟻と会話し、我らの知恵を授けることにした。幸いにもヌイと原生動物の一種の間にできた――――(差別表現のため割愛)た子供がいたので蟻と会話することはできた。さらに蟻には墓を作る習慣があったのでそこにこの記録を保存することにした』

 墓を作る習慣はもともとあったのか。つうかヒトモドキと何かの子供も一緒に行動したんだな。ヒトモドキのところにいると殺されるから当然か。

 でもこれで疑問の一つが解けた。どうやって海老やデバネズミを洗脳したのか。多分この魔物と会話できる魔法を持ったハーフを利用したんだ。

 そして、このハーフたちは今でも生きているのか? セイノス教としては絶対に殺さなきゃダメだろう。しかし魔物を洗脳するためには会話する魔法が絶対に必要だ。もしかしたら、今でもどこかに厳重に監視されながら生きているかもしれない。下手すりゃクワイが転覆しかねない重要事項だからな。そうそう簡単には見つからないはずだけど……もし見つけて味方にできればセイノス教の結束にひびを入れられるか?


『だがここまで追いつめられると愚かな考えをもつ輩も現れる。そいつらは森の魔物と交尾し始めた。とても誇りある我々の同族とは思えない。すぐに処罰した。当然だが魔物との間に産まれた子供はいなかった』

 あらま。死にそうになると生存本能が刺激されるらしいけどエルフは随分お盛んみたいだしなおさらか。ただそうだとするとやっぱり別種の魔物同士の間で子供ができることは珍しいのかな。何にせよちょっとこっちの調査する手間を減らしてくれた。


『だが我々の間でも意見が分かれ始めた。蟻を利用してヌイに復讐をもくろむ者、我らの長になろうとする者、小競り合いが繰り返され、やがて私と友人一人になった』

 ……そろそろ終わりだな。後数ページだけだ。

『もう紙の残りも少ない。そう長くは書けない』

 だんだん一行だけ何が起こったかを記す日記のような形式になってきた。

『友人が死んだ。私一人だ』

 書き手の文字から孤独が伝わってくる。震える手で怯えながら文字を綴る姿が目にこびりつく。

『何か書かなければ。しかし何を書けばいい。もっとあるはずだ。何か。何か。何か。何故こんなことになった。私たちは何も悪くないのに』

 ここからは自問自答のような言葉がずっと続いている。もはや狂っているようだ。

 ページがめくられる。最期のページは……空白だった。何か書こうとして書けなかったのか。それとも先に寿命が尽きたのか。

 裏表紙には名前がずらりと書いてあった。とにかく書けるだけの名前が書かれていた。エルフたちの名前だろうな。

 一番上に書いてある名前がこの著者の名前のようだった。

「日本語風の発音だと、エミシ、か。……皮肉かもな」

 そしてこの書物が隠されていた隣の墓にはヒトモドキと全く変わらない死体があった。多分こいつがエルフの最後の一人、エミシだろう。


「お疲れ様。お前たちのやったことを肯定できるかどうかはともかくとして、よくやった。一応語り継いでやるからゆっくり眠れ」

 また再び石でくるむように死体を閉じていく。それが礼儀に適うかどうかはわからないけど無理に起こす必要もないだろう。

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