162 魔物サッカー
晴れ渡る空、爽やかな風。まさしくスポーツ日和。
そんな気持ちのいい日に土のグラウンドで汗を散らす影が二十二。
「おおっとお、ラプトルがドリブルで切り込む! 豚羊では止められない! しかしここで蜘蛛が立ちはだかる! ここで一旦止ま……いや、ボールはどこだ!? 何とお!? すでにボールはカッコウの手に、いや爪に納まっているぞ!? そのまま突進するようにボールをゴールにシュートォォォ! 一点先制!」
と、まあ実況ごっこをして遊んでおります。ラプトルは勝利の歌を歌っているらしい。らしい、というのはこいつらの歌は蟻の可聴域外だから全く聞こえない。はた目から見ると無言で遠吠えの真似をしている小学生みたいだからどうにもしまらない。
「楽しんでるか?」
「は。戦士の訓練としてよい方法かと」
もうちょっと力抜いてもらってもいいんだけど、まあよし。
何やってんのお前。と言いたくなるかもしれないけど遊んでいるわけじゃない。いやまあ遊んでいるわけではあるけどオレは真剣だ。
これは実験と訓練、部下の息抜き全てを兼ねている。
そのためにサッカーをしてもらった。結構みんな楽しんでるし成功だったかな。ボールとかゴールはかなり粗悪な出来だけどあまり器具が必要じゃないのがサッカーのいい所だ。
この目的は色々ある。
まず一つに他の魔物とコミュニケーションをとってもらうこと。全員とテレパシーできるのは今のところ海老女王と女王蟻だけ。
だから他の魔物もテレパシーなしでジェスチャーや発声で連携をとってもらう。要するにお互いをちゃんと味方だと認識してもらう。
そしてルールを守れるかどうか。ご存じの通りサッカーはボールを手で触ってはいけない。
しかし我々は他種族国家。手すらない魔物もいる。それどころか魔法さえ使える。なのでハンドの定義はどうしても複雑になる。
例えば蜘蛛だとどの手足でボールに触ってもいいけど糸をボールにくっつけるのは禁止した。
しかしこのルールは蜘蛛の間で非常に評判が悪い。奴らにとって糸を使えないことはストレスになるようだ。
カッコウは空を飛べるから色々とルールをいじらないといけないし、爪で掴めるのもちょっとずるいかなあ。……ただあいつらさあ、こう、ボールを高い所から落とすのが好きというか……それやってるときものすごく怪しい瞳をしてるんだけど……大丈夫か? ……ひとまず繁殖中のドードーやラプトルには絶対に近づけさせないようにしている。
こんな風にルールによる縛りを魔物ごとにつけないといけない。それがなかなか面倒だ。だからこそ練習や実験になるんだけどね。
みんな初めはなんとなく漫然とプレーしていたけど今ではかなりヒートアップして楽しんでいる。
これもまた狙いの一つ。楽しんでもらってルールや協調性の大事さを学ぶ。そして生き物は真剣になればなるほど本性が現れる。これは変えられない。やっぱり接戦になればなるほど荒っぽくなってしまう。
やっぱりいきなり座学ってのは無理があったと思うんだ。オレも反省した。
まず楽しんでもらう。勉強はそれから。……完全に小学生以下の児童に対する教育方針だなあ。
そして今回はラプトルでちょっと変わった実験をしてみたい。
「準備はいいか翼」
「はい、いつでも」
サッカーの準備を整えたラプトルがグラウンドに整列している。しかし違うのはその背中に袋を持った蟻が乗っていること。
「それじゃあ試合開始!」
一斉に動き出すラプトル。その動作はよどみない。
実のところラプトルが一番サッカーにはまっており、なおかつその成績がいい。
地球人類と比べると足も速いし何より体格が違う。単純なフィジカルで人類が全長3メートルを超えるラプトルに勝つのはまず無理だ。弱点はキック力がないこととあまり小回りが利かないこと。しかしそれを補って余りある能力を持つ。それは単純な肉体性能ではない。
この実験でそれが証明できるだろう。
「そこまでだ。試合停止」
ラプトルに乗っていた蟻がラプトルの頭に袋をかぶせる。
ただほとんどの蟻はふらふらだ。今のところラプトルにしがみつくので精いっぱいでとても馬上戦闘なんて行えそうにない。や、乗ってるのはラプトルだから竜上? 鳥上? まあ何にせよ憧れの騎兵は難しい。そんなに騎乗って難しいのかなあ。馬術なんかやったことないからわかんねえ。
それはともかくちゃんと実験だ。
「翼。周囲の味方の位置を教えてくれ」
「? それだけですか?」
「ああ、それでいい」
ちなみに翼には実験の詳細を伝えてない。ただサッカーをやってもらって途中で試合を止めると伝えただけだ。
すると翼はすらすらと仲間の位置を答え始めた。ぱっと見た感じでは合っている。
他のラプトルに聞いてみても結果は同じ。つまりラプトルは敵味方の位置を完全に把握している。一人の漏れもなく。恐ろしいことにカッコウの補助がなくても、だ。
「こんなことでよろしいのですか?」
「ああ。上出来」
何故こんなことをするのかよくわかっていない、というか特別なことをしている自覚が全くない。一度でもサッカーやバスケを本格的にやり込んだ人ならこれがどのくらい異常かよくわかるだろう。明らかに見えていない場所にいるチームメイトでさえその位置を把握している。
これを可能にしているのもエコーロケーションの一種。全方位に超音波を出して自分の位置を知らせている。しかも超音波を個体ごとに変えているから誰がどこにいるか一瞬でわかる。
あれだけ統率がとれているわけだ。ここまで完璧に近い空間認識能力を持っているとは。
実はこの実験、地球で行われたとある実験を真似したものだ。
サッカー選手の頭にカメラを取り付けて映像を記録し、後でその映像を見てもらう。頃合いを見計らって映像を停止する。
そこで周囲の人間がどの位置にいるかを答えてもらう。
例えプロのアスリートでも正確に位置を把握している選手は少なく、自分の位置さえわからない選手もいたらしい。
しかしとある世界的に有名な選手は味方と敵の位置をほとんど把握していたとか。
逆に言えばラプトルはワールドクラスのアスリートと同じくらいの空間認識能力を持っている。
もちろんエコーロケーションによる位置把握を行っている以上全く同じ条件ではない。しかし例えば画面右上に敵味方の位置が常に表示されるゲームをしていたとしても敵味方の位置を把握するのは難しい。生き物というのはそんな簡単に色んなことができない。
このラプトルたちが一瞬で判断していることをざっと書き出すとこうなる。
敵味方の位置を把握。
ボールの位置を確認。
それらの情報から次の行動を予測。
予想が違っていた場合修正。
自分がどう動くか判断し、実際に体を動かす。
このどれか一つでも大変なのにそれを全部同時にやってるんだぜ?
オレも探知能力で位置はわかるけどこいつらみたいに細かい位置を把握して行動を予想するなんて絶対無理。頭が破裂する。地球の一流選手もこんなことやってんのか。あいつら頭おかしいよ。
多分ラプトルたちがしかるべきコーチのもとで訓練を積めば異世界代表として地球のワールドカップで優勝できるだろう。その場合だと男女どっちになるんだろうな。こいつら性別変更可能なんだが。まあいっか。
ラプトルの普段の戦いだとここにカッコウからの上空の情報も加わる。ラプトルの一糸乱れぬ統率はこうやって実現しているらしい。
種族が違うとは単純に肉体の性能や魔法が違うんじゃない。脳の性能も根本的に違う。
そしてこの優れた能力をオレたちにも学べないか、少なくともオレたちなりにスケールダウンして習得できないかどうか。試してみました――――が、無理でした。
脳の構造の違いを甘く見てました、ハイ。
エコーロケーションでコミュニケーションをとるということは、三次元で会話するということ。根本的に二次元で会話する言語方法では翻訳理解習得不可能。テレパシーでさえ、完全に理解はできない。それゆえラプトルと連携をとるのも難しい。
軍隊の行動は基本的に最低値に合わせないといけない。陣形を組みながら移動する場合、もっとも足の遅い兵に合わせないと陣形が崩れる、そういう理屈だ。
きっちり連携をとるより完全に別兵種として扱って運用方法を変えた方がいい。
まあそれでも豚羊よりはましだ。あいつらそもそも戦おうとしないし。もう不殺教とは関係ないんだから多少戦ってくれるとありがたいんだけどなあ。
で、ついでに一部の個体にフィジカルトレーニングも実施中。食事と運動をきちんと取らせて成長や運動能力の変化を記録したり、さらに魔法の威力の調査もしている。きちんと体力づくりをするとやっぱり魔法の威力も上がるみたいだ。ラプトルみたいに戦闘向きの魔法だとこの差はでかい。筋肉こそ動物のパワー。ま、当然だな。
比較的余裕のある時間。しかしそんな時こそ音も無く危機が迫るものだ。いくら学んでも、経験してもこれだけは慣れることができない。
危険とは忘れた頃にやって来る。誰でも知っていて、誰もがすぐに忘れてしまう当たり前のこと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます