158 スケープシープ

 ありとあらゆる場所を豚羊の<毛舞>でぐるぐるにされたごく普通の、いや毛じゃなくて体色が他とは違い赤黒い豚羊がお白洲に連行された罪人のように転がされた。


「で? こいつはいったい何をやったんだ?」

 わりと温厚な豚羊にしてはかなり激しい処置だ。わざわざオレのもとに持ってきたからには追放刑みたいなもんかな?

「やったとはなんです?」

 しょっぱなから会話が噛み合ってないな。もしかしてオレの早合点だったのか? ちゃんと何でこんなことをしたのか聞いてみないと。

「言い直すか。どうしてこいつをここに連れてきたんだ?」

「蟻の皆さまがお食事になるかと」

「……確かに喰うけどさ。いいのか? こいつらお前らの仲間だろ? それともやっぱり何か犯罪をしたのか」

 もしかしたらあの乱戦のさなかに誰かを殺してしまったとか? もしそうならオレのところに引き渡すことにも違和感がない。殺人を犯したのなら不殺教外部に放り出すのが合理的な刑罰だろう。まさか不殺教がこいつを死刑にするわけにもいくまい。

「いえ、強いて言うなら生まれたことそのものが罪です」

「はあ? 何でそうなる?」

 生まれたことが罪? わけわからん。大量破壊兵器か何かか?

「この者が赤を纏っているからです」

「……一応聞いておくけどさ。それは体色が赤いということか」

 頭の中でガコンとレールが切り替わる。頭が普段より冴えている気がする。

「その通りです」

「体が赤いなら他の魔物に食わせてもいいと?」

 わけがわからん。体色で生きるか死ぬかを決められるなんて不合理にもほどがある。

「ええ」

「そんなバカげたことを言い出した奴はどこのどいつだ?」

 オレの言葉がよほど意外だったのかきょとんとしながら豚羊は答えた。

「我らの僧侶ですが」

 一気に感情が爆発する。その猛々しさのまま思いっきり叫ぶ。

「おいこら僧侶ォ!」


 視界を一瞬で豚羊を見張っていた蟻に変える。

 豚羊に囲まれた僧侶に焦点を合わせる。

「一つ聞きたいことがあるんだが今いいな!?」

「伺いましょう」

 怒涛の勢いで語気をぶつけても泰然とした様子を崩さない。

「赤黒い奴をオレのもとに連れていくように命令したのはお前だな!?」

「ええ、その通りです」

「その結果あいつが食われる可能性があることも承知の上だな!?」

「はい」

「赤黒い奴がそんな扱いを受ける理由はなんだ!?」

「あのものは昇れません」

「体色が赤黒いと他の命を殺さずにはいられないとでも言いたいのか!?」

「その通り」

 あくまでも穏やかに諭すように優しく語りかける。人種差別と受け取られても仕方がない発言だけど内容と口調のギャップがそのままオレとこいつらの認識の差を表しているようでもあった。

「その根拠は?」

 こいつがあまりにも落ち着いているせいかオレ自身もだんだん怒りが静まってきた。しかし納得はいっていない。

「赤は血に繋がります」

「……は?」

「血は高みに昇るには避けるべきです」

「血を出すこと、出させることは生き物を殺すことに繋がるからか?」

「ええ。流石に呑み込みが早い」

 ちっとも嬉しくないほめ言葉だ。肌や毛の色による差別はどこにでもあるらしい。

「お前らの事情は大体理解した。だからと言ってオレに差し出していいと思ってるのか?」

「ええ。高みに昇れぬのなら生きていてもしょうがないでしょう?」

 ……こいつらの価値観はよくわかった。ヒトモドキとの違いは他人に押し付けないかどうか。ただそれだけの違いのようだ。

「それはそういうルールなのか。さらに言うなら赤黒い奴も納得しているのか?」

「どちらもその通りです」

 なるほど。それならオレがとやかく言う筋合いじゃあないな。何の理由もなく殺しているわけじゃなく、きちんと理屈に沿った行動をしているなら何の問題もない。しかも被害者も納得済みだ。

 こいつらにとって生贄に差し出すという行為は殺すことに該当しない。オレからすれば矛盾もいい所だけどな。

「わかった。納得したよ」

「ご理解いただけて何よりです」

「ところで一つ聞いていいか?」

「何なりと」

「あの赤黒い奴はオレが貰っていいんだな?」

「ええ。もちろんです」

「どんな風に扱っても構わないのか?」

「はい」

 きっちり言質もとった。なら好きにさせてもらおう。


「おい。そこの縛られてる奴を解放しろ」

 働き蟻がワラワラと群れて毛を解いていく。

 別に縛られたままでも会話はできるけど礼儀正しくはないはずだ。しばらく待っておこう。その前に突然怒りだしたことを謝っておかないとな。かなり他の連中が委縮している。

「お前らも悪かったな。もう楽にしていいぞ」

「……は」

「コ、コッコー」

 特にラプトルとカッコウの緊張具合が半端じゃない。寧々はだんまりしている。千尋は……ん? あいつどこ行った? 逃げたのか? オレがキレそうなのを察知して? ちゃっかりしているというか要領がいいというか……危機管理能力の高い奴。


「それにしても、王は何故それほどお怒りに?」

 そういえばこいつらは豚羊と会話できないんだっけ。何で怒ってるのかさっぱりわかってないんだ。

「そんな難しいことじゃないよ。あの連中、そこで縛られてる奴の体色が気に入らないんだとさ。だからオレたちに差し出した」

「つまり王はそやつの境遇を憐れんでおられるのですか?」

「んー、ちょっと違うかな。オレが気に入らないのは体色なんて理由で正しく生きられないと決めつけられていたことかな」

「姿かたちではその者の善悪を測ることはできないと」

「ん。そういうこと」

 例えば服装だとか身だしなみなんかでそいつの性格を推測することはできる。しかし髪や目の色なんかで人格や能力を判断するのはどう考えても無理だ。それは論理が通らない。

 それにこの国は多種族が混交された国だ。まあ少なくともそういう国にしないといけない。なのでたかが髪や目の色くらいでごちゃごちゃ言っていたらきりがない。


 ほどなくして縛られていた豚羊を解放できたようだ。

「さて、お前は今の自分の状況がわかっているか?」

「はい。食われるのですね」

「それでいいのか」

「私は高みに昇れませんので」

 覚悟完了済みだな。もしも一欠片でも生きたいとか死にたくないなどと思っているならあの僧侶を血祭りにあげてもよかったけどそうでもないらしい。

「了解した。ただオレはお前を食べない。他にやって欲しいことがあるからな。それでいいか?」

「わかりました」

「それとさ、お前男? 女? 失礼かもしれないけどオレじゃどっちかわかんない」

「女です。すでに子供もいます」

 蔑まれているのに子供はいるのか? ……あまり深く聞かない方がいいのかもしれない。

「その子供はいいのか?」

「僧侶様が育てていらっしゃいます」

 明らかに未練も何もなさそうだ。そっちの方が都合がいいかな。

「おって仕事は連絡する。お前からは何か要望があるか」

「私のように血に繋がる卑小な輩にそのような……」

「ストップ。ちょっといいか」

 こいつが自分のことをどう思うかは勝手だけど卑屈すぎるのは不愉快だ。

「何でしょうか」

「オレの国では姿かたちによって不当な差別を受けることは違法だ。お前は他の魔物と同じオレのごく普通の国民として扱う。だから要望を言う権利はある」

「……? 赤ければ高みに昇れないのですから身を粉にするのは当然でしょう?」

 自分が不当な扱いを受けているとは全く思っていないわけか。ある意味ヒトモドキと変わらんな。

「残念ながらオレの国では体色によって役割を決定づけることはない。仮に他の豚羊が傘下に入ったとしても同じように扱うつもりだ」

「同じ……ですか?」

「ま、最初の豚羊だからな。むしろいい思いはできると思うぞ? 働きによっては美味い物だって……それは宗教的にダメか。んーじゃあ……褒賞ってわけじゃないけど名前をやろう。今からお前の名前は茜だ」

 赤から連想した茜。ある種の皮肉だ。

 釈然としない表情のままだったけど、茜は働き蟻に新しい棲み処へと連れられていった。


 ふう、宴会だったのにやたら話し込んじゃったなあ。

「で? お前何喰ってんの?」

「干しリンだよ~。ちょっと足りなかったから取ってきた~」

 ちゃっかりしてんなあ。オレの様子が落ち着いたのを見てこっそり食卓に戻ってきたのか。しかしちょっと行儀が悪い。ここはひとつびしっと……。

「それとあのぶたひつじさんにお土産の干しリンを渡したよ~。それでいいよね~」

 え、なにそのナイスな気遣い。いつの間にそんな接待術を身につけた? てか怒れないじゃん。

「そもそもお前オレがあいつと話している内容がわかったのか?」

「寧々ちゃんから聞いて餌付けしたほうがいいかな~って思ったの」

「そ、そっか。ありがとうな」

 やっべえ。気遣いで蜘蛛に負ける日がこようとは。正直そういうの苦手だけどさ。

 つうかラプトル! さっきから視線がきついよ!? まさかとは思うけどオレと千尋をカップリング反応するつもりか?

「王。少し質問してもよろしいですか?」

 と、思ったらただ単に質問があっただけらしい。

「何?」

「先ほど仰った姿かたちによって不当な差別を受けることは違法ということは真ですか?」

「ああ。今決めた」

 思い付きではあるけど他種族国家を作ろうと思ったらこの話題を避けては通れない。何しろ髪や目の色程度の違いじゃない連中がうようよしているのだから。

 これだけ違えば二本足で歩いて目と耳が二つある種族なんてどれもこれも同じだよ。やれやれ羨ましいよ。そんな生物しかいない世界が。きっとどれもこれも似たようなもんだから差別とかないんだろーなー。

 おっと、脱線しちゃった。

「い、今? ま、まあそれはともかく、どこまでが差別なのですか?」

「どこまでってどういう意味だ?」

「例えば私共では伴侶を選ぶ基準として羽の美しさがあります。それは違法ですか?」

 う。また微妙な質問がきたな。

 いわゆる区別と差別の違いって奴か? しかもこの場合感覚だからなあ。

「伴侶の基準についてはオレがとやかく言えないなあ。良い、と思うのは個人の自由だしな。差別ってのは合理性に欠けている基準で判断を下すことだ。個人の感覚によるものは判断が難しい。でも伴侶がいないからと言って過剰に干渉するのは違法になるし、羽がきれいじゃない奴を無理矢理攻撃するのもダメだ。もちろん綺麗なやつを無理矢理伴侶にするのもな」

 これは全員に言い聞かせているつもりだ。

 古参連中はたいして驚きもなく、新しく加わった連中はやや戸惑いながらも受け入れていた。


「紫水は論理や合理、と言った言葉が好きですよね」

 今度は寧々か。

「まあな。論理ってのは種族や世界が違っても通じるはずだからな」

「王は姿かたちで全てを判ずるには合理でないと仰るのですね」

 今度はラプトル。会話相手が次々に変わるとは。人気者はたいへんだね。

「そういうこと。能力によって判断したりするのは差別じゃないかな。別に姿かたちじゃなくても住んでいる場所とか職業によって扱いを明らかに変えるのも違法かな」

「見下すことは許さないということですか」

「うーん。見下すだけなら別にいいかな。それを実際の行動に移すとだめだけど。お前だってそういう感情がないとは言わないだろう?」

 ちょっと意地悪な物言いをするとラプトルはピタッと黙った。

 やっぱりテレパシーだと嘘を吐くのは難しいな。ま、責めはしないよ。


 なんだかんだ言って見た目というのは大事な判断基準だ。そうでなければ孔雀の羽があんなに色鮮やかなはずないだろう?

 地球人類にせよ何にせよ生物とは見た目で判断する性質がある。極論だけど樹を人のように見える人間が木こりをできるはずがない。木を切り倒すたびに人を切り殺すような感覚に襲われるんだから。確か漫画の神様にロボが人に見えるとかいう作品があったような。

 つまり自分と見た目が違う生き物には攻撃的になる、あるいは攻撃しても罪悪感を抱かない。見た目に限った話じゃない。根本的に自分とは違うものを排除しようという心理は少なからず存在する。

 これはまあ生物の本能みたいなもんだろう。

 ある学者によると生物とは遺伝子の運び手に過ぎないという。だからこそ遺伝子を必死に残そうとする。しかし、科学技術を知らない野生動物にとってどのように自身の遺伝子が子供に引き継いでいるかどうかを判断する術はそう多くない。

 さて困ったぞ、どうやって遺伝子が引き継がれたか判断しようか。答えは簡単。自分とどれくらい似ているかどうかを判断基準にする。そうやって遺伝子が引き継がれたかどうかを確認する。その価値基準を個人個人ではなく集団に向けた時、髪や目の色による差別が発生する。

 適当な仮説だけどまったくの的外れではない気がする。

 平等主義者などと僭称されている方々の中には人間は善なる生き物であるがゆえに誰ともわかり合うことができるなどとおっしゃるかもしれないけど人間とは差別したがる生き物だとオレは思うね。

 ただまあ、きちんとした知識があれば多少はましになる。本能を理性によってコントロールできる……ま、ある程度は、だけどね。

 例を挙げるならヒトモドキだ。あれは地球人類と似ているけどまったく別の生き物だ。だから別に元人間として大事にするべきだと欠片も思わない。

 もしも日本人がこの世界に転生したとしたらオレと同じような判断をするだろう。当然の帰結だ。

 ただまあ、そこからどう判断するかまではわからない。

 動物愛護の精神を発揮してヒトモドキに愛情をもって接するかもしれないし、ヒトモドキに転生したとしてもオレが多少蟻であることを受け入れたように自分が人間以外の生物に転生したことを受け入れるかもしれない。

 そうは言ってもあのいかれた宗教に肩入れする地球人がいるとも思えないけどね。


 さて、そろそろお開きにするか。そう思ったところで本日最大の爆弾が投げ込まれることになった。

「海老女王? どうかしたのか?」

 急に通信が入ってきた。これでくだらないようだったらちょっと怒るかもしれなかった。

「ワタクシの子供らが見せたい物があるとのことで不本意ですが連絡しました」

「ふうん、何を見せたいんだ」

 どうやら洞窟に残った海老たちが何かを発見したらしい。かなり奥の方にあったので今まで誰も見つけることができなかったようだ。わざわざ巣まで運んでそれをオレが見られるように働き蟻の前に置いている。

「? これは……石板?」

 オレたちはもう情報媒体を石板から紙に移行している。石板なんかを見るのは久しぶりだ。

「ええ、これはあなたたちの文字ではなく、ヒトモドキが使っている文字ではなくて?」

 海老女王にも多少の教育を施してあるから読み書きはできる。流石に日本語だけだけど。

 そしてその石板にはこう書かれていた。


 “私たちは生き延びるために森に行く”


 ヒトモドキの文字だけどあいつらがそんなことを書き残すだろうか。そもそもあいつらには紙があるからわざわざ石板になんか書き残す必要がない。つまり、ヒトモドキ以外で奴らの文字を使える可能性がある者。ある程度ヒトモドキと交流、あるいは対立していた可能性がある者。

「エルフがまだ生き残っている!?」

 あまりにも予想外の事態に心臓が早鐘を打つ。次の目的地を変えなければならないと心の中で決めた。

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