157 マリアージュ
「よしこの話は終わりだ。お前らは何があってここに来たんだ? ヒトモドキに追われてきたのか?」
「そうですね。それには少々昔の話から始めなければなりませんがよろしいですか?」
「構わない。順を追って話してくれた方がわかりやすい」
それからラプトルの将は昔話、と言っても多分十数年前の話を始めた。
「我らはもともとここからさらに南の平原と森を行き来する生活を営んでおりました。今よりも群れは大きく、たまに強大な敵とも戦うことがありましたがそれ以外は平穏に暮らしておりました。ですがあの王が仰るところのヒトモドキという連中は不気味でした」
強い弱いじゃなくて不気味ときたか。気持ちはわからんでもない。
「奴らは脆弱で愚かでした。ですがそれ以上に不可解だったのは奴らが子供や老人を矢面に立たせることが多かったことです」
「特に天候が荒れた年なんかは弱った連中が大挙してきたか?」
「ご明察の通りです」
連中は変わらんなあ。やはりヒトモドキは間引きの一貫としてラプトルに喧嘩を売っていたらしい。話を聞く限りでは一度や二度じゃないみたいだ。飽きもせずによくやる。
「被害はありましたが我らにとっても利益はありました。あれらは小さくはありましたが飢えを満たす程度の肉はありましたから」
「ふうん」
適当な相槌を打ちつつ思考する。あるいは間引くだけではなくラプトルに生きた肉を送りつけることによって都市部に攻め入らないようにしたのかもしれない。肉になった当人はそんなこと夢にも思わなかっただろうけど。
「しかし、ある年は様子が違いました。いつものように小兵を蹴散らした後、大軍となって我らに押し寄せてきました」
「なあ、その年のヒトモドキの中に祭服を着た女……黒い服を着た奴らはいなかったか? それでそいつらを殺さなかったか?」
「? 確かいつも黒い服を着た誰かはいた気がしますが……大体は群れの中心で囲まれておりました。殺したかどうかは判断しかねます」
これはもう完全にオレの推測なので確信できないけど……多分ラプトルたちが聖職者を殺してしまったからヒトモドキは本気を出してしまったのではないかと思う。
あれだ、下賤の民をいくら殺されてもどうでもいいけど高貴な御役職の方々は殺されちゃだめだって論理かな。まあ好きにしてくれればいいけどね。
「連中はセイノス教とかいう宗教を信仰していてな。その宗教の祭事を取り仕切るのが黒い服を着た連中だ」
「もしやその宗教が我らを襲う理由ですか?」
「察しがいいな。連中はなんでも魔物をぶち殺せば世の中を救えると思っているらしい」
「な――――」
絶句しながら固まる。まあ無理もない。そんな理由で殺されたくはないだろう。
「それで? どうなったんだ?」
少し心を整理する時間をおいてから問いかける。
「我らは奮戦いたしましたが奴らは執念深く、いかなる犠牲をも厭わずただひたすらに我らの殲滅を目的としておりました。奴らの数はあまりにも多く、遂には散り散りになって逃げるしかなくなりました」
数の暴力か。やっぱりそれが一番強いよなあ。銀髪はその時点だといなかったのかな。
「散り散りになりつつも時折連絡を取り合っていたのですが……徐々に群れは減っていき、今残っているのはそう多くありません」
「お前らでも生き延びるのはそう簡単じゃないのか」
「まさしく」
「最後に銀髪に巡り合ってしまったわけだな?」
「……はい」
銀髪の話題を持ち出すと明らかに声が固くなった。緊張なのか怒りなのか……いずれにしても態度には出さないように努めているようだ。
「ヒトモドキどもは森に隠れ住んでいた我らに突然襲いかかってきました。何かを探している様子でしたが、それが何かはわかりません。以前の二の舞にならぬよう軽く追い払うだけにとどめておいたのですが、何度も襲いかかってきたのでまたどこかに落ち延びるか、殲滅するかという選択で我らは二分されておりました」
「話の流れから察すると殲滅しようとしたんだな?」
「はい。ある、痛ましい、そしておぞましい事件が起こりました」
声そのものは平静だけど心の奥に焦げ付いた怒りは隠せてはいない。ある意味これが本題かもしれない。やや緊張しながら問いかける。
「何があったんだ?」
やや間をおいてから声を絞り出す。
「我らの卵を巣ごと皆殺されました」
「なるほど。そりゃ怒るわけだ。そっか、お前ら卵生か」
自分の子供を殺されたようなもん……いや実際にその通りだ。卵を壊すではなく殺すという表現を使った。こいつらにとって卵とは生きている子供そのものに他ならない。
「いえ、我らは子供を腹に抱えることもあります」
「え? 胎生でもあるのか?」
「その通りです」
より正確には卵胎生と卵生の併用かな? どうも卵生と卵胎生を使い分けることができるみたいだ。
たしかコモチカナヘビとかいうトカゲがそういう生態だった気がするけど……その辺の生き物と同じなのか?
「我らは伴侶の子をお互いに産みあいます。その中の少なくとも一人は腹に抱えます」
うん? お互いに? なんぞそれ? いやまあ、大体見当はつきますけどね。
「お前らは両性なのか?」
男でも女でもある生物。その程度なら今更驚かない。
「いえ、我らは性別を変えることができます」
「性転換できるのか? それは何度でも?」
「ええ、もちろん」
カクレクマノミのように性転換できる生物そのものは珍しくないけど何度でもできるのは珍しい。ちなみにラプトルに兄妹、彼、彼女のように性別を表す単語がないらしい。ある意味最強のフェミニストだな。
しかしこの話を聞いてあまり驚かなくなるとは……オレも順応したなあ。
「ちょっと話が逸れたな。巣を壊されて子供も殺されたお前らは怒りを抑えることができずにヒトモドキを皆殺しにしたのか」
「はい。周辺から続々と援軍が到着しましたがそれらも全て殺しました」
ちょっとやりすぎな気もするけど報復というのはそういうものかもしれない。理屈ではない、ということか。
正直オレにはちょっと理解できない。確かにオレだって銀髪には腹立つけど憎いかどうか、と聞かれると別にそうでもない。例えばあいつが同盟なり友好条約なりを申し出てきたら喜んで応じるだろう。もちろんそんなことはありえないけどな。
「そうやって戦っているうちにとうとう銀髪が来たか?」
「はい。何故か森の中だというのに大声を張り上げました。我らは好機とみなして襲いかかりましたが……今思えばアレは罠だったのでしょう。乱戦になってから突如として銀色の壁が現れ、我らは内と外に分断されました。内側の味方は敵を殺し、外側にいた我々は壁を壊そうと試みましたが……傷一つつかず、それどころか壁から突き出た刃に切り裂かれ、我らは仲間を見捨てなくてはなりませんでした」
話を聞く限りだとかなり周到で、敵にも味方にも容赦がない作戦だ。ラプトルやカッコウについてどこまで知っていたのかはわからないとはいえラプトルを誘い出し、同時に味方を肉壁兼雑魚掃討に利用したのか。
銀髪が立てた作戦か? それとも他の奴が? 何にせよそれなり以上に頭が回るわけか。あのアホのティマチに比べると百倍厄介だな。
「それから逃げ延びた我々はこの草原に来た……以上が我々の経緯です。王もあの銀髪と戦ったのですか?」
「まあな。手も足も出なかったし、小春まで死んじゃったからな。完敗だったよ」
「小春……というのは一体どなたですか?」
「ん……歌が好きな奴でな。お前らも歌が好きなら気が合ったかもしれないな」
「我らも歌は好んでおります。ところで質問があるのですが」
「ん? なんだ?」
それにしてもこのラプトルは丁寧だ。腹に何か隠しているのかもしれないけど、今のところ従順だし魔物らしいアクの強さもない。これなら優秀な部下になってくれそうだ。
「小春様とはもしや王の伴侶ですか?」
……はい? あー。話の流れ的にそう感じても無理ないかな?
「小春はオレの娘だよ。恋仲だったわけじゃないさ」
「そうですか。では王には伴侶がいらっしゃいますか?」
「いや、いないけど?」
……なんだろう。若干こいつの目に怪しい光が灯っている気がする。嫌な予感。
「それはなんとももったいない! 伴侶とは人生に決して欠かせぬ存在! いついかなる時も離れず、愛し合う二人こそまさに至上の絆!」
「あのう、将軍さん? ちょいとテンション上がりすぎ、」
「これが昂らずにはおられましょうか!? 未だ王が伴侶を得る喜びを知らぬとは! 人生の損失でございましょう!」
……やっぱり変な奴だったよ。あははー。ナニコレ? カプ厨? いや違うか。
「ええと、お前はオレに結婚してほしいのか?」
「もちろんですとも!」
「あー……ちょっと質問いいか?」
「何でしょうか」
「お前らは一夫一妻制なのか?」
「当然です。それが夫婦のあるべき形です」
「じゃあもしも浮気したらどうするんだ?」
「そのような輩は串刺しにするべきでしょう」
ごみよりも汚い廃棄物を見る目でどこか遠くを見つめる。
あー。これは……こいつ鳥だ。間違いなく鳥の系譜だ。
さてさて皆さまはおしどり夫婦という言葉をご存じだろうか。要するに仲の良い夫婦を指す。
この言葉は鳥の生態を表す言葉としては間違っていない。鳥類は一夫一妻制であることが多く、夫婦で生活を営むことが多い。
だが! 全ての鳥が仲の良い夫婦であるとは限らない!
鳥の中にはパートナーがいない間にこっそりと別の相手と情事を行ったり、子供を産んだらあっさり別の相手に乗り換える種類も多い!
動物園のペンギンには育ての親を寝取った個体もいるとか!
はっはー! きっと散歩中のペンギンは『こいつホンマにわいの子供かなー?』とか、『パパー。あ、間違えた。血がつながってない方のぱぱー』とか言ったりしてるんじゃないかなあ! やったね! これで動物園や水族館の楽しみが増えるね!
さらに極めつけはクロコンドルだ! こいつはなんと浮気した相手を群れ全体で攻撃するとか! しかし真に恐ろしいのは――――そこまでしてもまだ浮気する個体がいるという事実!
このラプトルはそんな鳥の性質を受け継いでいる……いや、その性質の元祖か? どっちにせよ徹底的に監視し合っているに違いない!
そしてさっきから気になっていたことを聞いておかないとな!
「お前ら卵は殺されたくないよな?」
「もちろんです。卵にせよ腹に抱えるにせよ卵は夫婦の愛の結晶です」
「あー……じゃあ卵泥棒なんかはどう思う?」
「八つに裂いて川にばらまくべきでしょう」
隣にいるカッコウにも聞いてみる。
「コッコー。もちロンです。卵泥棒などもってのほかです」
し、信用できねー! 彼女からもらった初めて作った味見をしていない手作りチョコの味くらい信用できねー! そんな経験ありませんけどね!?
爽やかな笑顔のように見えるけどオレには心の中で探偵アニメとかに出てくる黒い人が笑っているようにしか見えない!
何しろカッコウは托卵を行う鳥だからだ!
托卵とはその名の通り他の鳥に卵を預ける行為だ。その卵が孵ると最初にするのは何か? 自分の巣にある卵を落とすことだ! 初めてその話聞いて衝撃を受けた人オレだけじゃありませんよね!?
これもまた鳥の生態が昼ドラよりヤバイことの証明! つーかこいつの魔法多分この性質がもとになってるぞ!? 相手と会話する魔法じゃなくて相手に味方だと誤認させる魔法だこれ! その性質が結果的にラプトルとの協力体制を築くきっかけになったってのは皮肉にしちゃできすぎってもんだろ!?
オレホントにこいつらのこと信用して大丈夫か!?
「王は夫婦の繋がりを信じることができませんか?」
いきなり感情のこもらない瞳でそう聞いてきた。よし、オレもちょっと落ち着いて冷静になろう。
「信じるって言われてもなあ。今のつがいよりもいい奴がいたら乗り換えることそのものはおかしくないと思うけどな」
人間だろうが鳥だろうが生物というのはそういうものだ。
よりよい交尾相手を探すことを悪と断じることはできない。貞淑さとやらをこの世の何よりも貴いものだと信じられるほど子供でもない。
そういう意味ではヒトモドキどもの交尾様式はオレの考え方にあってるかもしれない。誰が誰と何しようが基本はオッケーだしね。
「王は不義をよしとするおつもりですか?」
ラプトルは怪しく瞳をぎらつかせる。……軽々しく答えない方がよさそうだ。
「そうは言ってない。きちんとルールを定めてこれはダメだって決めたものを破るのは良くないさ」
誤解なきように言っておくけれどオレは浮気に寛容でもなければ自分がそうするつもりでもない。
男女(まあこの世界だと性別の定義がかなりあいまいだけど)の関係というものは基本的に爛れるものだし、同時に感情的になりやすい。
それに対して過剰な反応をしてしまうのが嫌いだ。特に大したかかわりもない外野に騒ぎ立てられるのは当事者にとって一番うっとおしいと思うんだがな。
まあ当事者だけだと冷静な判断なんてできないかもしれないけどさ。
「不義とやらによってデメリットがあることも認めるよ。社会維持のためには誰とでも交尾すると面倒ごとがあるかもしれないしな。ルールとしてきちんと定めておいた方がいいとは思うな」
「王の意見と定められたルールは関係ないと?」
「関係はなくないだろうけど、ルールと個人の感情はまた別のことかな」
「それでどのように定められておりますか?」
あー、どうしよう。
結婚に関するルールかあ。
「今まで気にしてなかったからなあ。もうちょい考えて詰めないといけないかな」
「わかりました」
今のところはそれで問題ないらしい。
「ひとまず伴侶うんぬんはおいておこう。とりあえずオレたちの傘下に入った以上、他のルールも守ってもらう」
「はい」
「コッコー」
「味方を無闇に傷つけない。物を壊さない。住んでいる土地を荒らさない。ひとまずこれだけは守ってくれ」
カッコウもラプトルも重く頷いた。しばらく警戒はするべきだけど少なくともルールは守るだろう。こいつらはドードーなどとは違いルールを破ると罰則があることをよく理解していることであるはずだ。
さて次は……。
「紫水」
テレパシーで遠くから通信があった。
「どうした?」
「豚羊が紫水に会いたいって。トラブルがあったみたい」
「トラブル? なんだ?」
「会って話すみたい。ただ、一匹だけグルグル巻きにされてる」
ぐるぐる巻き? もしかしてあれか? なんかやらかした奴に制裁を加えたのか?
ありえなくはないか。豚羊少し前まで戦闘中だったからな。暴走する奴がいてもおかしくない。ひとまず会ってみるか?
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