51 福音

 薄暗く、雑然と物が積まれた部屋の主は今椅子に腰かけてはいない。部屋の主たる百舌鳥は今床に身を横たえ、

「アッヒャッヒャッヒャッヒャ、ヒーヒーぐぷ、あー腹痛え」

 笑っていた。大いに笑っていた。心の底から笑っていた。どんな笑い上戸が大酒を飲んでもこうはなるまい、そう思う程笑っていた。思わず床を叩き、埃が舞っていることさえ気づかずに。

 恐らく彼だけが全てを見ていた。

「ぶふっ、くはは。あーダメだ。笑いをこらえられねえ。いや無理だって。あー、あいつら全員馬鹿じゃねえの。蟻一匹のために必死になって戦ってさ。で、守られた五人目の奴地下でガクガクブルブル震えてやんの。情けねえ。無駄死にだろ。あんな奴生きていても意味ねーって」

 百舌鳥にとって五人目の転生者は役立たず以下の邪魔者である。そんな物の為に命を懸ける生き物の気持ちなど理解できなかった。もっとも百舌鳥が誰かの心情を慮ったことなど無いのだが。

 そう彼の企みは実に上手くいった。

「いやー、ミツオシエとかいう鳥をあのクズの巣に誘導するのが精一杯だったからな。上手くいくかどうかはわからなかったけど、やっぱ俺って神に愛されてるう」

 管理局局長といえども、否、だからこそ直接生物を殺めることはできない。せいぜい虫の知らせを送る程度である。転生者であればまた別のアプローチも可能だが。

 ただし文明を破壊しかねないほど強力な生物に干渉することも、事の露見を恐れる百舌鳥にはリスクのある行動だった。その点ミツオシエとラーテルは実に都合のよい組み合わせであり、着眼点と幸運においてはまさしく神がかっていた。

「あーでもあのケダモノこのままにしておくと人間を千人くらい殺すのか」

 さしもの百舌鳥も千人という数は見過ごせない数なのだろうか。

 そんなはずはない。あの世界の人口なら千人死のうが万人死のうが大した影響は出ない。もともとラーテルは増えすぎた生物を狩るバランサーの役割も担っている。問題なく世界の均衡が保たれるのであればたった千人の犠牲など、というよりも何人犠牲が出ようが百舌鳥にとってはどうでもいいことだ。

 百舌鳥が気にしているのはたった一人の少女だけだ。

「クズは運よく生き残ったみたいだけど、きちんと対策は取ってある。次の年はまず迎えられない。……それでも万が一の備えは必要だな。どうなろうがすぐに叩き潰せる。俺の不興を買った奴の末路なんてそんなもんだよ」

 ようやく起き上がり、盃を呷ってから、また笑い出した。自らの勝利を確信して。

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