29 練ってねるねる

 昔話をしよう。

 あれは今から十年は前の話だ。当時のオレは小学生で社会の授業を受けていた。その時に習っていたのは元寇だ。説明するまでもなく元が日本に攻めてきた出来事だ。

 オレの興味を引いたのが、元が当時使っていた弓だ。当時日本で使われていた長弓よりも元の兵が使っていた短弓の方が射程が長かったらしい。常識的に考えればでかい方が強いはずだ。

 なぜ短弓の方が矢を飛ばすことができたのか。そう疑問に思ったオレは当時の担任に質問した。

 懇切丁寧に飛び道具に関する歴史や製法を解説してもらったが、当時のオレでは半分も理解できなかった。今思えばあの人は歴史マニアか武器オタクだったんだろう。普通知らないぞ? 古今東西の弓の作り方なんて。

 でもオレが知識を増やすことが楽しいと思ったのは多分あれが初めてだ。もしあれがきっかけで散々無駄な知識を溜め込むようになったとしたら、当時の担任にはどれだけ感謝しても足りない。凄い能力もなければたいして頭が良くなくてもこんな世界でも生き残れているのは前世で培った知識があるからだ。


 もうお分かりだろうが、オレが作ろうとしているのはかつて騎馬民族が使ったと言われている弓、複合弓だ。

 前回の蜘蛛戦でいい働きをしたが、蛇に対抗するためにはもっと強力な弓がいる。それも蜘蛛を狙った理由の一つだ。

 蟻の骨格(骨はないが)では弓を大型化すると人間よりも扱いづらくなる。必要なのは小型で性能の良い弓であり、複合弓ならその要望を満たせる。蜘蛛の糸なら作れるはずだ。




 弓はひとまず今まで作った物を使おう。蟻たちが木を削ったり、齧ったり、切ったりした努力の証だ。

 普通の複合弓ではまず弓の弦を張る反対側である外側に動物の腱や皮など弾力性のある素材を張り付ける。そして内側に硬く圧縮性の高い骨や角を張り付ける。基本的な造りはこれだけだ。

 これらの過程を考察すればすぐにわかるが、複合弓には高度な材料力学を利用している。よくもまあ昔の狩人や職人はこんなもんを思いついたな。

 はっきり言って複合弓をこの世界で作ることは難しい。何しろこの世界では大型の動物はほぼ全て魔物であるがゆえに死亡した場合硬化能力が解除される。

 皮は弾力が無くなるし、腱に至ってはぐでんぐでんになって使い物にならない。骨はそもそも無い。死んだ魔物の硬化能力をコントロールできれば手っ取り早いけど……生姜の魔法の考察が正しければタンパク質が関わっているはずだ。熱や酸で固まる可能性はある。

 だがまあ今は弓作りが先だ。腱や皮の代わりに弾力のある蜘蛛糸を張り付ける。でもこの糸は粘着性が無い。蜘蛛は糸の性質をコントロールできるのでわざわざくっつかない糸をくれたらしい。

 まあ、あの様子なら後五回くらい頼んでも平気だろう。面倒だし光を通してから牢屋の前で弓を作ろう。


「粘着性のある糸を出してくれ」

 実に丁寧な言葉づかいでお蜘蛛様にお伺いを立てる。

「うん、いいよ~~」

 お蜘蛛様は当然のように快諾してくださった。本当に便利ゲフンゲフン、やさしいなあ。

 蜘蛛から伸びた糸は蟻が持っている糸に触れると今まで普通の糸だった糸に粘着性が発生した。

「これで、いい~~?」

 ちょい待ち。

「お前は既に体の外に出した糸の性質も変えられるのか?」

「できるに決まってるけど~~?」

 地球の蜘蛛が作る糸には様々な種類があり蜘蛛の巣はそれらの糸を組み合わせて作るらしい。ただし蜘蛛の糸を出す際に糸の性質を決めるはずだ。実を言うと蜘蛛の糸についてはまだよくわかっていないことも多く一介の学生でしかないオレに完璧な答えなどわかるはずもない。

 確かなことは蜘蛛の糸と魔法が予想以上に便利だということ。

 これもうほとんどの作業を蜘蛛に任せた方が速いかもしれない。テレパシーで複合弓の作り方を教える。


 できた。


 できてしまいました。


 骨や角はないので外側に蜘蛛の糸でできたシートを張って更に糸を張っただけだが地球にはいまだ存在しない弓が完成した。


 ………あの、騎馬民族さん本当にごめんなさい。パクってごめんなさい。特許がないから合法なんです。

 蜘蛛糸だけで完成させてごめんなさい。他の材料はこの世界では手に入りづらいんです。

 ちゃんと謝ったのできっと許してくれるだろう。

 それにしてもこの糸やっぱり凄いな。これで服も作れるかな? いや無理だな。蜘蛛の糸は乾燥に弱いらしい。日干しすると千切れやすくなるかもしれない。絹みたいにお湯や灰汁で煮れば解決できるか?

 いかん。また脱線してしまった。


 一度外で試し撃ちさせよう。


 矢を番え、弓を引いて、引いて?

「もしもーし。ちゃんと弓を引いてるか?」

「うん」

 弓の性能が上がったせいでかなりの強弓になってしまったらしい。かなり苦労している。

 埒が明かないので蜘蛛に頼んで少し糸を緩めてもらった。

「take2。試し撃ちスタート」

 弓を引いて放った。気持ちのいい風切音が果樹園を通り抜け、100メートル以上離れた樹に刺さ―――らずに鏃が砕けた。


 すげえええ。いや、これ、まじで? 物凄い飛んだぞ!?

 ヒャッホー。本当にすごいぞ蜘蛛糸!

「紫水、上手くできた?」

「上出来、超出来、すごい出来」

「わーい」

 自分でも何言ってるのかよくわからないが、とにかくうれしい。

 今ならこいつらをハグしてやってもいい気分だ。十日前なら20mも飛ばなかった矢がこんなにもいい子に育ってくれた。ちょっと感動物だ。もうスリングいらない子かもしれないな。安らかに眠れ。




 やはりオレのヒトモドキを見てから行った予想は正しかった。

 魔法は地球の知識で応用できる。ここからさらに色々な魔物の魔法を組み合わせたり、物理性質を利用すれば効果は飛躍的に向上するに違いない!


 陳腐な言い方になるけど魔法と科学を融合させる。


 オレがすべきことはこれだ。オレの中にどこか科学と魔法は相容れないものだという認識があった。

 そもそもこの力は本当に魔法なのか?

 "発達した科学は魔法と見分けがつかない"

 クラークが言ったこの言葉はあまりにも有名だが多分少しだけ間違っている。オレが思うに"十分な知性がなければ科学と魔法を見分けることができない"が正しい。

 翻訳の問題なのか解釈の問題なのか、重要なのは見分けがつかないかどうかではなく観測者の知識が足りているかどうか。クラークはそう言いたかったはずだ。


 つまりオレにきちんとした知識があればこれは魔法ではなく科学的な現象だ、そう言えたかもしれない。まったくもって自分の無学を嘆くばかりだ。


 けど今のところ魔法にはちゃんとルールがある。強引ではあるが、であってもそこに論理と法則があるならそれは科学によって解明できる事象だ。

 あの蜘蛛の協力があればそのあたりも調べることができるかもしれない。


 だが今はとにかく武器だ。蛇を倒す武器だ。そして蛇の魔法や探知能力が効かない理由に関して情報が欲しい。蜘蛛はやや勢いに任せた所もあったのでもっと慎重に準備を進めよう。


「紫水」

「どうした?」

「弓が手にくっついた」

 何故か蜘蛛の糸の粘着性が復活し、蟻の手から離れなくなってしまったらしい。

 カッコつけたそばからこれか。やはりそう上手くはいかないな。まだまだ知るべきことは山のように積みあがっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る