28 神話と対話

 世界は一本の糸から始まった。その糸は偉大なる始祖神シレーナが産み出した。

 シレーナは糸を紡ぎ天、地、次に自らの血族である蜘蛛を織り上げた。それだけでは世界は満たされてはいなかったので植物を紡ぎ、最後に他の動物を紡ぎあげ、暗き地の底で眠りについた。


「故に妾達こそが最も偉大な生物であり、貴様らは妾に平伏するべきなのだ!」

「ふーん、あっそ」

 漫画を読んでいる高校生並みに気の無い返事しかできないが、容赦してほしい。

 さっきまで蜘蛛さんが創世神話を濁流の如く語っていたせいで疲れている。概要なら1分あれば十分だが実際には一時間近くぶっ続けで話し続けていた。訂正。話続けている。

 ちなみに場所は地下牢です。土の魔法で拘束されて牢屋で転がされているので説得力0ですね。


 一通り話を聞いてみたけどよくある創世神話だなこりゃ。俺達SUGEEEEEEEEEって言いたいどっかのほら吹きが必死になって考えた話だろう。そもそも今の話が全て真実だったとしても全てを産んだ生物の直系が偉いわけでもない。

 ファンタジー世界だから神なんぞが本当にいるのか? なんて思っていたけど十中八九ただの創作だ。

 もっとも信者の皆様方にそんなことを指摘しても聞く耳を持つはずがない。適当に話を合わせて情報を聞き出そう。オレ自身も神はいないと思っているけど娯楽として神話を学ぶことは嫌いじゃない。


「スゴイナー。カッコイイナー。でも誰から聞いたんだその話」

 これが神話であるならこの話は先祖代々受け継がれてきたはずだ。こいつは一人で行動していたはずだが……

「我が母らの教えぞ」

「母"ら"? 母親が複数いるのか?」

「当然であろう? 母らがおらねば子は産まれん」

 どうも会話が噛み合ってない。多分こいつにとっては群れの中にいるメスは全て母親という認識で実母であるかどうかは考慮していないようだ。地球での人間の親子の概念とは根本的に異なる。父親はまあ、蜘蛛だし。想像はつく。

 ちなみに地球の蜘蛛にも群れで行動して大規模な蜘蛛の巣を張る種類が存在し、真社会性をもつこともあるとか。

「ようするにお前には仲間がいたってことか」

「うむ。妾たちは家族皆で共に暮らしておったが……」

 言い淀む蜘蛛。その先は予想がつく。オレ自身も同じような立場だからだ。

「とんでもなく強い魔物に襲われたのか?」

「ふん。知っておったか」

 予想は正しかった。そしてどうやらこいつとオレは似た境遇らしい。

「よく無事だったな」

「…………」

 そう尋ねると急に蜘蛛は押し黙った。

 テレパシーという直接思考を相手に届ける会話方法では難しいことが一つある。

 嘘をつくことだ。

 極端に言えば脳内を丸裸にしているテレパシーという能力は隠し事でさえ困難だ。

 嘘を吐けないことはいいことじゃないかって? そんなわけはない。嘘を吐く行為は高等な知性を持つことの証だ。情報の意図的な改ざんが行えるのは生存にとって有効な行為だからだ。

 だが魔物はテレパシーによって会話するが故に嘘が吐きづらい。だから話したくないことがあるなら黙ることが一番の解決策だ。もちろん世界のどこかには嘘が得意な魔物がいるかもしれないが、蜘蛛はそうではないようだ。

 まあ内容は大体予想できるし、真実はどうなのかなんて興味ない。なのでさっさと次の話題に移ろう。


「そういえば会話するのは久しぶりだと言ってた気がするけど、他の魔物とも会話したことがあるのか?」

「ないわけではないが長く会話することはなかったな。すぐに喰ったからのう」

 やっぱりオレ以外にも会話する能力を持った魔物はいるらしい。どんどん希少性が少なくなってるな……。しかもこいつそこそこ歴戦の勇士なのか?

「念のために聞くけどお前らの巣には何匹の蜘蛛がいたんだ?」

「匹とはなんだ」

 蜘蛛には数字の概念がないらしい。蟻の時と同じく言い方を変えよう。

「お前作った巣とお前の家族が作った巣はどっちが強力だ?」

「妾の家族が作った巣に決まっておろう」

 即答だった。比べるまでもないのだろう。

 蜘蛛の糸と、それを生かした魔法や罠は極めて強力だった。何より優れているのは事前に準備ができること。これができれば格上を倒せる可能性はある。ヤシガニのようにただ強いだけの魔物よりもよっぽど厄介だ。

 それでもあれ以上に強力な巣をこともなげに蹂躙できる魔物がこの森にいる。前女王を殺した奴と同じだろう。というかそんな奴がぽんぽんいても困る。

 情報は少ないができる限りの準備はするべきだ。そろそろ本題に入ろう。


「えーと、蜘蛛がすごいのはわかったけどオレの頼みを聞いてもらえませんか?」


「断る」


 取り付く島もない。だがこいつの糸は現代技術でさえ作成困難なほどの強度を誇る。そう簡単には諦められない。

「ここにいれば食料には不自由しないぞ?」

「そういう問題ではない。お前のことは信用できん。そして語り部である妾が貴様の言いなりになるなどシレーナに仕える身として承服できん。」

 語り部? こいつが妙に神話に詳しいのはそういう役職だったからか? 神事を執り行う宮司のような役割もあったのかもしれない。こいつは多分メスだから巫女か?

 滅んだ一族の生き残りで巫女? 無駄に属性多くないか? そういえば一応オレもお姫様だった。……誰得だよ。いかん、すぐに思考が逸れるのもオレのよくないところだ。


 なんにせよ、これ以上の説得は難しそうだ。

「そうか。メシだけは食っとけ。また話しかける」

 ネズミ肉を牢屋に入れさせてからテレパシーを切る。ひとまず持久戦だ。何日かたてば少しは耳を貸すようになるかもしれない。


「神に祈る魔物か」

 蟻たちが無機質な反応しかしないから魔物は感情が希薄だと思っていたが想像よりもはるかに情緒豊かだった。ありていに言えば人間らしい魔物だ。いや、こんな言葉は人間が世界の中心に存在すると思っている傲慢な思考だな。


 魔物には魔物の文化があり、生活があり、生態がある。本と文字がなくても伝承を伝えてきた。

 神に祈るのは人間だけだ。地球の人間はそう考えている気がする。なんて度量の狭い。地球の宗教家にこいつらを見せればどんな反応を見せるだろう? 肯定する? 否定する? 今となっては確認しようもない。


 世界と生物によって異なり矛盾する神話を持つこと。あるいはこれこそが神がいないことの証明になるかもしれない。例え魔法がある世界だったとしても。


 ごちゃごちゃしてきた思考を打ち切って寝床へと向かった。




 翌朝

 地下には物言わぬ死体が転がっていた。

 ネズミの死体なんだけどな。

 たまたま捕らえたネズミを飼育したらこの有様だ。ジャンプの魔法で天井に頭をぶつけたらしい。こいつらの趣味は自殺なのか? 不憫な奴。


 何匹かのネズミを解剖してわかったことだがネズミの魔法は性別によって種類が異なるらしい。オスは加速床で、メスはジャンプ板の魔法を使っていた。すべての魔物にこの法則が当てはまるかはわからないが覚えて損はない。


 朝飯を食べたら蜘蛛ともう一度交渉しよう。せめて要求くらい聞いてほしいもんだ。


「え~~~糸ぉぉ~~~。別にかまわないよ~~~~」

 ……………………昨日と言ってることが180度違うんだが。

 このやたら間延びした声を出して食っちゃ寝を繰り返している生命体はあの蜘蛛と同一人物なのか?

「昨日はイライラしてたっていうか~~、本当にご飯くれるとおもわなかったんだよね~~」

 だめだこいつ。もうテレビの前でジャージ着てポテチ食べてるアラサーOLにしか見えねえ。

 ライオンは狩りをしない時極力エネルギーを消費しないためダラダラしているらしい。エサが余っているならだらけるのは生物の本能だがこれはひどい。

「昨日ちょっと感心したオレの気持ちを返せ! つーか姫キャラどこ行ったこの残念女!」

 などと言いたくなったけど我慢しなければ。今は糸をもらうチャンス!


 すごくもらえました。タオルを1枚作っても余りそうだ。

「また欲しくなったらおいで~。ご飯も忘れずにね~」

 念願の蜘蛛糸をゲットしたぞ!

 ……なんか釈然としない。

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