21 モドキ

 念願の集落を発見したぞ!

 さてここでオレはどうするべきだろうか。

「こんにちは。蟻さんでーす」

「魔物殺すべし」

 これはダメ。が、現状ではこうなる可能性がもっとも高いだろう。こんな気味の悪い怪生物生かしておく理由がない。どこかに偵察しやすい場所がないだろうか。ここから南南東辺りに小高い丘、しかも適度に木が生い茂った身を隠しやすい場所を発見した。……都合よすぎないか? 罠じゃないよな?

 

「臭い」

「うん。わかってる」

 丘に移動した蟻の第一声がこれだ。例の香り袋かと思ったが違う。ここに生えている木そのものから蟻からしてみれば不愉快な臭いがしているらしい。我慢できなくはないので我慢してもらおう。そしてこの丘には石像?のようなものがある。

 経年劣化によるものか、かろうじて人だとわかるお粗末な出来だが。この場所は何かの伝統的、あるいは宗教的な意味合いがある場所なのかもしれない。石碑でもあればもう少し情報が集まる……わけないか。この世界の文字なんて読めねーよ。

 テレパシー能力は相手の意思を伝達する能力であって言語を翻訳する能力じゃない。この集落の主がテレパシーによるコミュニケーションに応じてくれれば手っ取り早いけど。


 丘からざっと見たところこの集落は木造建築が主流だ。明らかにしっかりとした造りの家が一軒だけ、それも集落の真ん中に建っている。

 あの家がこの集落の中心だと思って間違いないだろう。あの家だけは壁が石でできているようだ。レンガか三和土でも使っているのか?

 それとも蟻の魔法のように土の魔法で住居を作れる奴がどこかにいるのか? 前者なら自力で建築したことになる。後者ならそういう魔物が手に職をつける可能性もある。……恐らく前者だ。もしもそういった魔物がいればこの村の家を全て石造りにすることなど容易い。あの一軒だけは火事などでも燃えないように頑張って建てたと考えるのが妥当か。

 となると文明レベルはそう高くない。どう考えても中世未満だ。家の数はそこそこ多いようだけど町とは呼べそうにない。村と呼ぶのが妥当だな。


 そしてこの村に暮らしているのは二足歩行可能な哺乳類らしき生物、要するに人間が主に生息しているらしい。まず注目するべきなのは道端のおっちゃん。赤い海老を解体している。ただしどう見ても2メートルを超える超大物の海老だ。魔物確定。

 どうも自分の種族以外の魔物=食料という認識に見える。やはり話しかけなくて正解だな。解体方法も独特だ。少なくとも地球では絶対に見ることができない方法だ。手から光る剣のようなもの奔らせており、それを当てて海老を解体している。

 ……魔法だな。散々魔法を便利な道具として扱っていたオレが言うのもなんだが、魔法を包丁代わりに使うってどうなの? これこそがマジカルクッキング……なのか?


 でもこれで以前オレが考えた妄想が仮説として十分成立することが証明された。即ち、この世界では製鉄技術が発達していない可能性だ。

 人間の場合、魔法によって製鉄用品が代替できるために製鉄技術が発達しなかったのかもしれない。技術というのは発見され、利用されることによって普及し、改良されていく。代用品、この場合大したコストもなく使える魔法、があればそもそも使われることすらない。逆に言うと人間以外の知的生命体によって製鉄技術が発見されている可能性もあるか。


 しかし遺留品を見ただけでここまでの仮説を打ち立てるとは……もしかしてオレって天才?え、調子に乗るな? ちょっと考えればわかるだろ?はいそうですね。間抜けの分際で調子に乗ってすみません。

 まあいい。問題なのはここからだ。さっき海老が解体されていた。間違いなく食用だろう。その前提でこれからの話を進めよう。




 集落の周りに水田を発見したんだが――――――農作業を行っていたのはさっき解体されていた海老と同じ種類の魔物だった。


 おいこら。お前らの仲間そこで解体されてるぞ?いいのか!? 明後日には自分が店先に並ぶかもしれないんだぞ! もうちょっと危機感を持て!

 ……失礼。取り乱した。もっとよく観察しよう。まずこの村では主に稲作が行われているが他の作物も畑で栽培しているようだ。水は水路から引いてきている。恐らくさっきの川につながっているんだろう。つまりそれなりに長い水路を作る技術力はある。

 そして稲がでかい! めちゃくちゃでかい! 人の背丈より大きいぞ!? 米粒の大きさは多分普通の稲の大きさだが、稲一つから収穫できる米の量は比較にならないに違いない。当然ながら魔物だ。探知能力に反応があった。やはりこの世界の文明は魔物を栽培しているようだ。普通の植物よりも明らかに収穫量が多いからな。栽培しない理由がない。よし、調子が戻ってきた。



 地球の海老について知っていることを確認しよう。海老というとあまり賢くないイメージを持っている人もいるかもしれないが、なかなか複雑な生態系を構築することもある。

 例えば一部のテッポウエビはハゼと共生関係にあったり、珊瑚に住み、蟻と同じような真社会性を持つ種類もいるらしい。なら知性があると思われるあの海老を飼いならすことも可能……なのか?

 ただ海老は基本的に陸上に適応した種類はいなかったはずだ。オレが知らないだけで陸上生活に対応した海老がいるのか、蟻がシロアリの能力を持っているようにヤシガニみたいな陸上生活可能な器官をもっているのかもしれない。


 能力、と言えば魔物であるため魔法を使えるはずだ。少し観察していて気付いた。こいつらは水を操る魔法を使っている。水路から何の道具も使わずに畑に水をやっていたから間違いない。

 水か。生命の源であり、文明を維持していく上では決して欠かすことのできないものだ。水をどのように扱っているかでその文明の農業や産業のレベルが垣間見えるといっても過言ではない。それを扱う魔法を操る海老はまさしく文明の申し子だ。例えば地下水を探知して井戸を掘りやすくしたり、空気中の水分を集めて一見何もないところから水を、それこそ魔法のように作り出すことも可能かもしれない。

 いいなあ。あれ欲しいなあ。一匹くれない? だめ? ですよねー。


 そして農場で働いているのは海老と人間だけではない。遠いのではっきりとはわからないがあれはもしかしてゴブリンじゃないのか!? ちょっと悪そうな感じがする猫背の背中はそれっぽい。   んー、でも体がふっくらしてるからオークとかそんな感じかもしれない。ようやくファンタジーっぽい生物を見つけた。あ、それと裸です。服は着ていません。地上波で放送して大丈夫か? 人間じゃないし問題ないよな。

 そしてこいつは土を動かす魔法が使えるようだ。蟻のように土を結合、分解はできないはずだ。もしできるならもう少しましな家を建てるはずだ。できないよな? ゴブリンは蟻よりも早く土を動かせるようだからもしもできたら蟻の魔法の立場がない。


 ここはできないと断定させていただこう。そうなると魔法の性質がまた一つ明らかになる。つまり魔法は汎用性が高いほど威力などが落ちる傾向にある。

 蟻の魔法のように動かしたり結合させるなど、色々できる魔法には何かしかの弱点があるのかもしれない。常識的にも経験的にもこれは正しい気がする。例えばF1カーと自家用車が直線のスピードを競えばF1カーが勝つに決まってる。だからと言って全てにおいて自家用車が劣っているわけじゃない。要は向き不向きの問題だ。


 とはいえゴブリンの魔法が農作業に向いていることは疑う余地がない。畑を耕したり土寄せをしたり、農作業の経験がないオレでさえも使い道がいくらでも思いつく。人間も魔法の剣で土を耕しているようだがどう見ても効率が悪い。鍬くらい作れるはずだが……。


 この村を見て感じたのは―――魔法を道具の代わりに使っているということか。屠殺、農業、工業。本来なら道具を必要とする文明的な行為が魔法によって行われている。いやこの言い方は正しくないな。これはオレが異世界から来たために感じる感想だ。

 少なくともこの村において文明とは魔法によって成り立っている。腕や足があるのと同じように魔法が当然のように存在する世界だ。この世界の文明と生態系は魔法という力が魔物なら誰にでも備わっているという前提で成り立っている。


 もちろん家なんかはここにいる魔物の魔法だけの力では造れない。きちんとした建築技術や大工などがいるはずだ。当初オレが思い浮かべていた魔法文明とは少し違うけどこれもまた魔法文明ということか。

 だがこの文明には一つ瑕疵がある。


 それは単独の知的生物では文明を維持することができないということだ。魔法は道具のように貸し借りできない。故に多種多様な生物が協力しあわなければ文明を維持できない。だけどこいつらはどう見ても対等な協力関係じゃない。

 一つにはさっきの海老解体ショー。もう一つはどうも柵で囲まれている住居群には海老やゴブリンは入れないようだということ。畑の横に穴があるからそこに住んでいるのかもしれない。当然ながら魔物に襲われた場合村の外側に住む海老やゴブリンが襲われることだろう。

 どう考えても対等ではない。

 良くて奴隷。屠殺されていることを考えれば家畜として扱われているとみるべきだな。海老やゴブリンに対する人間の態度を見る限り同盟や協力関係を結ぶのはかなり難しいだろう。殴ったり蹴ったりすることはないようだが、近づかないようにしている気がする。


 農業を営むほど知性ある魔物であるゴブリンや海老を一方的に隷属させ搾取する。まったく、人間という生き物は―――






「すごいな!」


 語彙力はもっと鍛えるべきだとして、素直に人間を称賛する気持ちに嘘はない。何しろどうやって従わせているのかさっぱりわからない。

 例えばあの海老とゴブリンが全て人間に反旗を翻せばかなりの被害がでるだろう。そこまでしなくても集団で脱走すればそれを全て止める力が人間にあると思えない。なのに唯々諾々と従っている。いまだに家畜1匹捕まえられないオレとは雲泥の差だ。

 これはオレも見習うべきだろうか? もともと家畜は必要だと思っていたが、あくまでも飼うだけで農作業をさせることは思いついてさえいなかった。その理由の一つは農作業を手伝わせると奴隷として扱っているように感じるからだろう。

 文明国である日本で生まれ育った人間として奴隷制は良くないことだと断言できる。誰だって奴隷になんかなりたくないし。とはいえこの世界の文明が無理矢理だれかを働かせなければならない程度の水準である可能性も高い。ここは一度日本人としての倫理観や道徳を再確認してみよう。


 そもそも奴隷ってなんだ? 平たく言うと無賃金で働かせている人間の労働者だ。ということは人間以外の動物は奴隷ではなく家畜として扱われる。逆に言えば日本、いや地球の法律では人間でなければ決して奴隷ではないということだ。


 ならこの世界の二足歩行生命体は人間なのかどうか。考えるまでもない。


 


 当たり前だけど地球の人間は魔法が使えないし、妙な宝石も体内に存在しない。この事実だけでも生物学的にこいつらが人間である可能性は極小だと言える。

 収斂進化によって人間と同じような姿になったのかもしれない。ホモサピエンスから進化した別の生物である可能性や、ネアンデルタール人が進化した生物である可能性はある。要するに進化のお隣さんだ。ヒトモドキと呼んでいい。そんなことを言い出したらオレだってアリモドキだけど……。


 まあいい。ではこのヒトモドキは地球から見て人間として扱ってよいのか。これは……よくわからない。残念ながら道徳や人権については不勉強なので見た目は人間だが中身は全くの別物である生物に人権はあるかなんて知らない。あるいは知性の有無によって判断ずるべきか?

 それだと一定以上の知性を持つであろう魔物は全て奴隷ないしは家畜としては扱ってはいけないことになる。わからん! 教えて偉い人!


「紫水が一番偉いよ」

「うん。知ってる。お前らは多分そう言うと思ってた」

 ううむ。そもそも地球には人間と同程度の知性を持った生物など存在しない、

 実際にはイルカのようにそもそも人間とは根本的に異なる知性を持つがゆえに人間には理解できないだけで人間よりも優れた脳を持った生物はいくらでもいるはずだ。しかし地球では今現在人間のみが文明を築いているのは一応間違いない。この世界ではヒトモドキ以外でも十分文明を作れる知能はある。


 つまりこの問題は地球のルールでは判断不可能だ。


 ではこの世界のルールではどうか。正直さっぱりわからないが、ひとつだけわかっていることがある。目には目を歯には歯を、やられたらやり返す。撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ。同じ魔物を家畜として扱っているならこっちも同じことをして問題ないはずだ。

 流石に自分たちが選ばれし存在ですべての魔物を統べる権利がある! なんて豪語するほどアホでもないだろう。もちろん自分たちが家畜なんかになるのは嫌だろうから何らかの対策を用意しているはずだ。だからこそ海老やゴブリンは従っているのだろう。


 つまりこの世界……少なくともこの国では地球での家畜や奴隷のように異なる魔物を無理矢理働かせることで文明を維持している。というか多分そうでなければ生活が成り立たない。


 よし結論がでた。動物として扱ってよい。地球における馬や牛と同様に家畜として飼うのがベターだろう。異なる生物を強制的に無償で働かせる場合は地球でもそう呼んでいる。

 奴隷にするのは法律、いや憲法違反だが、家畜を飼ってはいけないルールはない。そもそも蟻って他の種類の生物を利用することに長けているからこれもまた必然だ。


 ただ家畜だからと言って無闇に傷つけて良いわけじゃない。例えば実験用のラットを殺す場合苦しまずに殺すことが義務付けられている。それに倣い意味もなく傷つける行為は禁止するべきだ。まあ現状ではこの村から攫ってくる以外に家畜を確保する手段がないからあまり意味はないな。流石にそれは文明人らしいふるまいとは呼べないし、そんなことをすれば報復ないしは取り戻そうとする反撃が待っているに違いない。万が一にもやるとするならもうちょっと戦力を整えてからだな。

 しかし自分の感覚による所感は当てにできないな。論理の積み重ねによる考証こそが誰もが納得できる合意の第一歩だ。良きかな良きかな。




 蟻の王であり元人間である彼は論理や知識、知性、発展を好む。そうであるがゆえに自分の論理によって導かれた結論を信じることに躊躇せず、それまでの道徳観や倫理観を捨て去ることに葛藤を覚えない。少なくとも他人からはそう見える。

 例えば肉親に当たる人物が論理的でも理性的でも効率的でもない行為に及んでいた場合、切り捨てることを迷わない。例えば知性を持つが自分とは異なる姿を持つ生物とかつての自分と同じ姿をした生物を同列にあるいはそれ以下に扱うべきだと信じて疑わない。

 他者に対しては極端な能力効率主義とも呼べ、ある意味では途轍もなく平等である。それゆえに知識や技術を持ったものは敵対している者であっても敬意を払うが、その人格や人柄をたいして考慮しない。より正確には人格すらも能力の一部としてしか評価しない。それは地球であってもこの世界でも変わらない。


 そしてそれらの行為そのものが他人、否、この世界のほとんどの生物から冷酷、あるいは奇矯に映ることを本人が全く理解していなかった。

 それこそが最大の問題だった。

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