22 祈りは誰のために

 納得のいく結論がでて、気分がいいところで異変に気付いた。何やら人間たちが騒がしい――――いちいちヒトモドキなんて呼ぶのも面倒なのでとりあえずそう呼んでおく。特に村の中心にある家だ。農作業を止めてそこまで来ている人間もいるようだ。明らかにただならぬ気配を感じる。さて、吉兆か凶兆か。


 村人たちの反応は大別すると二種類。額に両手を重ねるか、手から魔法の剣を出すか。座っていたり、土下座に近い体勢になっている人間もいる。状況から察するに祈りのポーズかもしれない。何に祈っているのかはわからないが。

 祈り、ねえ? 正直宗教にはあまりいい思い出がないが、だからと言って信者の全てが悪人というわけでもない。あまり偏見を持ちすぎないようにしよう。もう少し観察を続けよう。


 少し経つとどんどん騒がしくなってきた。

 なんてこった。泣き出してる人間までいるぞ? いったい何が起こっているんだ? ちくしょー、会話できればな。

 待てよ? 今までオレは何度か蟻以外の魔物と会話している。だが一度も感覚共有できるかどうか試したことはない。もしできればかなりの情報を得ることができる。レッツトライ!


 まず探知能力で人間を探知。白色透明のように見える。今まで出会った魔物の中で一番見やすいかもしれない。これは期待できそうだ。そして触覚に力を入れて、人間の感覚を受け取ろうとする……何も起こらない。やっぱりだめなのか? 一度話しかけたら上手くいくかもしれないけど……リスクが高いな。




 そうしている間にも人はどんどん増えていく。明らかに百人以上の村人が珍妙な祈りのポーズを取り続ける様子は失礼ながら滑稽ですらある。そしてその状態が続くこと十数分。ようやく変化が訪れた。家から一人の女性が出てきた。やや若そうに見える。20から25歳くらいか?距離が距離なので細かくはわからないが、黒い服を着て、首に何か掛けているようだ。


「皆には悲しむべき知らせと素晴らしい知らせがある! まずは悪い知らせから話さなければならない。今朝、わが娘が楽園へと旅立った」

 芯の通ったよく響く声だ。恐らくそれなりに立場のある女性なんだろう。村長なのかもしれない。もちろん直接声が聞こえているのではなく、テレパシーによって会話している。通常の発声による会話も行っているようだが全く聞こえない。テレパシーができるなら別に普通の会話をする必要がない気がするが……まあ何か事情があるんだろう。しかしこれで他の魔物とも会話できることが証明されたな。これからは安全が確認されるなら積極的に話しかけてみるか。

 肝心の話の中身は村人たちに訃報を告げているようだ。楽園へと旅立ったというのは死んだってことか。なんだってそんな持って回った言い方するんだ? 死んだなら死んだとはっきり言うべきだ。気に入らないな。

「だが娘は私たちに素晴らしい贈り物を残していった。わが孫娘である!」

 ん? 孫娘?え! 孫ってあの孫? ちょっと待て! お前どう見ても30歳にはなってないだろ! 孫がいるのか? いくら何でも早すぎだ!

 あ、違うな。こいつらは魔物だ。つまり物凄い速度で成長する。犬や猫みたいに数年で子供を産める体になる可能性は十分あり得る。この女性が地球では20代に見えても実は10歳なのかもしれない。これはあれか合法ロリって奴か。

 違う逆だ。それは実は大人だけど子供にしか見えない人間のことだ。合法の反対は違法だから……この女性は……違法熟女? なんだその謎ワード。

 しかしオレもまだまだ地球の常識に囚われているな。こんなことで驚いてどうする。こいつらの成長速度が速いなんてことは予想できたことだ。

 成長速度。

 その言葉に何か引っかかりを感じたが、一児の祖母である若い女性が次の言葉を発したために思考は遮られた。

「わが孫娘は神に愛された証を生まれながらに持っていた! そう、それこそは―――」

 女性はタメを作って聴衆の期待感を煽る。オレも先が気になる。いったい何があったんだ?伝説の勇者の紋章でも持っているのか?

「銀色の髪である!」

 ……………………………………………………は?

 いや……それだけ?銀髪って……そりゃ珍しいかもしれないけどそこまで驚くことか? ぱっとみたところこの村の人間はほとんどが黒髪だ。少し赤みがさした髪もあるが、人間なんて年を取ればだれでも白髪になるだろう?生まれた時から髪が銀色なのはアルビノみたいなものだろ? そんなありがたがることか? 村人だって困惑してるはずだ。

 だが予想に反して村人たちの興奮はさらに大きくなった。中には感極まりすぎて失神する人間までいる。

 ますます困惑する。銀色の髪は一体こいつらにとって何なんだ?その疑問に答えたのもまた若いばあちゃんだった。

「かつて銀王が出陣式を執り行ったこのトゥーハ村に同じ銀色の御髪を持つ子が産まれたのはまさしく天の御意思である!」

 説明サンクス。大体わかった。要するに昔の偉い人が銀色の髪をしていたからその人を銀王と呼び、銀髪を凄く大事にする文化があるわけだ。さらに出陣式というからには何かと戦っていたはずだ。あの石像も何か関係があるのか?

「初代教皇である賢皇が天啓により偉大なる銀王を見出し、このクワイを創り上げて千年。幾たびの困難が我らを襲ったが、我らが神の御加護によりそのすべてを乗り越えた!」

 国と村の名前が判明したな。それにしても千年?こいつらの国は千年間ずっと続いているのか?一国がそれだけ長く続くのは歴史にそれほど詳しくないオレでもすごいことだと理解できる。こいつらの歴史がどの程度信用できるかはわからないが。何しろ神の御加護なんて宣う連中だ。きちんとした歴史を残しているかは……おっとこれは偏見が過ぎるな。もう少し話を聞くべきだ。

「この奇跡の子をわが村に授かったことこそ我らの信仰が清く正しく、セイノスの教えを守ったことの証である!」

 んーちょっと話が飛んでないか?この国が長く続いたからこの村に幸運が訪れるとは限らないと思うんだが。それに話の内容が若干ループしてるような。でもよく考えればこの人全部アドリブで喋ってるんだよな。案外ノリと勢いで喋ってるのかもしれない。

「今日は偶然隣村を訪れていた巡察使タミルにお越しいただいた。皆、ありがたくお言葉を拝聴するように」

 巡察使。この言葉はどうも二つの意味を持っているようだ。一つは地方を巡ってその土地を治める人間の業績を調べる職業であり、こちらは役人としての意味合いが強い。もう一つは教会から派遣され、布教状況などを調べる職業で、巡察師とも呼ばれる。こちらは宗教的意味合いが強い。あまりこの二つを区別していないようにも感じる。宗教が治安維持機構の一端を担っているのか?大丈夫かなぁそれ。

 しかしテレパシーさまさまだな。ただ言葉がわかるだけではその言葉が何を意味するかわかるとは限らない。文字通り意思の疎通ができているからこそこの言葉の意味をおおよそ掴むことができた。この調子でどんどん情報収集していこう。

 そして新たに家から顔を出したのはまたしても黒い服を着た女性だった。先ほどの女性より幾分年を重ねたようにも見える。こちらも何かを首に掛けている。恐らくは宗教的シンボルだろう。なら黒い服は神父服や牧師服のようなものか?地球では女性が聖職者になれないわけではないが多いわけではない。この世界では反対に女性が聖職者になることが多いのか?

 そして村人たちの態度も明らかに変化した。今までの村長らしき女性にも敬意は向けていたが明らかに質が違う。あくまでも目上の人間でしかない村長と触れることすら畏れ多い聖職者様。口に出さなくてもその差は一目瞭然だった。

 そんな村人たちに教祖とやらを敬い続ける一組の夫婦を重ねたが――――

「下らない感傷だな」

 一言で切って捨てた。あれとこれは別だ。どちらも尊敬するに値しないとは感じるが。

 さて今度は何を話してくれるのやら。説法を延々と聞かせるだけなんて事態は勘弁してもらいたい。と思ったが一向に話が始まらない。もしもーし。聞こえませんよー。あれ? 話はもう始まってるっぽい?なんで何も聞こえないの?

 もしかしてテレパシーを使ってない? 確かにそれなら聞こえるわけがない。今更蟻に気付いたわけないよな。さっきまで使ってたのに……。うーん。どうやら全く聞こえない。探知能力に反応はあるからオレに不備はないはず。しばらくは情報収集できないな。


 なら少し頭の中で情報を整理しておこう。まずここはクワイという国にあるトゥーハ村だ。当然ながら聞き覚えはない。どうもここではセイノスという宗教が信仰されておりかつての国王、恐らくはこの国そのものとも密接な関りがある。


 現代日本に生まれたオレとしてはいささか理解しかねる敬意の向け方だったが……まあ封建制度なんてある程度国家元首に対する畏敬の念がないと保てないのかもしれない。

 そういえば魔物たちの現状に対して何も言ってなかったな。あれがここの日常なんだろう。少なくともヒトモドキが一人死んで一人産まれることよりは重要ではない。

 別に非難するつもりはない。自分と異なる生き物と、同じ生き物。どちらを優先させるかなど生物学を学ぶまでもなくわかることだ。即ち本能で判断できることだ。




 おや、巡察使タミルとやらの話が終わったらしい。職業病なのかやたらと話が長かったな。ん? 薪持ってる奴がいるな。もしかして火葬するのか? まあこの村なら木には困らないから土葬よりも火葬の方が一般的なのかもしれない。

「紫水。こっちに来るよ」

 げ。村長らしき女性が蟻たちのいるほうへ歩いてくる。ここにいるのがバレた?いやそれなら一人では来ない。ここが宗教的あるいは伝統的な場所ならお参りやお祈りに来ても不思議じゃない。ここは隠れてやり過ごそう。

 あらためて女性を見ると若い。地球なら孫がいると言って信じる人間はまずいないだろう。黒い服はやはり修道服や神父服のように見える。ベールなどは見当たらないが首からペンダント……じゃないな、石でできた輪をぶら下げている。そして女性は懐からハンカチのような布を取り出し口に含んだ。何してるんだ?




「ぬあああああああああああああああああああああああ」


 なんてこった。いきなり叫びましたよこの人。あー布を口に含んだのって声を出さないようにするためか。テレパシー使ってるから意味ないよ。それとも感情が昂るとテレパシーはコントロールできないのか?もしかして人間はテレパシーを感知できる距離が少ないのか?だからここまで離れれば本来は誰にも聞かれない発言ができるはずだと考えたのか。

 これぞまさに……蟻さんは見た!さあてどんな醜態を晒してくれるのやら。のぞきなんてしたくないんだけど、勝手にしゃべるならしょうがないよね。


「銀髪の養い親だと!? ふざけるな! あれは私が親になるはずだったのだ! それを! 奪っていくなど! トラム! 姉弟揃って親不孝者がああああああ」

 はっはーん。ほんの少し話を聞いただけだが大体の事情は察しがついたぞ。まずこの女性には二人以上子供がいた。その姉が今日亡くなったが子供を一人産んだ。もしかすると出産したために体力が落ちたのかもしれない。で、こいつに親権が移るはずだったが息子であるトラムが何らかの策を講じて親権を奪ったと。

 ざっまあ~~。毒親ざっまあ~~~。どっかのボンボンに政略結婚でもさせるつもりだったのか? 銀髪ってのが偉くお気に召してたようだが全部ご破算だなおい。よくやったぞトラム。お前だけは生かしておいてやろう。まあ冗談だけど。

 それにしても親って生き物はどこの世界でも変わらないな。子供をなじったり、怒鳴ったり、殴ったりするのが大好きみたいだ。そのくせ反抗するとすぐにお前なんか私の子供じゃない! なんて言いやがる。こっちだってお前らの子供なんかになりたくはなかったよ。

 まだうだうだと不満を垂れ流していたがあまり聞く価値はなかった。そういえば父親の話はなかったな。死んだのか? 確か先日一つの死体を発見したが……あれは一体どうなったんだろうなー。全然わからないなー。深く考えてもしょうがない。


 そういえばこの女どうしよう? 殺す意味はない。攫ってくれば情報は手に入るかもしれないがリスクが高すぎる。このまま放置だな。そこそこ情報は集まったしそろそろ帰るか。

 だが突如としてやや不快な低い音が鳴り響いた。戦いの開始を告げるほら貝のような音だ。その連想は間違いじゃなかったらしく慌ただしく女性はもと来た道を引き返していく。間違いなく敵が来た。丁度いい。人間たちの戦いを見るチャンスだ。お手並み拝見させてもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る