19 さっぱり後ベタベタ

「あぁ~~~。ごっつええわ~~~」

 古代ローマ人は風呂が好きだったって聞いたことがあるけどその気持ちがわかる。一仕事終えた後の風呂って気持ちいいもんだな。娯楽が少なければなおさらだ。

 蟻さんが半日で頑丈な石風呂を作ってくれました。念のため底に簀の子と重石をおいたから火傷しないはずだ。

「温度はぬるめでいいぞ。まだ茹で蟻にはなりたくないからな」

 薪だと温度調節は難しいだろうから慎重にしてくれよ。あーでもホント気分いいな。鼻歌でも歌ってみたりしても……だめだ今のオレだとぎーぎー鳴いてる蟻にしかならない。これが冬だったらもっと気分がいいだろうな。楽しみだ。


 いやーほんとにさっぱりした。若返りそうな気がするな。オレ0歳だからこれ以上若返ったら幼虫に逆戻りだけど。ああそうだ、一応言っておくか。

「おーい。お前らも風呂に入っていいぞ」

「わーい」

 妙に抑揚のない声で返事をするもんだから本心かどうかは判断できないけど、喜んでいるんだろう……多分。


 ずぶ濡れの体をタオルで拭く。このタオルはネズミから作ったものだ。皮をなめすには動物の脳を刷り込む、ということを聞いたことがあったので試してみたんだが……あまり上手くいかなかった。まず肉を削ぐときに皮に穴が開いた。脳を刷り込んだ後ハエがたかってきてかなり疲れた。そこまでして完成した毛皮も何度か使ううちに使い古したタオルのようにがちがちに硬くなってしまった。やっぱり油のような水を弾くものを塗ったほうがよかったんだろうか。そんなものはないけれど。

 服として着るなら柔らかいほうがいいけど、硬化能力を維持したまま毛皮を剥ぐことができれば良い防具になる気がする。皮の取り扱い方も色々考えないと。


 おっと。そういえば前に作ったリンゴ酒、シードルはどうなっているのかな。ちょいちょい確認して発酵具合を確認したほうがいいらしい。1個だけ開けてみるか。もちろん開けるのはオレじゃなくて部下の蟻だけど。石の壺の中身を零さずに開けるのは魔法無しじゃ無理だ。

 

 さてさて上手くできてればいいけどな。期待に胸を膨らませつつ壺をのぞき込みながら、蟻の魔法で壺に小さな穴を開けさせようとすると


 ぶしゃあああああああああ。


 いきなり液体がオレの顔面に直撃した。

「ぎゃあああああぁぁぁぁjぢkpsじ。

しみる、めっちゃしみる。目が見えねええええ。ああああああいぅいってえええええ!」

 

 床をゴロゴロと転げ回りさらに壁に頭をぶつけた。何がどうなっているんだこれ!

「王」「紫水」「大丈夫?」


 近くにいたありたちがワラワラと集まってきた。地球でこんな光景を見たらさぞ殺虫剤を撒きたくなっただろう。醜態を晒したせいか、ようやく理性らしきものが戻ってきた。よし一旦落ち着こう。

「あー。大丈夫だから戻れ」

 そう言うと蟻たちはすぐに戻っていった。どんだけ過保護なんだ。オレがしょうもないことで騒ぎすぎただけか。ん、いや待って。もしかして今のが転生してから外部から受けた初のダメージ? 初ダメージが目潰しってどうなの? もしかしてアホ? オレはアホなのか?

「何とか言ってよ蟻さん」

「なんとか」

「何とか言ってんじゃねええええ!!!!」

「どうしたらいいの?」

 実にもっともな指摘だ。コントなんてしてる場合じゃない。いったい何が起こった?魔法が失敗したわけじゃないよな。内側から弾けたようだった。例えば炭酸飲料の入ったペットボトルを思いっきり振ってから蓋を開けたような……?壺の内部に空気が発生したってことか?


「ん……?」

 何か引っかかる。

 オレはリンゴ酒、つまりシードルを作るつもりだったんだよな。上手くいっていれば果汁の発酵が進んで糖が分解されることによって、アルコールと二酸化炭素が発生するはず。そして二酸化炭素は常温では気体……。

「あっそういうことか」

 今回のワイン作りでは石製の壺を使った。当然ながら密閉性は高く、空気が移動することはない。結果として内部に空気が溜まった。樽ならある程度の空気は移動するからそんなことは起こらないはずだ。さらに今回は発酵を確実に進めるために空気が入らないようにきっちり隙間を無くしたのも原因の一つだろう。


 要するにこれは完全な自業自得だ。やっぱりオレってアホだ。これくらい予想できるだろ!

 はーホントに間が抜けてる。だけれども実・験・成・功。辺りに漂う香りも間違いなくアルコールだ。こんなに上手くいくとは! しかもめちゃくちゃ早い! 7日経ってないはずだ。2.3か月は必要だと思ってたけど……。……ちょっと早すぎないか?この早さにも何か理由あるのか? なんだろうな。

 ひとまず味見してみるか。ただまあ……オレ、酒飲んだことないんだよな。不安だけど、出来栄えを確かめる必要がある。

「それじゃあ、いただきます」

 覚悟を決めて作ってもらった盃をぐびっとあおる。

「っかあpdfdj。? 不味いわあああああ」

 苦い、口の中燃えそうだ。胸やけまでしてきたぞ!?

「ちょっと待て! 地球の人間はこんな物を美味い美味いって言いながら飲んでるのか!? 頭と舌おかしいんじゃないか!?」

 予想を上回る不味さ。しかも上手くできたのか、本来酒はこんな味なのかどうかすらわからない事実がまた腹立たしい。

「ちくしょー、お酒のんどきゃよかったな。まだまだ楽しいことあったはずなんだけどな」

 この世界に来てから学んでなかったことや、やり切っていなかったことがどんどん明らかになっていく。後悔先に立たず。それでも今ある知識で何とかするしかない。このシードルを少しでも飲みやすくするには何をするべきか。


 よしアルコールを飛ばそう。アルコール抜きシードル。どう考えても酒じゃないけど、このままだとせっかく作った飲み物が無駄になる。それはだめだ。というわけでシードルを加熱しよう。沸騰させた場合水とアルコールの沸点の差によりアルコールが先に蒸発する。異世界まできて小学生レベルの実験をすることになるとはな。


 ぐつぐつ煮え立つシードルからは果物の甘い香りを漂わせている。香りはいいな。香りだけは。再び試飲。


「今度は飲める……かな?」

 アルコールが飛んだおかげで燃えるような不快感はない。苦味も少しましにはなっている。美味くはない。むしろ不味い。ジュースと緑茶を混ぜればこんな感じになる気がする。

「結論。飲み物としては非常用にしかならない。他の使用方法を考えよう」

 酒はオレにはまだ早い。料理酒として使ったり、干した渋リンの防腐剤として使う。いざという時の飲み物にはなるはずだ。それとこのシードルをお酢にできないだろうか。リンゴ酢という調味料は実在する。どうやら他の壺でもシードルになっているようだから実験材料には困らない。

 できたシードルを空気に触れるように放置しておこう。運よく酢酸菌が混ざっていれば酢になる可能性はある。仮にうまくできたとしてそのお酢をどう使うかは……その時考えよう。

 自分で言うのもなんだけどオレって結構行き当たりばったりだな。

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