4 料理の準備をしよう

 朝目覚めると私は人間に戻っていた―――妄想乙。


 もちろんオレは蟻のままだ。今日も今日とて楽しいバグズライフを始めようか!


 正直ある程度テンション上げないと保たない気がする。だって昨日はメンタルブレイクしかかったし。先ずは朝飯でも食べようか。




 大分使いこなしてきた魔法で食糧庫付近にいる蟻に何か持ってくるように命令する。そして持ってきたのはやはりりんごだった。


「……これしかないのか」


「これが一番いい」


 食糧庫には他にも何かあった気がするけど栄養はこれが一番ってことなんだろう。多分幼虫だったころにもこれを食わされてるんだよな。


「やっぱ渋いまずい」


 唸りながら食べていると近くの蟻が土を持ってきてこう言った。


「土も食べろ」


 はい? いやいや土は食べ物じゃ……いやミネラルを吸収するために土を食べるのはおかしくないか。まあ一応食べておこう。味? 美味いと思うか? 土が?




 朝飯を食べながらこれから何をすべきか考える。まず今困っていて知らなければならないことをはっきりさせよう。




 ①蟻の数が少ない


 ②食べ物が不味い


 ③外敵がどのくらいいるか


 ④この世界に文明があるか




 ①はオレが頑張るしかない。何をとは聞かないでくれ。


 ②は今から解決策を実行するつもりだ。


 ③は外の様子を知らなければならない。見たところ蟻たちの筋力は人間には勝てそうだけど熊のような大型肉食獣にすら勝てないだろう。ゲームにでてくるドラゴンみたいな敵がいたら太刀打ちできない。


 ④は文明が存在するなら蟻に対して敵対的な文明である可能性が高い。なにしろこんな穴ぼこぼこ掘りまくる生物放置するか?普通の蟻でさえ農業害虫なのに。せめて産業革命以前の文明なら交渉なり、戦うなりできるはず。


 今できることは多くないけどまず一番楽な食べ物を美味しくすることから始めよう。






 




  やや出口に近い場所まで大量のりんごを持ってこさせる。


「台を作ってくれ。後は壷と包丁だな。包丁の形は……」


「こんな形?」


「ああそうだけど……なんでわかったんだ?」


「なんとなく」


 オレはテレパシーを使っていない。もしかしてオレの思考を読んだのか?そういえばなんとなく蟻たちの感情らしきものが伝わってくることがあったな。無意識的にテレパシーを使っているのかも知れない。プライバシーも何もあったもんじゃないな。






 程無くしてオレにちょうどいい台と包丁が完成した。まじで便利だなこの魔法。今からオレがやろうとしていることそれは料理―の前段階である食品加工だ。元々不味いものでもきちんと加工すれば美味くなるかもしれない。


 ではどのように加工するか。ヒントはりんごの味だ。あのりんごは驚くほど渋かったが、地球にも同じように渋い果物がある。渋柿だ。つまり干し柿ならぬ干しりんごを作ろうとしている。


 もし渋柿の渋さの原因であるタンニンがこのりんごにも含まれているならこのやり方で渋さが消えるはずだ。間違っている可能性もあるし、本来水分の多いりんごはドライフルーツに向いてない。それでも可能性があるなら挑戦しないとな。






 まず皮を剥かないといけないが、包丁が上手く握れない。オレの手は前向きに3本、後ろ向きに1本の計4本の指がある。鶏なんかの足に近い形をしている。ただこの指が妙に硬い。思いっきり力を入れても曲がらな――あれ? 包丁握れた? なんで?


 指が柔らかくなってる。ちょっと持ちにくいけど取手を工夫すれば何とかなる。いやでもこれどうなってんだ? 皮膚の硬さを変えられるのか。硬いときは骨みたいな感触だ。


「はっ、まさかこれがオレだけの専用スキル!?」


「みんなできるよ」


「できんのかい!」


 ぬか喜びさせんなよ!


 しかしこれは硬化能力か? これも魔法なのか? ヒトデなんかは体の硬さを自由に変えられるらしいけど。硬さや質感は骨みたいだ。どれくらいの硬さかはわからない。


 壁でも殴ればわかるか?


「えい」 


 ボガッ。


「なにやってんのおおおお。えいボガッじゃねえだろう。なんで壁殴ってんの!?」


「女王が気になってたから」


「いやいやいや、痛くないのか?」


「痛い」


「やらなくていいから!」


 どうやら蟻たちは自分の痛み<オレの命令の判断基準らしい。正直ちょっと引く。


 でも流石に岩より硬いわけじゃないか。ちょっと血が出てるし。あれ? 蟻の血は赤いのか。少し驚いた。


 予想外のトラブルはあったけど今はりんごを加工しよう。  




 ちゃっちゃららららちゃっちゃっちゃー。ちゃっちゃららららちゃっちゃっちゃー。


 まずはりんごの皮を剥く。ひとまず3個ほどの皮を剥いたら、1つはそのまま。もう1つはくし切りに、最後のひとつは薄切りにする。色々な切り方でどれが一番うまくできるかを試すつもりだ。


 ……うん。これで終わり。本来ならお湯に漬けたりお酒ふったりして殺菌するけど、ここには調味料どころか火すらないからな。




 作業を続けていたら1匹の蟻がこちらをじーっと見つめていた。


「やってみるか?」


「やる」


 二人でやったほうが早いので、教えながら加工を続けていたけど、こいつらは驚くほど呑み込みが早い。テレパシーで体を動かす感覚なんかを伝えられるからだろう。最終的に3匹の蟻が手伝ってくれたためそう時間はかからなかった。




 それじゃあ次の作業に移ろう。


 今度は酒を造ろう。果物で酒を造るとなるとワインを思い浮かべるだろうけど、りんごでも造れる。確かシードルという名前だったと思う。


 とにかく今回は食品を長持ちさせることに重点を置く。これだけあったら多分食べきれないからな。食い物を粗末にするのはよくない。




 まずへたと種をとってから、魔法で作ったすり鉢と擂粉木で潰す。果皮はつけたままだ。


 アルコール発酵は果皮についた酵母菌が重要だから絶対にとってはいけない。そして潰したりんごを全部密閉した容器に移す。文明レベルが低ければ密閉容器なんて簡単に作れないけどそこも蟻の魔法で解☆決☆。


 基本的な果物から酒を造る方法は大体どれもこんな感じ。下手すると密造酒扱いになるかもしれないから良い子はまねしないように!


 ただこのりんご酒が美味いかどうかはわからない。ワインの渋みはタンニンが原因らしくオレの予想が確かならこのりんごにも含まれるはず。きっと顔をしかめるような味だろうな。




 もちろん酒にならない可能性もある。この世界に酵母が存在しない可能性だってあるんだから。数学と違って生物には例外がつき物だから、こんなわけわからん生物がいるならオレの常識と知識が全く通用しない可能性だってある。


 あーもうこんなんならもっと地球で勉強しとけばよかったな。料理も少しくらいならできるけど、酒とか飲んだこと無いから味なんてわかんないし、造った事なんてあるわけない。けどまあ―――こうやって色々試すのは嫌いじゃない。オレって地味な作業が好きなんだよなぁ。






 ドライフルーツを作るには天日干しをしなければならない。なので一度外に出て様子を見たい。


「だめだ」


「そこをなんとか。ちょっと外を見るだけだから」


「ダメだ」


「首の先っちょだけでも」


「だめだ」


 これである。蟻にとっては女王の身の安全以上に重要なものなんか無いんだろう。外はオレが思っているより危険なのかもしれない。蟻たちは語彙に乏しいため具体的にどう危険なのかわからない。どうしたもんか。うんうん唸っているとこんなことを言われた。


「働き蟻使って見ればいい」


 働き蟻ってこいつらのことだよな。こいつらを使う? 普通に見に行かせるとは少し違うニュアンスを感じる。つまり普通ではない方法だ。ピンッときた。


「テレパシー能力ぅぅぅぅぅぅぅ発動ぅぅぅ」


 気合を入れて魔法発動! まあさっきと変わってないけどな! いつメンタルブレイクするかわからない状況なのでテンションを無理矢理上げよう。




 ではまず目の前の蟻に「話し掛ける」。そしてその蟻の感覚を受け取ることに集中する。特に触角に力を入れる。どうもテレパシーを使うときは触角が重要らしい。




 すると目の前に見たことがない巨大な蟻の顔があった。ぶっちゃけオレだ。視界は2つなのに全く負担は感じない。まさにおれはお前でお前がオレ状態。ただ相手の体をのっとったりはできない。 


 でもこれ結構すごくないか? 映像の受信なんてそうそう簡単じゃないぞ? カメラ付きドローンみたいなもんだ。よしこれなら巣から一歩も出ずに外の様子を知ることができる。


 上に、つまり地上にいると思われる蟻に視覚を繋げる。するとそこには予想通りの光景と予想すらできなかった光景が広がっていた。


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