5 俺たちに強さはない

 あたりには見渡す限りの樹の濃い緑色。


 ところどころに彩られた鮮やかな赤色は果実。あのリンゴが生っている樹だろう。


 籠を担いだ蟻が熟れた作物を収穫しており、蝶や小鳥が日差しを避けるように木々に泊まっている。東にはわずかに白化粧をした山が青空を貫いている。


 くらり、とめまいがしたのは夏の日差しのせいだけではないだろう。牧歌的であり、雄大でもある光景だ。






 ただし、地面を埋め尽くす茶色い針山さえなければ。




「なんじゃありゃ」 


 地面から生えている針の大きさはまちまちだ。腕のように太いものもあれば裁縫針ほどの大きさしかないものもある。どことなく華道の剣山を思い起こさせる。


 針山を避けるために樹と樹の間を歩道橋のようなもので繋いである。そんなことするくらいならわざわざ針山を作らないほうがてっとり早いと思うんだけど。


「これ作ってないよ?」


 うおびっくりした。感覚共有してる相手からテレパシーをしてきた。てっきり蟻たちがこの針山を作ったと思ったんだけど……誰が作ったんだこの針山。


「樹」


 んん? 樹? りんごの樹か? もう一度集中して探知能力発動!


 おお! この樹も光ってる!りんごの樹は魔物なのか? あたりにいる虫や小鳥は光ってない気がするから、オレの探知能力は魔物にしか効果がないらしい。


 よく見ると蟻とりんごの樹で光の色が違う。蟻は紫色で樹は薄緑色だ。多分魔物によってみえる色が違うんだろう。なんとなくだけど蟻の光のほうがくっきり見える気がする。




 実際問題としてどうやって樹が針を作っているのか。気になったので蟻に尋ねると見たほうがわかりやすいとのこと。


 歩道橋の柱を伝って地面に近づいていく。どうやって柱に足を引っ掛けてるのかと思えば魔法で土の柱を窪ませているらしい。それでも垂直の柱を平気で降りるのは一流登山家以上の腕力と体力が必要なはずだ。多分崖だって体力がもつなら上れるだろう。


 柱から手を伸ばし、針に触れると、蟻の魔法によって針の突端は丸いボール状になった。だがボールと針の間には木の根が張り付いている。


「木の根は魔法……じゃない、「動かす」ことはできないのか?」


「無理」


 なるほど。あくまでも魔法は土や石にしか効果がない。覚えておいて損は無いな。肝心の針の中身は空洞で思ったほど硬くはない。それでも歩道橋から落ちれば大怪我ではすまない。そして一部が欠けた針から薄緑色の光が現れやがて一回り小さな針になっていた。魔法を使って針山を作っていたのか。ゲームでよくある動き回って襲ってくる植物じゃあないらしい。




 予想はしていたけど蟻たちは農業をしている。あれだけのりんごは採集だけでは絶対に賄えない。地球でもハキリアリなんかは農業を行っているので驚くようなことじゃない。


 特異なのはりんごを防衛陣地としても利用していることだ。つまりここまでしなければ巣の防衛ができないということ。なんてこった。やっぱりここは厳しい世界だな。






 そういえば今夏だよな?りんごは秋から冬に収穫する果物だから今の季節にここまで実をつける品種は珍しいんじゃないか?味も独特、極めて穏当な表現で独特と言っていいいから新発見の品種ってことだな。名前がいるな。渋いりんごだから「渋リン」でいいか。我ながら適当だな。


 あれ? なんで外の様子を見たかったんだっけ?ああそうだ渋リン干すんだった。籠でもつくってその上に渋リン置いて日当たりの良い場所に置いておく。何日か後で様子を見に行こう。




 


 ふんふんふんふん。テレパシー最初は微妙かもと思ったけど意外と便利だな。何よりオレ自身が働かなくていいから物凄い楽だ。かなり長距離でも通信できるらしく、試しに巣の外でパトロールしてる奴にも連絡できた。 




 ん? こいつ走ってるのか? 何かを追っている?


 木漏れ日が差し込む森を駆け抜けているのはカピバラ並みにでかいネズミだ。追いかけているってことは食えるってことだ!美味いかどうかはともかくおかずが一品増えるのはうれしい。真っ先に思いつくのがそれとは我ながら少しいじましいが、まあそれはそれ。


「よし、オレのために走れ蟻!」


 あと少し。もうちょっと!そんな掛け声がでそうなほど接近してからネズミの前方が赤色に光り、そこを踏んだ瞬間一気に加速した。


「加速床ぁ!? レーシングゲームかよ! あれがネズミの魔法か? ああっおかずが逃げる!」




 が、予想に反してネズミは動きを止めた。止めたと言うより罠か何かに嵌ってしまったかのようにもがいている。まるでこれからとてつもなく悪いことが起きると知っているかのように。




 ばくりと。巨大な影があっさりネズミを一呑みにした。


 


  その影の正体は鰐、いや鰐だと見間違えるほど巨大な蜥蜴だった。ぎょろりと目玉を動かし、灰に斑模様の付いた体をこちらにも向けた。


 さて質問です。蜥蜴の主食となる生物は何でしょうか。答え昆虫などの自分より小型の節足動物です。よし、これは勝てない。追うものと追われるものがめまぐるしく入れ替わる。これが弱肉強食。


 当然のように蟻も逃げようとするが足が地面に張り付いたかのように動かない。足元には黒すぎる影が蜥蜴から伸びていた。


「まさか影縫い!? ニンジャ!?」


 これ蜥蜴の魔法だ!そんでネズミがもがいてたのはこいつのせいか!蜥蜴が無機質な目をこちらに向ける。完全にロックオンされている。


(あ、これもう詰んでる)


 だがその予想はまたしても裏切られた。


 スパンという音がしそうなほど蜥蜴の首が勢い良く宙を舞った。


「え、」


 現れたのは蜥蜴以上の巨体である蟷螂。蜥蜴を切り裂いたと思しき鎌をこちらにも向け―――。






「ギャアアアア――――――――」


 オレは意識せずに絶叫していた。蟻たちも何事かとこちらを見つめてくる。


 いやなんだあれ。ネズミを追っていたらどんどん強い敵とエンカウントしていったんだが。感覚が繋がっていたせいか少し腹あたりが痛む。心臓もバクバク音をたて、疲労感もハンパじゃない。


 本当に女王蟻でよかった。働き蟻なら今ので死んでたかも。外がどんだけやばいかはよおおおおおくわかった。




 そしてわかったことがある。


「蟻、弱くね?」


 考えてみれば当たり前のことだ。蟻が巨大化しているなら他の生物だって地球より巨大になっているに決まってる。蟻ですら人間並みにでかいなら熊や象なんかは恐竜並みかもしれない。要するにまともに戦っても勝ち目が無い。


 なら魔法を使って戦えばどうか。まず結論から言おう。




 蟻の魔法は戦闘には向いてない。




 蟻の魔法は土を動かすまたは結合させる魔法だ。どこぞの豆粒錬金術師が使う錬金術に近いかもしれない。ただし決定的に異なるのは土を動かす速度がやたら遅いことだ。


 攻撃を見てから土の壁を作ったり、敵に対して土の槍を飛ばすなんてことは絶対にできない。オレの戦闘能力はどうなのかって? 力は多分蟻よりは強いが、動きは鈍い。魔法? テレパシー以外使える気配は微塵もありませんが何か?


 なんてこった。テンションめちゃくちゃ下がってきたじゃないか。




 もしも蟻の人口、いや虫口が多ければ数の暴力で何とかなったかもしれない。だがいまこの巣の虫口は絶賛激減中。悪いニュースばっかりだけどやるしかない。


「武器が要るな」


 最低でも強力な魔物を追い返せる武器が。蟻の魔法は直接戦うことには向いていないが、道具をつくることには適している。そしてオレには人間だったころの知識がある。そうたいしたものじゃないが何かの助けにはなるはず。


 このままでは多分死ぬ。死ぬのはいやだし怖い。女王蟻がいやだとか、虫が嫌いだなんて言っていられる状況じゃない。命の危機を感じてようやく覚悟が固まってきた。





 結局のところ、オレは自分の命を守ることを最優先にするし、それは間違いじゃなかった。必死になって生きることが間違いであるはずがない。それだけはきっとどんな世界でも変わらない。利己的だけど、だれにも奪われてはならない戦う理由。

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