3 蟻に今できること

 上機嫌のまま食糧庫に足を踏み入れると数匹の蟻が働いていた。採ってきた食料を石でできた棚や箱に置いているらしい。魔法で石の道具を作ったんだろうか。こいつらの知能は思ったより高いのかもしれない。




 そして思っていた以上に食料が大量にある。その中でも特に多いものは赤い果実だ。りんごのように見えるけど少し細く、かなり小さい。りんごは大体10cmくらいのはず。そこからオレの身長、いや体長を予想すると……なんてこった2メートルどころか3メートルを超えている。蟻たちは1.5mぐらいか?このりんごがめちゃくちゃ小さいものじゃない限りいわゆる魔物なのは間違いない。


 魔法を使っていた時点でわかっていたけど、こう証拠がでてくるとちょっとしんどい。魔物、それも昆虫か。せめてドラゴンとかライオンとかに転生したかったな。




 でも今はそれより腹ごしらえだ。果物は嫌いじゃないし、りんごは好物と言って差し支えない。果物が嫌いな人はそういないだろうけど。さてどんな味かなー。ふじ? 紅玉? 期待に胸を躍らせつつがぶっと齧る。




「まずっ!? 苦い、いや渋っ!!!??」


  なんだこの味?!数時間煮出した紅茶を凝固してできた針でちくちく舌を刺されている気がする。とんでもない味だ。


「ちょい待て!もはやこれ毒リンゴじゃねぇか! オレ女王だよな? 白雪姫じゃないよな!? これを作ったのは、いや採ってきたのは誰だ。今なら右ストレート一発で勘弁してやる」 


 しゅしゅしゅとシャドーボクシングしながらテレパシーによって訴えると蟻たちはみんなシュンとした表情になった。少なくともそう感じた。うぐ、これってもしかしてパワハラ?そもそもなんでこんな不味いりんご集めてるんだ?


「これが一番採りやすい」


「なるほど。でも美味いかこれ?」


「いいえ」


 不味くても他に食べるものが無ければ食うしかない。こいつらは生き延びるために必死でりんごを集めたんだろう。さらに言うとオレは食べ物を粗末に扱うのは大嫌いだ。出されたものは全部食うべきだと思ってる。


 蟻がつぶらな瞳でこちらを見つめてくる――気がした。


「…………」


 少し逡巡した後、残りのりんご?を一気に食べ始めた。うげ、不味い渋い吐きそうぐううううううううううう。


 ゴクン。


 終わった。 


 もう食べたくない。蟻は安心したのだろうか。そんな気持ちが伝わってくる。


「つーかこれ全部食べきれるのか?」


 目の前には部屋中に積まれたりんご。オレ一人が食べるわけじゃないとはいえ暗澹たる気持ちになる。


「他の部屋も案内してくれ」


 とにかく今の状況を知っておいたほうがいい。何か問題がある可能性は高い。






 顔なじみとなった3匹と巣を回る。この蟻の巣はやはり地下にあるらしく、上に上がると出れるらしい。だがこの巣は思っていたよりも快適だ。排泄物やごみを捨てる場所はちゃんとあるし、巣全体を掃除しているやつもいる。


 貯水池のようなものは雨が降ると天井に穴を開けて水を貯める仕組みになっている。さらに一番下には井戸まであるらしい。水は生命にとって必要条件だから気を配っているんだろう。どんだけ文明的なんだこの蟻。




 そのほとんどは蟻の魔法によって作られたものだ。この魔法は土を動かすだけでなく、くっつけたりもできる。


 なにしろただの土がコンクリート並みの固さになる。その気になれば城だって建てられるに違いない。ただ土そのものの質量を増やすこと、つまり無から有を生み出すことはできない。あくまでも土の形や性質を変えるだけ。魔法だからといって何でもかんでもできるわけじゃないってことか。


 十分凄いけど。




「次はいなくなると行く場所」


 ん?なんだそれ?いなくなるってことは死ぬってことか。ああ、墓のことか。そんなもんまであるのか。


 その解釈は間違っていなかったらしく、9つの楕円体が台座に置かれている部屋に辿り着いた。この中に蟻の死体が入っているらしい。蟻は葬式をすると聞いたことがあるけど本当だったのか? それとも単に衛生的な理由からだろうか?


「全員がここに送られるのか?」


「女王だけ」


 働き蟻全部をここにおいて置くわけにもいかないか。ふと気になったことを尋ねる。


「オレの寿命ってどのくらいなんだ」


「?」


 そろそろ気づいてきたが蟻には数字という概念が無い。現代人の感覚だと理解しづらいが、何月と聞くと答えられず、季節を尋ねると答えが返ってきたのはそういう理由だろう。つまりオレの疑問に答えられる蟻はいない。


 うーむ。シロアリの女王は長生きらしく50年生きた個体もいるらしい。せめてそれくらいは生きたい。ただもしも蟻が何十年も生きるならこの巣はかなりの年月存続してきたことになる。つまりここには蟻の歴史が詰まってる。別に史跡や世界遺産を巡る趣味は無いけど先人いや、先虫の残した遺産に敬意を払うくらいはするべきだ。




「そういえばオレの母親はどうなったんだ?」


「いなくなった」


 あ、やっぱり。じゃあここにいるのか。


「いない。外でいなくなった」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。女王蟻ってそんなに外にでるもんなのか?


「何で死んだの」


「襲われた」


 蟻たちの話をまとめるとこうだ。女王は新しい巣を作るために外に出たがそこでかなり強い敵に襲われたらしい。ちなみに蟻や蜂には新しい女王が産まれると古い女王が出ていき、新しい巣を作る種類がいる。地球では女王は飛行するはずだがここではそうじゃないらしい。


「でさあ、助けにいった奴いた?」


「うん」


「そいつらはどうなった?」


「みんないなくなった」


 アチャー。確かに巣の規模のわりに蟻の数が少ないなーとか、食料が妙に多いなーなんて思ってたけど、ここって滅亡寸前だったのかよ! 上手く蟻たちを使って左団扇で暮らしていこうなんて思ってたオレの目論見をどうしてくれる。


 これだから親ってやつは! 子供に迷惑かけんな! えっ、さっき祖先に敬意を払うとか言ってたのは誰だって? はははそんな奴ここにはいませんよ。




 ああそうだ。


「ここっていなくなった女王がいるんだよな」


「うん」


「ならオレの弟、いや妹もここに入れることってできるか?」


 産まれたら後継者争いとか面倒ごとになった可能性も高いけど、死んだなら弔うべきだろう。別にこいつは何かしでかしたわけでもないし、試してみたいこともある。


「できる」


「そうか、なら試してみるか」


 オレはテレパシー能力があるが、他にも能力があるようだ。歩きながら考えていたがなんとなく蟻の位置がわかる。はじめはフェロモンの影響かと思ったが違う。これもオレの魔法だ。




 目を閉じて集中する。頭の中にプラネタリウムのような光景が浮かんできた。星に見えるものが蟻なんだろう。その星つまり遠くにいる蟻にもテレパシーはできる気がする。というかできないと困る。だってテレパシーそのものは蟻も使ってるもん!さっきテレパシーで蟻どうしが会話してるの聞いたから!オレだって凄い能力使いたいんだよ。




 遠くにある星にピントを合わせ、声をかける。


「いなくなった女王をここまで連れてきてくれないか?」


「わかった」


 おお、向こうからの返事も聞こえるのか。テレパシーって地味だけど意外と使えるな。スマホみたいな通信機器が発達した現代ならともかく中世ぐらいに文明レベルなら数km先に連絡をとる手段なんて狼煙とか伝書鳩くらいしか思いつかない。この能力を使いこなせばかなり強力なんじゃないか? この世界の文明がどんなものかまだわからないけど。






 そして1匹の蟻がオレの弟を運んできた。もうややこしくなってきたので、弟妹とかいて‟きょうだい″と読むことにする。日本語って便利。


 蟻たちは弟妹の体を丁寧に土で覆っていく。魔法が放つ紫色の光も合わさって幻想的な光景だ。数分後には土の塊でできた楕円体と台座が完成していた。


 そしてふと思い出して聞いてみた。


「お前らさ、子守唄歌ってなかった?」


「?」


 知らないらしい。もしかしたらオレが幼児あるいは胎児の時に聞いた歌を思い出したのかもしれない。オレにもそんな時期があったのだろうか。


「ゆっくり眠れよ弟妹」


 独白に答えたものは誰もいなかった。




「んん……?」


 魔法を使ったせいなのか体と頭が重い。眠い。


「オレの寝る部屋ってどこ?」


「こっち」


 若干ふらふらしながら蟻についていく。一日。たった一日で色々あった。死にたくもなったが、死ぬのは怖いし嫌だ。どうにか生きていくしかないだろう。そう決意しながら、寝室に敷かれたワラのようなものの寝床に体を預ける。眠りに就くのに時間はそうかからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る