第3話 香港旅行三日目(もっとヤバい)

 香港旅行三日目、結局両親は、他のツアー客と一緒に、マカオに行ってしまいました。僕は両親と離れて、九龍クーロンの町を歩きます。

 僕は意気揚々と、ホテルの外に飛び出しました。

 もしかしたら、「どうだ、僕一人で、外国の街を歩けるんだぞ」ということを証明したかったのかもしれません。


 しかし、これが思い違いだったことに、気付かされることになるのです。

 香港の街は近代的です。デパートや高級ホテル、ブティックやカフェが多く、かなり栄えた街だな、という印象でした。一方で、建築現場は竹で組んだ足場を使っており、アジアの国らしさがあります。

 また、中国系の人々が多いのは当たり前なのですが、インド系の人々が多いのは不思議でした。男性ならば頭にターバンを被っていたり、女性ならば美しいサリーを着込んでいます。


「ネエー、ドコカラキタノ」


 その時です。後ろから声を掛けられました。振り向くと、後ろには中肉中背の、五十歳代くらいの男が立っていました。確か中東系の人物だったと思います。明らかに怪しいのですが、また彼は、「ドコカラキタ?」と聞いてきます。僕は海外の知らない街を一人で歩き、心細かったせいもあり、「ジャパンだよ」と答えました。彼はうなずき、カタコトの日本語を喋りました。


「トシハナンサイナノ?」

「十九歳です(僕は高校二年生でしたが、二年浪人したので十九歳でした)」

「ドコニトマッテイルノ?」

「九龍地区のホテルです」


 僕は何とか答えました。

 そして笑って、「ニポンノヒト、ジャアネ」と言って去っていったのです。彼の後ろ姿を呆然と見ていましたが、僕は何かがおかしいと感じました。


 僕のズボンのポケットを探りました。財布がないのです! 背負っているリュックの中にもありません。


「ええ? まさか、まさか!」


 さっきの男はスリ! 僕は、「あンのヤロー!」と叫んでいました(笑)両親に助けてもらおうにも、二人はマカオにいます。警察に言おうとしても、通用するのは広東語でしょう。

 たいして会話は通じないだろうと考えました。


 僕は肩を落とし、いつの間にか九龍公園に辿り着いていました。僕は父にイライラをぶつけたことを反省しました。


 父は僕を幼稚園の頃から塾に行かせました。しかしそれは失敗だったのです。僕は中学受験に失敗し、自信をなくし、登校拒否になってしまったからです。


 僕と父の関係が悪くなったのは、それが原因です。それを思い出していました。


 何もできず、三十分が経ちました。


 ふと、リュックのポケットを見ました。ここはまだ調べていません。まさか、と思って、リュックのポケットを恐る恐る見ました。


「あああー!」


 僕は本当に叫んでいました。


 財布が、財布が入っている! お金もちゃんとある! スラれていない!

 そうか、朝、スリに気をつけるため、財布をリュックのポケットの方に移したのだっけ……。


 僕は安堵しました。単なる勘違いです。笑わないでほしい。しかし、その時は本当にダメだと思ったのです。


 安堵した僕は、急に元気がでました。また香港の街を歩こうと思ったのです。香港の街を歩いている時、ふと気づきました。香港は外見は近代的で美しい街です。

 しかし小道に入ると猥雑で、ごみが散乱しています。(1997年の話だから、今はどうか分かりません)


 香港はどうやら、僕が子どものころから慣れしんでいる、とある繁華街に似ていました。僕は小学生の頃、塾をさぼり、繁華街の猥雑な小道に入り、大人の店をながめていました。中学受験に失敗した小学六年生の頃を、強く思い出しました。


(逆に今現在、その街を歩くと、香港のことを思い出すことがよくあります)


 その日、太平山頂ヴィクトリア・ピークという、夜景で有名な展望台で、両親と再会しました。そこで、「勘違いスリ事件」について話したのです。


 父親は、「そんなことがあったのか」と驚いていました。普通の会話は、中学二年生以来です。


 夜景は本当に美しく、その夜は楽しかった記憶があります。

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香港喧嘩旅行 武志 @take10902

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