第5話 二つの月
叔父さんとの約束の時間が近づいていた。太陽は沈み夜が訪れる。村人たちの尽力もあって橋は完成し、キーオーは一度家へ帰った。父も母も変わらず明日がくるかのように、畑仕事の準備や朝食の仕込みに追われている。
そんな姿をみて少々迷いはあったものの、キーオーの決意は変わらなかった。二人のためにしたためておいた手紙をベッドの上に置いて、身支度を整えてこっそりと家を出た。
(いってきます……)
キーオーはザックを背負って誰もいない小麦畑を進んだ。夜空には2つの月が昇る。1つは金色に輝く丸い月「ルクルクシアル」。もう1つは灰色で溶岩のようにゴツゴツと穴の空いた形の「レラクス」だ。
古い言葉でルクルクシアルとは「太古からの光」を意味し、レラクスとは「傷」を意味する。
「はるか昔、月は1つだった。それが何かの理由でもう1つできた。次来る時はイャス共和国に行ってそれを確かめて来る」
一昨年の雨季に叔父さんはそう言った。けれどもキーオーには、いくら叔父さんが言った事でもさすがに信じられなかった。彼にとって月は2つあるものだったのだ。
しかし、事実としてかつて月は1つだった。イャス共和国で見つかった古代の石板に描かれている空には、月は1つしかなかった。それは約二億年前に描かれたものだった。去年の雨季に叔父さんは語った。
叔父さんがジャーナリストになった理由は世界の真実を伝えることだという。しかしここ数年の使命は歴史の真実を明らかにすることに変わった。ラザール帝国の学者たちが言っている「人類はかつて一つの国民だった」という史実が正しいのか。叔父さんは世界中の古代遺跡を飛び回り、その真相を探っていた。
キーオーは新しい橋を渡り、セイルの家を訪ねた。約束の
セイルの家は石づくりでキーオーの家よりは少し豪華だった。子供のころはよく二人で遊び、セイルの部屋で日が暮れるまで語り合うこともあった。そんなこともあってキーオーはセイルの家の作りをよく知っていた。
裏口から窓を叩くとセイルが驚いた顔で出てきた。部屋の机にはガスランタンと羽ペンがあり、どうやら学校の宿題に取り組んでいたらしかった。
「どうしたのキーオー? こんな遅くに」
「セイル。実は俺、今夜旅立つんだ」
キーオーが話を切り出した。セイルはあまりの衝撃に一度固まる。
「……旅立つって、どこに?」
「ジャーナリストの叔父さんと一緒に世界中をまわる。連邦にもジークにも行きたい」
「駄目よキーオー。行かないで。世界はあまりにも危険なのよ。今日オルゴ川で見つけた人みたいに死んでしまうかもしれない」
「それはわかってる。でも俺はこの村で一生を終える生活なんて耐えられないんだ」
セイルの心にも露命の教えが染みこんでいるだと知り、キーオーは少し悲しくなった。逆にセイルはキーオーに裏切られたような気がした。ずっとこの村で二人暮らしていくものだと思っていた。
「……もう行かなきゃ」
キーオーは明るくなる月明りに焦り、そう言った。
セイルは泣いていた。ルクルクシアルが放つ金色の光とレラクスが放つ銀色の光が混じり合い、セイルの愛おしい頬を幻想的に照らし出す。
「私、ずっとここで待ってる。だから必ず戻ってきて」
セイルは別れを告げるキーオーに涙声で言った。キーオーはもちろんセイルの気持ちに応えたかったが、約束はできなかった。露命の教え通り、人間の命は脆く儚い。いつかアムチャットに生きて戻ってこられるか。キーオーには分からなかった。
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