聖女なんて真っ平後免です!

照山 もみじ

第1話

「はぁ~」


 暖かな日が差し込む学園一階の廊下で、窓を背にして少女──マリア・ランベールは、春に咲く花のような、淡いピンク色の癖のある長い髪を指先で弄りながら、窓の外で繰り広げられている、胃もたれが起きそうな茶番劇に溜め息を吐いた。

 ちらり、と、エメラルドグリーンの瞳を向けて外を窺えば、仲睦まじい男女が、中庭に咲く薔薇を愛でながら、時折甘い言葉を口にして寄り添っている。


「……許すまじ殿下」

「殿下呼びしてもそれはアウトだ」


 マリアは自分を背に隠す様に窓の外で立っている、王太子殿下の護衛騎士──ウィリアム・ジュードの後頭部を見上げた。


「ちゃんと王子扱いしたから良いでしょ」

「敬称で呼んでも『許すまじ』は王族に使う言葉ではない」

「だって!」

「耐えろ」

「でもウィル……ノエルが、可哀想なんだもの」


 マリアはウィリアムの少し襟足の長い黒髪に向かって訴えた。

 マリアの言うノエル・ランベールは、この国の王太子──アルフレッド・ノーブルの婚約者でありマリアの姉妹のような存在の、長い深紅の巻き髪にアメジストの瞳を持つ、一見気の強そうに見えるがその実見た目フワフワしているマリアよりも大人しく、また控え目で虫も殺せない優しい公爵令嬢である。

 元々孤児だったマリアは、まだ幼き頃、家の息苦しさに家出してきたノエルが教会にやって来た時に出会った。年も同じで引っ込み思案だったマリアは、グイグイ引っ張るマリアに対し徐々に打ち解けて行った。

 姉妹が欲しかったノエルが、必死に『マリアを連れて来たい』と両親に説得した。そしてその後、他の要因も重なったのもあるが、マリアは家に入り、今では仲の良い家族として生活している。


「……ノエルも承知の上だ。それに、殿下──アルフレッドも早々に解決するために力を尽くしている」


 マリアとウィリアムが親しく名を呼ぶように、四人は幼い頃からの付き合いである。

 マリアとの出会いで、彼女が身を寄せていた孤児院兼教会に通う様になったノエルは、ある日乗っていた馬車が襲われ、不運にも攫われた事があった。

 いつまで経っても訪れないノエルを心配したマリアがノエルを捜しに行った際、お忍びという名の城からの抜け出しで市井に来ていたアルフレッドとウィリアムと出会い、大乱闘の末ノエルを救出した事が切っ掛けで、身分を越えた仲になっている。


「……あれで?」


 遠慮のない物言いを悪びれることもせず、マリアはウィリアム越しにアルフレッドとノエルではない女を見た。

 ブロンドの長く真っ直ぐな髪を靡かせる女──リリィ・スターリングは、豊満な胸を押し当てる様にしてアルフレッドの腕に絡んでいる。日の光を浴びて金髪が輝くアルフレッドは、リリィの肩や腰を抱き寄せたりせずただただ会話をしているだけだが、何も知らない者が見たら、どう考えても仲の良い恋人同士な光景に、マリアは「うぇ……」と顔を歪めた。


「あのバ……女も、面の皮が厚いというかなんとういか……」

「お前がしっかり周囲に示さないのも悪い」

「イヤよ!私はこのまま聖騎士としてノエルを守って行くんだから!」


 聖女なんてやってらんないわよ! と、マリアは聖女らしからぬ形相で言い切った。


 マリアが住む世界では、十才になった子どもは皆、持って生まれた魔力に対して教会で属性検査を行う事になっている。

 四人は一緒に教会で検査を受け、アルフレッドは炎、ウィリアムは雷、ノエルは水の属性結果が出た。

 無事結果が出て皆で喜び合っていたが、マリアが出した結果は教会を、そして王家をも驚愕さるものだった。

 マリアの属性は、数百年前に生まれたきり現れなかった『聖』であった。しかもその力は強大で、選ばれた聖なる者だけが持つことの出来る聖剣まで授かっていた程……。

 聖の力は所持者が生きている限り他では生まれない。要はマリア以外が持つ事が出来ない特別なもので、一時マリアは王家で保護されるほど大騒ぎになった。


 そのマリアだけが持つ力を、『私が聖なる力を持つ者です!』と言い始めた者がいた。それがリリィだった。


 あり得ないと、マリアの聖者としての実績と実力を知る人はそう片付けた。しかし気の強いマリアより、儚げなリリィの言い分を信じる者もいた。

 始めこそ少なかったリリィ派は、徐々に数を増やし今では学園の半分以上を占めるようになった。

 リリィが『癒しの力』を持っているのは事実だ。だがそれはちょっと強めな回復技でしかなく、マリアと同じ浄化の力を含む『聖』の力は所持していない。そんな根拠に乏しい言い分をまるっと信じてしまう者が出始めた事に、三人同様、マリアも危機感を覚え、皇帝陛下の許可の下、リリィに探りを入れる事にしたのだった。


「聖女になったら行動制限かかるし、民衆への見せ物みたいな事もしなくちゃいけないでしょ?イヤよ。私は騎士として剣の技を磨いてノエルを守りつつ、たまに見つけた酷い汚れを浄化したり、凶暴化した魔物を退治するぐらいがちょうど良いのよ」


 聖女の職務をマリアは好きになれなかった。国で見つかった邪悪な汚れをほどほどに浄化して、襲い来る魔物の退治をする。教会や傷付いた者や病で苦しむ人への奉仕活動や、民衆に聖なる力を見せつけて、王家や教会の威厳を見せしめる──しかもそれらをヒラヒラしたドレスに身を包んで行わなければならない事が、マリアには苦痛以外の何でもなかった。


「ウィルと手合わせするのも楽しいしね」

「……」


 公爵令嬢として勉学に励みつつ、剣の師匠であるウィリアムの祖父に教えを乞い、時折ウィリアムと剣で語り、アルフレッドに任されつつノエルの護衛として行動する今の生活に、マリアは十分満足している。

 だから教会がお願いしてくる以外では自ら進んで聖女などやろうとは思ってもいないのだが、唐突に現れたリリィが今の平穏を荒らし始めたことに腹を立てていた。


「あのバカ女」

「ハッキリ言うんじゃない」

「だってノエルが……」


 マリアは再び溜め息を吐いた。

 確かに自分の立ち位置を揺るがす事をしているリリィに怒ってはいるが、一番憤っているのは別の事であった。

 リリィに付きっきりになっているせいで、アルフレッドとノエルの時間が全く取れていない。それに加え、誰が流しているのか、リリィがやれ物を失くした物を壊されたと言えば、何故か全部ノエルのせいになるのだ。

 勿論ノエルではない証拠も揃えているしアルフレッドも承知の上だが、それだってノエルが傷付かない訳ではない。

 大切な者を悪意を持って排除しようとする動きに、マリアは天変地異でも起こしそうなほど激怒していた。


「アルももうちょっとノエルを守ってあげてよ」


 幼い頃、アルフレッド自ら婚約を申し込むほど、彼がノエル一筋なのは揺るがない事実なのだが、たとえ仕事だと知っていても、他の女と身を寄せ合っているのは見ていて気持ちの良いものではない。いくら次期王妃として力を付けていてもそれは変わらない。

 無関係のマリアがそう思うのだから、当事者であるノエルはもっと感じていることだろう。「わかっいてるから大丈夫よ」と、微笑みの中に寂しさが滲むノエルを知っているからこそ、マリアはアルフレッドにも怒っていた。


「他の男に盗られたって知らないんだからっ」

「……アルも気にしていない訳ではない」

「知ってるわよ。でも行動しないなら同じでしょ──手遅れになってからじゃ遅いのよ」


 リリィが巻き起こしている事件。ただ聖女だと偽りアルフレッドを誘っているだけなら苦はしないのだが……リリィが気に入った男、いやそれ以外の男も、一部で婚約破棄が起きるほどリリィにのめり込む者が後を絶たないのだ。

 回復魔法しか使えない、舞台に立てば名役者になれるであろう演技を披露するリリィに対し、アルフレッドは禁断の呪術である『魅了』を使っているのではと推測している。

 だがその呪術も確認されたのが聖の力が生きていた時代で、術の発動方法も何もわかったものでなく、仕方なく狙われているアルフレッド本人がリリィに近付き、その真偽を見極める事にしたのだった。

 次期国王として洗脳耐性を極めた、魔力の強いアルフレッドがリリィに呑まれる心配はないだろうが、それとこれとは話が別だ。知っているから悲しまないという考えは、如何なる事情があるにせよ、それは相手の身勝手な言い訳でしかないのだ。


「お前は何も感じないのか?」

「魅了の呪術?感じない訳じゃないけど、なんかこう……パッとしないのよねぇ。遠いというか、掴めない感じ。アルも気付いてると思うけど、ぼんやりしているというか……兎に角ハッキリしないのよ」


 魅了の呪術を探るべく、アルフレッドだけでなくマリアも見極めようと、彼とは反対に遠くから活動している。

 確かに呪術の気配はする。しかしハッキリと使った瞬間が確認出来ず、今に至る。


「もうちょっと……力使ってほしいんだけど」

「無理だろう」

「だよね」


 それは危険な賭けだ。今の魔力だけで学園がパニックに陥っているのに、これ以上呪術に当てられたら学園の男子だけでなく女子も、対象のアルフレッドも危ない。しかし尻尾を掴むにはより強い力を出してもらわないと難しいのもまた事実であった。


「ウィルは大丈夫そう?」

「ああ、今のところ問題ない。ありがとう」


 さらりと言われた感謝に、マリアは頬染めてニヒヒ、と笑った。

 緊迫した日々が続く中、一番関わりがある仲間のお礼が、なんだかこそばゆく感じる。

 騒動が広がりつつある中、マリアは周囲の人物に対して呪術回避の加護をかけた。相手の力量がわからないので効果は様子見だが、今のところ効いているようで、マリアは胸を撫で下ろした。


「──神の加護を」


 ウィリアムの背に触れて、効果を強化させる。触れた手から光が溢れ、一瞬にしてウィリアムの全身を包み込み、瞬きの間に消えた。


「これでまた暫く大丈夫だと思う」


 この後隙があればアルフレッドやノエルにもやっておこうと考え、触れていた手を離した。

 本当は学園中に加護をかけたかったが、本気を出して相手に警戒されてはもともこもない。

 事態に出遅れた事や自分の不甲斐なさに後悔しかないが、今出来る事を精一杯しようと決めたのだ。少しでも危険を回避しつつ、まだ呑み込まれていない者を守る事が、マリアの学園での役割になっていた。


「ありがとう……マリアも、気を付けろ」


 戦える者に対しても優しい言葉をかけるウィリアムに再びむず痒くなる。


(アルが呑まれてもウィルは無事でいてね!)


 もうお前しかまともな男は残っていない!! と、一番危険な場所で戦っている一国の王太子に対して失敬な事を脳内で口走った瞬間、ふと、微かに髪が揺れるほどの魔力の波動を感じた。

 咄嗟にウィリアムを含む周囲にシールドを張る。ウィリアムも魔力の波動に気が付いたらようで、鞘に収まる剣の柄に手をかけていた。


 パチン、と、静電気のような衝撃を受ける。シールドがダメージを受けた場所に顔を向けて、目を細めた。


「……上?」


 予想外の場所からの攻撃に動揺するも、瞬時に臨戦態勢に入る。

 意識を集中して魔力の後を辿れば、放った相手は屋上にいる事を掴んだ。


「ウィルは殿下を」

「ああ……そっちは任せた」


 ウィリアムの言葉に、口の端を上げる。信頼してくれている戦友が嬉しくて、その心に応えるべく気合いを入れると、窓から外に出て屋上を見上げ、足に魔力を集中させた。


「マリア……!?」

「飛んだ方が早い」

「待てそれはダメだ!」

「大丈夫。心置きなく戦えるようにスパッツ履いてるから」

「そういう問題じゃない!!」


 ギョッとした表情を浮かべて止めに入るウィリアムを他所に、ふわり、と、周囲に風が巻き起こった瞬間、地面を強く蹴って、屋上目掛けて飛び上がった。

 シールドを張った時点で相手も気付いているだろう。やって来たチャンスを無駄にしたくはない。


(絶対に逃がさない)


 ちやほやされたい、という気持ちは否定しない。けれどその身勝手に大切な者を傷付けられて平然としていられるほど人間出来てはいない。


『聖なる力を持つ者……聖女として、その力に見合う者になれ』


 思い出した台詞に、マリアは唇を噛んだ。

 聖の力が判明して以降、教会から何度も言われた言葉だった。それまではただの汚い孤児として扱っていたくせに、自分たちにとって使えるものだと知った瞬間態度を変えるその強欲さに吐き気すら覚えた。

 そんな状況を救ってくれたのが、ノエルやアルフレッド、そしてウィリアムだった。平民と貴族という身分を越えて手を差し伸べてくれた彼らには、感謝してもしきれない。

 だからこの力は、そんな彼らのために使うのだと、マリアは決めていた。ノエルを守るために、アルフレッドが安心してノエルを任せてくれるように剣の技を磨き、時に魔獣と戦うウィリアムと肩を並べて戦えるように鍛練をこなした。

 だからマリアにとって、ドレスを纏って平和ボケした思考を振り撒く、物語に出てくる聖女など真っ平後免なのだ。


──聖女らしくない?それで結構。聖人君子になるつもりは毛頭ない。


 屋上に降り立ち、魔力の根元を見据える。

 大切な者を振り回したお前らを、決して許しはしない。


──さぁ、待ちに待った裁きの時間だ


 右手に魔力を集中させ、聖剣を出現させる。

 剣先を向けて、マリアは不敵に微笑んだ。

 


  *  *  *



(ウィルも大変だねぇ)


 スカートを翻しながら飛んで行ったマリアから顔を背け、動揺して突っ立っているウィリアムを後方に感じながら、アルフレッドは腕に絡んで来る女の話に相槌しつつ苦笑した。

 ウィリアムは、きっと自身の想いに気付いているだろう。紳士なだけで女性のスカート事情を気にする者はほぼいない──要は、気にするほど相手を意識しているという事で……


(もう十五なのに、純粋だよねウィルは。そういうところがウィルっぽいけど)


 くすり、と、小さく笑って、女──リリィを翡翠の瞳で窺う。

 赤茶色の瞳でチラチラとウィリアムを気にするリリィの表情は何処か不安げで、先ほどまで見せていた微笑みは消えていた。


「……浮気なんて酷いじゃないか、スターリング嬢?」


 ハッとなって見上げて来たリリィに、アルフレッドは微笑みを向ける。しかしその目は笑っておらず、翡翠の瞳はリリィを冷たく射ぬいていた。


「そ、そんなつもりじゃ……私にはアル様だけですわ?」

「そう?随分熱心に見つめていたけれど?」


 若干の苛立ちを含んで言い放つ。

 アルフレッドの中で「アル様」と呼んで良いのはノエルだけだ。許可も得ず、挙げ句大切な婚約者を貶めようとしている者に呼ばれるのは気持ち悪い。


 マリアが動いた。それはアルフレッドの役目が一つ終わった事と同義だった。

 数日後に控えた学園祭で断罪されないだけマシだろうと、アルフレッドはリリィが逃げださない様に肩を抱き寄せると、彼女の耳元で囁いた。


「僕が攻略出来なかったらウィルに乗り換えるつもりだったんだろうけど……彼は十年も前にマリアに攻略されてるよ?」


──ゲームと違って残念だったね


 数秒の後に、驚愕の表情で見上げて来たリリィに、アルフレッドは微笑みを絶やさず見下ろした。


「あ、アル様……まさか!」

「ふふ、ビックリした?狙っていた王子が『記憶持ち』だなんて」


 記憶持ち──それは前世の記憶を持っている事を意味しており、アルフレッドは前世の記憶を所持していた。そして今の自分がいるこの世界は、アルフレッドが前世でやり込んでいた乙女ゲーム『聖女は本当の愛を知る』の世界だという事も理解していた。

 リリィも自分と同じ記憶持ちな事に気が付いたのは、あまりにもゲームのシナリオ通りに押し通そうとする行動だった。

 途中から可笑しくて声を上げて笑いたくなったが、目的のために必死に耐えた。

 だってこの世界はゲームの世界であってそうではないのだ。ゲームと違い、皆自分の意志で動き生きている。

 それなのに、聞き齧ったシナリオを押し付けて来るリリィが、アルフレッドには酷く滑稽に思えた。

 本当はもっと早く行動を起こしたかったが、このゲームのヒロインであるマリアが動き出すまでの我慢だと言い聞かせ、積もりに積もった怒りを抑え込んでいた。


 しかしそれも、この瞬間を持って終わりを告げた。


「攻略対象の僕が悪役令嬢派とか……本当、運がないね」


 長かった~、と、爆弾発言を投下したアルフレッドは、愕然とするリリィを気にも留めず、解放感に満ちていた。

 アルフレッドが愛して止まないノエルは、ゲームの設定ではヒロインを執拗なまでに虐める悪役令嬢だった。しかも彼女に救済はなく、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが、行き着く先は平民になった末、危険区域に足を踏み入れてしまい、下衆野郎に犯されてその命を終えるという、なんとも無惨な末路だけだった。

 周囲の、特に乙女ゲームを勧めて来た妹は、ノエルの事を心底嫌っていたが、アルフレッド自身は全く別の見方をしていた。


『いやぁ……婚約者いる男にすり寄って来るヒロインの方がヤバいでしょ。むしろ大好きな人のために長年苦手な事まで頑張ってきたノエルの方が全然良いし……見た目も可愛いじゃん?』


 信じられない! と、妹はノエルがどんなに極悪非道であるか、また、ヒロインがどれだけ善人であるかを訴えていたが、アルフレッドの想いは変わらなかった。むしろ説明されればされるほど、婚約者がいながら他の女に鼻の下を伸ばしている攻略対象──特にノエルの相手である王太子には不快感が芽生えるばかりであった。

 だからどうにかしてノエルが救済されるストーリーはないのかと、ヒロインそっちのけでゲームをやり込んだ。ゲームの続編にも僅かな希望を抱いき、すがり付く様に全ルートクリアした──が、ノエル救済は存在しなかった。

 前世のアルフレッドの中で、王太子とノエルの居場所を奪ったヒロインは益々憎い奴になった。


 そして運命の悪戯か……アルフレッドはその嫌悪していた王太子として転生した。


 これはもう自分が悪役令嬢ノエルを幸せにするしかないと、前世を思い出した当時四才のアルフレッドは、彼女を幸せにするべく立ち上がったのだった。


「そんな……ウソでしょ?」

「僕も信じられなかったよ。ノエルもだけど、ゲームのマリアとこの世界のマリア、全く性格が違うんだもの。ゲームのシナリオ通りにも進まなかったしね」

「……も、もしかして、マリアは」

「彼女は記憶持ちじゃないよ。ノエルも、ウィルもね」


 ノエルを救済するべく動き出したアルフレッドが、ゲームのヒロインであるマリアと出会ったのは五歳の頃。

 前世の記憶を便りに、攫われてしまうノエルを助けるべく、ウィルと市井に下りて来ていた時、同じ様にノエルを助けるために一人奔走していた彼女と遭遇した。

 おかしい……マリアと出会うのは、十三で入学する学園の筈。

 ストーリーと違う展開に、アルフレッドは困惑した。しかしそんな彼を嘲笑うかの如く、マリアはゲームのマリアと違う面を見せた。

 設定上のマリアは、戦う力のないか弱い平民で、生まれ持った聖の力にも恐怖していた。ところがマリアは自身の力を無意識に使いまくり、ノエル救出の際は木の棒を持って果敢に戦った。

 しかも犬猿の仲の筈であるマリアとノエルは、アルフレッドと出会うより前から仲が良く、加えてノエルの信用先はアルフレッドではなくマリアだった。

 おまけに、マリアはアルフレッドの想いを察知して、出会ってから暫く経った時から、ノエルとの仲を応援するようになった。


──なんだよ……良い奴じゃん、マリア


 警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、マリアもノエルも、そして度々起きる出来事も、ゲームのシナリオとは全く違った。

 これはノエルも断罪されずに済むかもしれない、と、マリアたちと学園に入って暫くはそう思っていた……続編のヒロインであるリリィ・スターリングが出てくるまでは。


「君って確か、続編でマリアの生まれ変わりの設定だったよね?マリアが生きている時点で生まれ変わりじゃないし、ヒロインっぽくないマリアの代わりに一作目のヒロインになろうとするなんて、破滅まっしぐらじゃん。言ってしまうと、今の君の立ち位置って……モブだよ?」


 ひっ、と、短い悲鳴を上げたリリィの肩を強く掴む。

 ゲームとは違った形で始まった断罪に、リリィはガタガタと震え始めた。


「ウィ、ウィルさま!」

「ウィル、人が来ないように見張っててね……マリアが厳しくなったら行ってあげて良いよ」


 わざとらしくマリアの名を出す。

 アルフレッドの命を受けたウィリアムは人避けの魔法を張ると、また静かに周囲に気を配り始めた。


「この通りだよ。彼はマリアが好きだから……ゲームみたいに他に靡かないよ」

「何で、そんな……アイツはなにやって」


 ハッとなってアルフレッドを見たリリィだったが、時すでに遅し。

 極悪な笑みを浮かべながら、アルフレッドはリリィを見下ろした。


「アイツって、誰の事かな?聖女と自負する割には術が効いていないのにも気が付いてないし、君に漂う怪しい残り香の事も詳しく聞きたいな……ノエルやマリアの件に関してもね」


 ゲームの王子様は優男だった。ヒロインが良ければ何でも良いという、大馬鹿者だった。

 だがここにいるアルフレッドはゲームと違う。色んな者たちと関わり生きてきて、次期王妃として頑張るノエル同様、次期国王として日々学び、築いて来た志も持っている。

 

 あんな頭お花畑なヒーローもヒロインも、ゲームの中だけで十分だ。


 逃がさないよ、と、不敵に微笑むアルフレッドに、リリィは顔面蒼白になると、へなへなとその場に座り込んだ。


 


 

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