Epi66 女装子とはバレない

 出発の時間が近づき各クラスで点呼がなされる。

 俺のクラスも同様点呼が始まり、しかし、やっぱりそうなるよね。


「あれ誰だ?」

「なんかめちゃ可愛い子がいる」

「どこのクラスの子だ?」

「背が高いからバレー部とかバスケの子?」


 自分たちのクラスに見慣れない女子が居る、ってことでちょっと騒ぎになってるけど、長山さんの班の女子は全員吹き出しそうな状態だ。

 顔を隠して肩を揺らし涙まで零して滑稽な状況を楽しんでるし。


「浅尾!」


 俺の名前が呼ばれた。


「はい」


 挙手して返事すると、だよね。


「冗談だろ」

「マジか? あれ浅尾?」

「嘘だろ」

「浅尾って呼ばれて返事しやがった」


 先生も勿論混乱してて俺の正体を知らない生徒全員、混乱と驚愕に呆然とする人まで。


「あ、えーっと、お前、浅尾なのか?」


 先生。これは俺のせいじゃありません。明穂と長山さんたちのせいです。


「はい」


 眉間に指押し当てて苦虫を嚙み潰したような表情になってる。

 自分でもびっくりしたくらいだから、先生の反応も頷けるんだけど。これ絶対着替えろって言われると思う。


「もう一度確認する。お前は浅尾大貴で間違いないんだな?」

「そうです」


 天を仰ぎ見る感じから項垂れると「わかった」と言って、次の生徒の名前を呼び出した。

 あれ? 着替えろとか言わないんですか? 俺だけ制服がおかしいんですけど。先生が言ってくれないと俺はずっと、この格好のままなんですってば。

 俺が狼狽えてると長山さんが。


「三菅さんと付き合ってるから、言っても無駄だって思ったんだね」


 とか言いながら腹抱えて笑ってるし、他の女子も堪えきれずに大笑いしてるし。

 なんかものすごく恥ずかしいんですけど。


 点呼が終わると次々改札を通ってホームへなだれ込む。

 当然だけど男子が声を掛けてくるし、女子もまた声を掛けてくるし。


「なんだよ、その格好」

「女装趣味にでも目覚めたか?」

「お前、可愛いじゃねーか」

「まさか下着も女子じゃねーだろうな」


 男子はこんな感じだった。下着にツッコミ入れた奴は鋭いとしか言いようがない。

 可愛いとか言われて目付きもヤバい奴が居て、一瞬背筋が凍った。


「浅尾って趣味が女装?」

「三菅さんに着せられたんでしょ」

「なんか悔しい」

「ちょっと可愛すぎない?」


 女子の中には理解してる人もいるけど、悔しがるのはなんで?


「想像以上に反響大きいよね」

「今日一日はその格好で」

「浅尾。女の子だったら良かったかもね」


 電車に乗っても俺の周りに人だかりができてる。


「浅尾。修学旅行終わってもその格好で居てくれ。目の保養になりそうだし」


 なんか目付きヤバいし、俺男だし、目の保養なら他の女子でお願い。


「これ、いたずら心が出てスカートめくりしたくなる」

「マジでそう思う。男子だから遠慮しなくていいかもな」


 スカートめくりなんて小学校で卒業でしょ。それにスカートめくりなんてやられたら、穿いてるパンツもバレちゃって拙いし。

 なんて大騒ぎの車内で人込みを押し退けて、こっちに向かってくる人が約一名。


「大貴!」


 明穂だし。


「すごい人集まってるじゃん。人気者だね」


 明穂が来ると周りを取り囲んでた人が避けて、明穂を通してくれてる。


「明穂。先生が着替えろって言わなかったけど」

「いちいちその程度で言う訳ないじゃん」


 つまり校内では明穂の奇行はスタンダードってことなのか。どうせ言っても聞かないし反撃するし、結果出しててなにが悪いとか言いそうだし。先生も諦めてるんだろうな。


「すげー! 美少女二人」

「写真撮っとこ」

「貴重なツーショットって感じだ」

「ナンバーワンの三菅さんに対抗できるなんて、お前スペック高すぎ」


 男子の黄色い声が飛び交う中で、明穂が俺の腕を取りポーズ決めてるし。

 それをすると男子の盛り上がりもすごい。


「お前、その格好してくれるなら、俺らの班に入って欲しかったよ」

「マジでそう思う。女っ気ないから浅尾でも十分楽しめる」

「これさあ、就寝の時もこれだったら、俺、理性保てないかも」

「俺も襲っちゃうかもしれない」


 ちょ、ちょっと待って。みんななんか変だってば。俺男だよ? 理性を保つとか襲うじゃなくて同性なんだけど。


「大貴。男相手なら少しは許す」

「あ、明穂?」

「女子とは絶対駄目だけど男子なら、大貴がお尻を貸せばいいだけだし」


 そういう問題じゃないし、女子は勿論、男子と繋がる気はないんだってば。俺、至ってノーマルだよ?

 なんか男子の間に変な空気流れてるし。夜は普通の格好しないと身の危険を感じそう。


 車内で大盛り上がりのまま空港へ到着すると、今度は他のクラスまで騒ぎ出すし。

 発端は俺のクラスの男子や女子が「あれ、浅尾だよ」とか言っちゃうから。そうなると当然「マジか」「うそー」とか「可愛い」「なんか惚れそう」とか、もう滅茶苦茶。それを見て長山さんたちはやっぱり腹抱えて笑ってるし。

 先生たちだけが妙に渋面してて、それでも俺にはなにも言わず「お前ら静かにしろ」程度で、騒ぎ過ぎないよう注意するに留まってた。


「校内で三菅さんに逆らえる人なんていないよね」


 長山さん。それでいいんですか?

 絶対女王の明穂はやりたい放題だ。


 飛行機に乗り込むと座席が決まってることもあり、やっと静けさが少し戻ったけど、俺の隣にちゃっかり座る明穂だ。


「一緒じゃないと」


 で、普通席窓際に明穂。三列シートの真ん中に俺。通路側に長山さんが座ってる。

 俺を挟む理由はないと思うんだけど。


「浅尾って生まれる性別間違えたのかな」

「大貴が女子だとあたしが困るんだけど」

「でも、三菅さんに負けない美貌だよ。なんか勿体ないなって」

「元がそれだけいいってことなんだけどなあ」


 俺の両側で会話してるし。


 これから一時間二十分のフライト。そして行先は函館空港。

 一日目は函館に行き現地泊、二日目は洞爺湖と有珠山へ行きその後札幌泊、三日目は札幌で班行動後小樽泊。四日目は小樽で自由行動後に新千歳空港から帰る。


「初日は五稜郭と函館山だっけ?」

「どうせなら函館の夜景見たいよね」

「大貴と一緒に夜景が見たかった」

「あたしも彼氏が居ればそう思ったかも」


 やっぱり俺を挟んで両側で会話してるし。


「小樽は楽しみだなあ」

「大貴はどこが一番楽しみ?」

「俺?」

「大貴。俺、は変だからあたし、って言わないと」


 言葉遣いなんて直せません。


「外見が完璧な美少女なのに言葉遣いが残念だよね」

「だから、ちゃんとあたし、もしくは私って言わないと」


 勘弁してください。見た目はともかく心まで女子にはなれません。

 と思ってたのも束の間。


「あの、お、あたし」

「ちゃんと言わないと」

「あ、あたし」

「ちゃんと言えればみんな男子とは思わないでしょ」


 どうあっても女子に仕立て上げたいようでした。


 函館空港に到着し飛行機から降りるんだけど、外に出た途端寒ってなった。スカートのせいで足と股間が寒い。風が吹き抜ける感じでとにかく寒い。

 十一月の北海道は東京より寒かった。

 女子はなんでこの寒さが平気なんだろう?


「大貴、寒いの?」

「寒い。主に下半身が」

「温めてあげようか? あたしの体で」

「それ、家ならともかく外じゃ変態だってば」


 ただでさえ、この格好が変態なのに。

 長山さんから「タイツ履けばいいのに。持って無いの?」とか言われた。

 明穂も同様に「ショートパンツとタイツ、これで防寒はばっちりなのに」とか言ってる。

 知りませんでした。


「防寒だけじゃなくて、スカートがめくれても下着は見えないから、安心できるのもあるんだよ」


 実は目に見えない部分で工夫してたんだ。

 男子はなにも知らない。


「でも、そんなの持参してない」

「じゃあ貸してあげる」


 明穂のショートパンツとタイツを貸すというけど、問題は穿けるのか。


「荷物出てきたら貸すね。それまで少し我慢して」

「えっと、穿けるの?」

「大丈夫だって。生地伸びるから。それとも大貴ってお尻大きいの?」

「いつも見てるのに」


 まあ、明穂はいつも見てて大丈夫って判断したんだろう。


「あ、でも、明穂の穿く奴は?」

「たくさん持ってきてるからひとつやふたつ大丈夫」


 そういうものなんだ。

 だから女子は荷物が多いのかも。

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