第2話 将を射んと欲すればまず馬を射よ

 最近狙っている子がいる。

 見かけるようになったのは、本当に最近だ。


 外で見かければ朝だろうが、帰りだろうが至福の一時。

 お近づきになりたいんだけど、隣にいるのがいつも手強いばあさんだった。


 そんなある休みの日


「あ、太郎くん」

「おー、朝から会うとは……」


 花子さんの手にはリード。

 そして、仔犬!! 思わずモフモフしたくなるマルチーズの仔犬!!


「そ……、それ、その、そのこ、そのこい、そのこいっ」

「太郎くん、壊れたラジオみたいになってるよ。あ、今どきラジオはないか。回線が混んでる時の動画みたい。先に進んでくださーい」

「そのこいぬ!!!」

「この子ね、おばあちゃんちの犬なの」

「可愛いな! 触っていいか?」

「駄目。可愛いいでしょー、つい最近お散歩デビューしたんだって」

「何ヵ月だ? 触っていいか?」

「駄目。五ヶ月って言ってた」

「可愛いなぁ……。マンションだから飼えなくてさぁ……。触っていいだろ?」

「駄目だってば。マンションねー、そればかりは仕方ないよね」

「触らせてください」

「駄目なんですよ、太郎くん。ほら、あっち見てよ」

「へ?」


 そこには牙を剥き出しにしている柴犬。

 そして、短髪を紫に染めた、いかついばあさん。


「あ、いつも散歩してるばあさんだ。って、お前のばあちゃんって、『池のばあちゃん!?』」

「なに、その呼び名」

「いや、ほら。小さいときに、鯉の泳いでいる池にボールを落としたりしたからさ。池のある家なんてそうはないだろ。だから、『池のばあちゃん』ってみんなで呼んでたんだけど……。てか、お前、お嬢か!?」

「いやー、違う」

「いや、だって、あの家、確か毎日黒塗りの車が迎えに来てたぞ」

「それは叔父さんのお迎えだよ。お母さんの弟」

「……ちなみにお前の母さんは何者?」

「お医者さん」

「父さんは!?」

「お医者さん」

「なんであんなマンションに住んでるんだよ! 普通すぎるマンションだぞ!」

「お父さん、今、海外の病院に勤務してるの。その間、お母さんの希望でおばあちゃんちの近くに引っ越してきたの。その方が安心だからって」

「お嬢だろ!? てか、ばあちゃんちに住めばいいんじゃねぇのか?」

「嫌だ。おばあちゃん、あれですごくマナーにうるさいから、毎日怒られるのが目に見える」

「そこは教えてもらうべきだろ」

「えー」


 くぅん?


 そう鳴いた声に下を見ると、クリックリの瞳と目があった。


「なあ、触っても……」

「駄目。『うちの可愛い娘にどこの馬の骨とも分からない男は近づけられません』と、あの子が言っております」

「あの子?」


 花子さんの指差した先には、さっきから牙を剥き出しにして唸っている柴犬。

 たまに、「めっ!」と、池のばあちゃんに怒られて威勢が弱まるが、俺を見ては再び唸る。


「あっちの子は『豆太』って名前なんだけど、馴れない人がこの仔犬に近づくと吠えるんだって。親代わりみたい」

「ほお、つまり先に落とすのはあっちか」

「は?」

「よーし、俺と仲良くなろうぜ、豆太」


 ヴー


「お、おい。俺は極めて友好的に解決したいんだぞ。あの仔犬を心配する豆太の気持ちを汲んでだなぁ……」


 再び、『ヴー』と、唸る豆太。そんな豆太に池のばあちゃんが「めっ!」と再び怒った。


「おばあちゃん、そんなに豆太を怒っちゃ駄目!!」

「だってねぇ……」


 池のばあちゃんが大人しくなった。


 仔犬に触れようとすると豆太が怒る。

 俺が歩み寄っても豆太は怒る。

 そんな豆太は、ばあちゃんに怒られて大人しくなる。

 そんなばあちゃんは、孫に怒られて大人しくなる。

 そんな花子は、豆太が怒るからと仔犬に触らせてくれない。


 ぐるぐる回る力関係の矢印。


「どこだ、一体どこから攻略すればいい!?」

「何言ってんの……? あ」


 花子さんが近づいてくる。

 いや、リードに引っ張られてやってくる。

 そして、モフモフが足元にすり寄ってきた。


「だ、だっこしていいか?」


 撫でてからそう本人……本犬に聞いてみると、手を舐めてきたので、そっと抱き上げてみた。


 これなら誰も文句は言うまい。


「うおぉぉぉ……、か、かわいい」


『将を射んと欲すればまず馬を射よ』


 でもぶっちゃけ、将に直談判した方が早いときもある。

 あと、馬が複数いると攻略順は大事。

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