顔なき人々
そこは顔を失った人々の楽園だった。
僕はこちらに来てから、他の住人同様顔を失い、面は大きな歯車になった。仮面のようだが外せない、神経の通った歯車の頭だ。
住人はここに来るまでの物語に合った頭をしている。天文学者の怒りっぽいお姉さんは星座盤だし、地質学者のお兄さんはイトミミズの塊、生物学者の娘は正多角形でファージにそっくりだ。
そして今日、僕は病院に来ている。頭が少し錆びたから、処置してもらうためだ。
「お互い苦労するね」
そう言ったのはペストマスクの医者カルテさんだ。
「ええ、みんな個性的過ぎて疲れます」
「僕たち常識人にはつらいよね」
カルテさんは常識人ではない。
もともとヤブ医者で、人をだますばかりだった男が、真面目一辺倒に働いていた僕と同類なんて認めたくない。ヤブだから偽りの癒し、私利私欲の騙りの象徴ともいえるペストマスクになるのだ。
「ヤブが常識人とか馬鹿にするなって思ったろ? 」
私はうなづいた。
「素直だね」
「だから僕は歯車なんですよ」
「じゃあ、だから僕はペストマスクなんだよ。医療行為とは思えない鉄磨きが仕事で、顔も胡散臭い。このせいで常時過去の罪を懺悔させられる」
ここは過去を焼き増す表象の地獄だ。
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