ぜんまいライトポリューション

 懐かしき街にあの日の風が吹く。土と枯葉のにおいをまいて、私の記憶のぜんまいもまく。


 ぜんまい仕掛けの人形が動き出すようぎこちなく、不器用にあの日がよみがえる。

 昆虫を追って駆け回った日々、ツチハンミョウのコバルト色とクモの牙の痛みが、水晶体を震わせる。


 私はちゃんと生きているだろうか。


 歯車はきちんと回っているか。


 ぜんまいの空回りを覚え、消耗された駆動を胸に、ゆっくり噛み合いを確かめつつ記憶を巻き戻していく。それでも決定的な何かを思い出せない。最後の一巻ができない。


 あの時は美しい記憶だ。だが何のゆえに美しいのか忘れてしまった。


 たしかに私の内には存在しているのだ。たった一つだけ、この身の全歯車を動かす決定的瞬間を、何より大切だったあの記憶を。


 なぜ私は草や虫のノスタルジーを抱くことになったのか。


 現在進行形で、何もかもアスファルトとLEDに塗りつぶされていく。


 今日という良き休日に、近くの公園にやってきた。モンシロチョウの舞う芝の海に、そよ風で鳴くコナラは、何度も巻いた祖父との記憶だった。


 どこからともなく「夕焼け小焼け」のオルゴールが響く。


「じいちゃん、やっぱ思い出せねえや」


 都会の風にため息を混ぜる。

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