リストラストリボン

 彼女はいつも手首にリボンを巻いていた。我が母と笑顔で話す間も、寝ても、風呂上りも。聞くと理由はいつも同じ。


「君との人間愛の証」


 よく本を読んでいても、妙に文学的な表現だ。しかも日常では馬鹿に陽気で、底抜けに明るいのに、その時だけ真剣な顔をしている。


 そんな彼女が心から外すことを望まないそれを、僕は外してみたくなった。


 いつも手が近づくと、自然に離れる手首をつかんでみたくなった。


 だから夜を待った。ファンタシアは星空と相性がいい。秘密のリボンの表象は、昔の男か家族との約束か。外して帯の裏側に、物語が記されていることを思い浮かべる。


 夜が来た。草木も眠る頃、今晩は虫さえも寝て、沈黙がこの世の皇帝だった。


 私以外が死んだような空気に、心臓は狂騒曲を奏でる。柔らかな寝息すら神経を逆なでし、吐き気すら感じる。


 どうしてこう緊張するのか。幻想に酔ったのか。現実はただのリボン。解こうと僕たちの関係は変わらない。


 月明かりに照らされた、V字切れ込みの端をつまみ、勢いよく引っ張った。


 あっけなくリボンはほどけ、ぽとり重めな音がした。寝息が止まる。手がシーツに落ちた。そしてよく見ればそれは、木でできたマネキンのものだった。

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