海月村

 クラゲ狩りの季節がやってきた。


 秋の終わり、極彩色ごくさいしきのクラゲが砂浜に流れ着く。海を虹に染めて、水面がボコボコ浮き立ち、潮風はいっそう生臭くなる。


 俺と父さんは分厚い黒のゴム手袋で、拾って色ごとにわけ袋に入れる。


 クラゲたちは伝統の織物の染料になる。猛毒を持ち、布を触るだけで皮膚がただれるが、最高級の黒クラゲで染めたそれは、金銀の輝きが混ざる星空の一反いったんとなる。それは村で唯一最大の祭りに欠かせない神器だ。


「今年は青ばっかだな」


「うん」


「これじゃ母さんにうまいもん食わせてやれねえな」


「それより黒が取れないのはまずいよ」


「確かに磯ガニ」


 とれないのは仕方ないこと。それでもとらねばならない。俺たちは漁師、そして五百年続く村の祭司だからだ。その責任は命と等しく重い。


「父さんにもこの時がやってきたか」


 父さんみたいに、冗談は言えなかった。鮮やかでも色彩の強すぎるクラゲを黙々と拾う。


 これが最後かもしれない。


 物心ついた時から、この時期は父さんと一緒にクラゲ狩りをしたが、たぶん明日父さんはクラゲになる。海に沈み黒クラゲをおくる神様になる。


「おっ、カニだ、揚げて食おうか」


 だけど、いやだからか、こうプカプカしているのだ。

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