螺鈿細工の情愛

 砂浜に打ち上げられていたのは貝の人魚だった。一般の人「魚」としては、形があまりにいびつだが、美しさは美術品にも似たものがあった。


 足はカタツムリに似ている。腰には翼状に開いた二枚貝を負い、内側に螺鈿らでんらしい虹色の光沢が拡がる。螺鈿の輝きは両頬から首筋、手首、胸にも広がり、浜の砂の一粒一粒に色を宿らせた。


 砂浜を散歩していた私は、その光景に魅入ってしまった。しかし理性の奴隷な身は、熱もすぐ冷め言葉を紡ぐ。


「大丈夫ですか?」


 言葉は通じるのか。


「大丈夫」


 通じた。夜のさざ波のような細く心地よい声だった。


「帰れます?」


「無理、手伝って」


 少し図々しい。だが彼女はこのままでは、おいしい干物になる。それに物好きが拾って好き勝手してしまう未来も見える。


 この美を知るのは私だけがいい。


 こうして人生初のお姫様抱っこをしてみた。


「重っ」


「重くない」


「すいません」


 そのまま私は海につかり、置けば彼女の体が浸かるところまでやってきた。


「まだ」


 仕方ないのでズボンを濡らす。


「まだ」


 シャツも濡れてしまった。


「いいよ」


 水面はもう胸元にあった。彼女は私の首に手をまわし耳元で囁く。


「一緒に行こう?」


 次の瞬間、私は強烈に海の味を知った。

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