記念日は高級燻製

 年一回のレストランは、僕と彼女だけの時間だ。高級フレンチをふるまうここでは、それぞれの人がそれぞれの時間を過ごしている。


 皆が高貴でおしゃれに見えても、ブカブカスーツの青年と、安くても雰囲気に溶けるコーデの彼女さんだっている。金をそこかしこにちりばめた香水のきつい中年もいる。高級のフィルターを通しても、場にいる人のベクトルは違うのだ。


 その中でも僕たちは特に浮いている。千円程度のジーンズや二千円ちょいのワンピースだ。それにキャンプ場帰りで炭火臭い。もしデートするならば、ファーストフード店といった感じ。


 でも誰からも見向きもされない。


 スーツの合わない若者に、金の中年はボソッと「学生風情が」とつぶやいた。だが異常にカジュアルな私たちは見えていない。それどころか店員も、ここは空席だと思っている。


 注文を聞きに来ないし、ミネラルウォーターもお酒も出てこない。声だっていくら震わせたと思っても、多くの客は隙間風と思う。


 だから僕たちはゆっくり話す。


「ミサキ、今日は記念日だね」


「うん」


「あれから何年?」


「十年じゃない?」


「もうそんなに、じゃあ燻製記念日おめでとう」


「おめでと」


 今日は僕たちが炭の煙に燻された日。

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