水いらずのナルキッソス

 つばさを失ったカラスは、土を最高の友とした。


 同胞たちはもとより他者に無関心、人間は好機の目を向ける者もあるが、視線はすぐアスファルトへ戻る。孤独を癒そうと声をあげても、しゃがれ声はダイナモにかき消される。


 彼の居場所は街にない。


 孤独になるには賑やかすぎる街を去ろうと、足は土の薫りをたどりはじめた。


 彼の旅は、なだらかな自殺未遂。


 還るべき棺に向かい車も見ず、狐が目を光らせているのも気にせず、渇きや空腹も忘れてしまった。だが死なない。アイデンティティを失っても堂々たる姿に、無関心であった者たちは彼の物語を描く。


 人は生を見出し、殺める罪悪感を恐れて避けた。


 狐はかつて彼に負わされた傷を想い、死の恐怖に逃げた。


 風は柔らかな胸の羽毛を逆立たせ、かつて身を割いたつばさを探した。


 だが彼は街がしたように見向きもしない。英明と謳われた脳には、窒素への憧れだけが詰まっていた。


 ついに山に至る。身を横たえて「カァ」とひとつ鳴くと、木々の沈黙と闇に身をゆだねた。内の共生者は主人を食いはじめ、じきに外からも多くの者が群がる。そして形を失った。


 彼は幸せだった。やっと自分になれたのだ。


 カラスが最も愛したのは彼自身であった。

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