正義のレストラン

 路地裏にそのレストランはある。街に一軒だけの秘密の場所だ。食事は家でとればいい。だから街に食事場が無くても生きられる。それでも人目につかない場所に、人々の欲求を満たす場所としてそこは存在している。

 日も暮れ時で街が朱に燃えていた。路地裏に向かい鳴る靴は二足、運動靴らしい柔らかな音だった。

 薄暗闇にベルの音が響く。開かれた扉から身をかがめるよう入ってくるのは、たくましい男が二人。街のジムで働くトレーナーたちである。

「お二人様で?」

 不愛想な抑揚のない声だった。声の主は仕切りの奥にいて、仕切りにあいた小さな穴から彼らを覗く。漂う本能をくすぐる香りに唾を飲み、二人はうなづく。

「時間は?」

「一時間半」

「九十分ですね、ではごゆっくり」

 鍵を渡された二人は、店の奥に消えていく。シミだらけの赤絨毯に足音をかき消して、路地裏よりも深い闇に溶けていく。二人はつかの間の情事に身を溶かすのだろう。

 本能に刻まれた共食だ。それを社会はタブーとし、裏側に押しやった。誰もが隠したいと思っても必要なのだ。

 あんパンを口に突っ込まれ、窒息死するなど暴行殺人事件もよく起こっている。この抑止力として裏社会から共食サービスは消えない。

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