08:腹の中で何かが生きている気配がした
きっと美味しかったのだろうが、
そしてその後当然のように足を開かされた。これもいつもの流れだ。
永延は璃亜夢の膨れた腹部を気に入っているようで行為の最中はぞっとする程撫でていた。璃亜夢にとってこの腹の内側に巣食うのは自分を侵略する謎の生物にほかならないのに、永延はまるでそこに赤ん坊がいるかのようにうっとりと楽しそうに撫でていたのが、殊更璃亜夢の精神を圧迫させた。
止めろ、そんな触り方をするな。
この中には私を脅かす生き物がいるんだぞ。
そう叫びたい気持ちを堪えて璃亜夢は永延から受ける行為に耐えた。
気持ち悪い……。
永延の気が済み璃亜夢は解放されるといつもすぐに寝てしまう。
大抵朝まで泥のように眠るのだが、今日は朝方に目が覚めてしまった。
ゆっくりと璃亜夢が身体を起こすと、永延は隣りで緩やかな呼吸を繰り返していた。自分はこんなにも辛い目に遭っているのに、この男はそうじゃないことを考えて璃亜夢の中でこの男が憎らしく思う。財布を持って逃げてやろうかと一瞬魔が差すが、そんなことをしてもすぐに警察に捕まって、最悪家に送られる。
そうなったら、母に妊娠していることを知られる……。
母が冷ややかな視線を璃亜夢に向けるのを容易に想像できてしまった。きっと璃亜夢がこの妊娠をこの世の終わり様に感じているが、母はきっと人生の汚点の様に感じるだろう。
でも、もしかしたら、どうにかしてくれるだろうか、という期待を一瞬でも抱いてしまい璃亜夢は泣きたくなった。
このままこいつが腹から出てくるのも嫌だけれど、母を頼るなんてもっと嫌だった。
それくらいなら、腹の中のこいつと心中する方がマシだった。……出来やしないが。
璃亜夢が陰鬱とした気分に襲われながらも、身体がベタつく感じが嫌でシャワーを浴びようとベッドから床に足を下ろす。
そしてゆっくりと立ち上がった時だった。
腹を、小腸当たりだろうか、妙な波打つ感覚に襲った。
それが一回二回続くと一旦治まる。
何だったんだ。
璃亜夢は腹が脈打つような感覚に不思議に思いながら、その部分を撫でる。
久しぶりの肉に小腸が驚いたのだろうか。そんなことを考えていると、また一回二回と脈打つ感覚がやってくる。
璃亜夢は不思議に思いながらもシャワールームへ足を進めるが、ふと、食事中に永延が口にした言葉を思い出した。
「胎動が始まったら教えてよ。俺も触って感じてみたいからさ。もうそろそろじゃない?」
食事の終盤でそう言い放った彼の声が脳内に響く。
そんなものが来て溜まるかと璃亜夢は彼の言葉を聞き流していたが、もしかしてこれがそうなのか、と思って徐々に血の気が引いていく。
この腹の中にいるこいつは、璃亜夢の目からはわからないが、徐々に、そして確実に成長してきている。この妙に脈打つ感覚はその証拠なのか。
そう思うともう恐ろしくてしょうがなかった。
璃亜夢はシャワールームに駆け込むと、勢いよくお湯をシャワーから出し始める。
頭から生温い温度のお湯がかかるが、璃亜夢は項垂れながらそのお湯を受ける。
そしてゆっくりと床に膝をつきそのままぺたりと座り込み、自分の緩やかな曲線を描く腹部を見た。
こいつは生きている。
こいつは成長している。
こいつはいずれこの腹から出てくる。
その日が確実に近づいている合図がこの脈動。
いや、胎動なのか。
璃亜夢は恐ろしさに飲まれながらも波打った付近を指でなぞった。その瞬間まるで腹の中のこいつは璃亜夢の指先がそこにあるのがわかったかのように、とん、と小さく波打つ。
その瞬間、璃亜夢は腹から手を離してその胎動を感じた手で床を叩く。
今の感触を何かで拭いたかったからだ。
乱暴に何度も何度も、タイル張りの床を叩く。
その間も一度だけ脈打つ感覚が襲う。
璃亜夢はシャワーのお湯を被りながら何度も「動くな」と呪いの様に呟く。
動くな動くな動くな動くな。
「動くなよ」
そう祈るように嘆く。だけど彼女の悲鳴は、シャワーの音に掻き消されそのまま溢れ出る涙と共に排水口へと流されていく。
お願い動かないで、自分の存在を主張しないで。
お願いだから、今すぐに消えてくれ。
そう思いながら、璃亜夢はシャワー室の床に頭を擦りつけて泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます