第215話 砂丘沖の砲煙、再び その3

 ゴッズ・リース号が船足を止め、ドラゴナヴィス号に合わせて向きを変えて来ていた。

 接敵して500mを越える辺りから艦首砲で撃たれたが、不揃いの斉射は着弾点も分からない程外していた。それも向きを変えたために1回の斉射で終わった。 

 大砲はアイサ大陸のシーナ国で発明されたと言われ、100年くらい前にエンドラシル帝国に伝播したとされる。主に攻城戦や陸戦で使われるようになったが、デーン王国やエスパニアム王国がそれを艦砲に取り入れて改良した。

 先込め式で1発撃つにも時間がかかる。一回一回砲口内を掃除して燃焼滓を取り除き、装薬と砲弾を詰めなければならない。火薬の取り扱いは難しく、暴発の危険もあった。重量があるので一連の動作を分担して行うため、大きさにもよるが1門当たり最低5人から10人が必要となる。慣れていても1回装填するのに1分くらい掛かるのだった。

 ゴッズ・リース号の大砲には慣れないデルケン人が取り付いていた。デーン王国の捕虜を教官として訓練して来たが、まだまだ訓練時間が少なく習熟していない。しかも陸砲を急遽改造して載せているので、取り回しが悪く時間が掛かった。その為、艦首砲では装填済みの1発を撃つのが精一杯で、2発目は装填をする間も無く、船は向きを変えたのだった。


「舷側の大砲の斉射が来るぞ。気を付けろ。こちらも撃ち返す。砲撃準備、大砲を押し出せ!」


 砲列甲板の砲撃士官が声を張り上げるのが聞こえた。甲板には激しい喧騒が起こり、一気に時間が濃密となり、各自が大声を上げながら動き始めた。

 アダムが見ているとゴッズ・リース号のメインマストが見る見る近づいて来る。近づくにつれて左舷の砲門は既に開けられ、装填された大砲の砲口が押し出されているのが見えた。同時に1列に成って激しい砲火が砲煙と共に吹き出るのが見えた。遅れて雷鳴のような轟きが海上を渡って来る。黒々とした砲煙が舷側から海面にたなびき、一瞬の間を置いて数本の水柱が立つのが見えた。

 撃ち上げられた砲弾がゆっくりと放物線を描いて空を飛んで来るような映像を想像したが実際に見えた訳では無い。見ていると周りの喧騒が一瞬消えた様に感じて、アダムは不思議な静寂を感じだのだった。

 

「良し、撃て!」


 今度はドラゴナヴィス号の右舷砲列の斉射に船体が激しく揺れた。その轟音は耳を圧するような衝撃だった。アダムは振動に思わず足を踏ん張り周りを見たが、ドムトルもビクトールも同じようにしていた。オクト岩礁の奪還の時は一方的に砲撃していたので余裕があったが、今回は敵も砲撃して来るのだ。思わず身をかがめて衝撃に備えて動いていた。アンは船医の手伝いとして船室に降りていて、この場にはいない。


「良し、引き戻せ。装填して撃て。掌砲長しょうほうちょう、しっかり狙えよ!」


 ドラゴナヴィス号の大砲には班分けされた水兵が砲兵として取り付き、班長である掌砲長しょうほうちょうが方向や角度を調整して、必要であれば砲撃士官が確認して発射する。1回毎の装填に時間が掛かる分、無闇に撃っても的には当たらない。砲弾の着弾点を確認して毎回調整して行くのだ。

 現にゴッズ・リース号の砲列甲板では撃つ事を急ぐあまり、冷静に調整する事をしないので、砲門数の有利差を生かして着弾点を揃えるような工夫が出来ていない。2隻の艦船が交差する時間は体感的には長く感じるが、実際の時間は短い。撃てる回数は限られているのだ。

 ドラゴナヴィス号の大砲の射程は、長砲が490m、短砲が360mだった。ゴッズ・リース号は船足を止め撃ち合うべく向きを変えているが、ドラゴナヴィス号は留まって撃ち合う気は無い。速度を維持して進んでいた。

 3回目の斉射を行った時、ドラゴナヴィス号とゴッズ・リース号は正にすれ違い様に、お互いが北向きに舷側を揃えて撃ち合っていた。しかしマロリー大佐はこのまま北の沖合に抜けるつもりだった。


「トップマストの見張り台から報告、敵は2発被弾、帆や索具に損傷が見られます」

「良し! マロリー大佐、やりましたよ! はは、敵からの被弾はまだありません」


 トップマストからの報告にエクス少佐がガッツポーズをした。敵の大砲は散発的に撃って来るが、斉射と言えるレベルでは無い。やっと2回目の装填を終えて押し出そうとする動きが見えるぐらいだ。


「ゴッズ・リース号は停船したまま、斉射を続けるようです。このままでは、あと3分もすればお互いの射程から離れます」

「相手が沖合に出ないつもりなら、撃ち合いは止めだ。このまま離脱する」


 アダムの報告にマロリー大佐が即答した。


「砲列甲板、各個に狙って撃て!」


 両艦が離れるにつれて各砲の方向や角度の調整が必要になる。ここからは斉射では無く、各個に狙って撃たせる方が良い。砲撃のチャンスはあと3回くらいしか無い。

 ゴッズ・リース号としては離れて行くドラゴナヴィス号に向きを合わせて、艦尾方向から狙う好機が来るが、今の練度れんどでば舷側の大砲が20門あってもその好機に1発撃てるかどうかも疑わしい。

 一方、先行して回り込んでいたティグリス号とカプラ号が船首を東向きにして、舷側をゴッズ・リース号の艦首方向に向け、敵艦を縦方向に斉射しようとしていた。


「トップマストの見張り台から報告、ティグリス号、カプラ号が斉射して、ゴッズ・リース号が被弾しています」


 ティグリス号とカプラ号の動きは計画通りだ。敵は艦首砲で応戦しているが弱い。アダムが神の目で見ていると、2艦の斉射にゴッズ・リース号の船体が被弾して揺れるのが見えた。索具が切られて一部の帆が落ちるのが見えた。遠目にそれが見えたのだろう。甲板からも歓声があがった。

 ドラゴナヴィス号の舷側砲は9門だが、2艦の舷側砲を足し合わせれば14門あるのだ。当然被害は大きくなる。


「いいぞ、このままぶち込んで、沈めてしまえ!」


 ドムトルが歓声を上げる間も、ドラゴナヴィス号からも砲撃が続いており、振動に足元が定期的に揺れるのが分かった。

 だが、こちらも無傷とは行かなかった。突然、アダムは嫌な感じの振動を足元に感じて、ドラゴナヴィス号が被弾したことが分かった。


「被弾、被弾! 甲板注意、索具が落ちるぞ!」


 船員の叫び声が上がった。他にも索具を砲弾で吹き飛ばされたようだ。戦闘中は甲板の上に落下防止の網が張られるのだが、アダムにはそれが重たく揺すれるのが見えたのだった。


「よし、今度は艦尾砲で狙う。みんな来るんだ!」


 艦尾砲は艦尾楼甲板に2門あって、アダムたちがいる艦橋の直ぐ近くにあった。砲列甲板から砲兵を引き連れて砲撃士官が駆け上がって来た。彼らが艦尾砲に取り付くのが見えた。

 気が付けば砲列甲板は砲撃を止めていた。ゴッズ・リース号が射線から外れたせいだ。


「艦尾砲、装填完了しました」

「良し、狙って撃て!」


 足元が揺れ、轟音はこれまでで一番大きく聞こえて、アダムの耳を打った。アダムは目を瞬かせて離れて行くゴッズ・リース号の姿を追っていた。

 ゴッズ・リース号は風下側にあるので、それぞれの砲煙が流れて行って視界を遮り、被害状況が判然とは分からない。撃ち合いは短い間であったが圧倒的にこちらが撃ち勝ったように見えた。


「やったぜ! どれだけ痛めつけたが分からないが、こっちが圧勝じゃないか?」

「いや、ドムトル、これからティグリス号とカプラ号が上手く離脱できるかが問題なんだ」


 エクス少佐がアダムたちに説明してくれるが、回り込んで撃ち込んだ2艦は回頭して離脱しなければならない。今度はゴッズ・リース号が舷側を向けて2艦を斉射して来るが、浅瀬側にはロングシップも残って居る。回頭に手間取るようであれば今度は2艦が背を撃たれる事になる。これも相手の練度次第だと言うのだった。


「相手の砲撃速度がこのまま上がらなければ、2艦の被害は少ないと思うが、浅瀬近くで回頭して船足をつける間は少し不利な時間が続くからね」


 エクス少佐の話を裏付けるようにトップマストの見張り台から声が上がった。


「トップマストの見張り台から報告、ティグリス号とカプラ号が回頭しています」


 2艦は回り込んで浅瀬近くに来ている。風は一定の強さで吹いていたが、北西の風を受けて左回りに回頭している。その間、艦尾をゴッズ・リース号に向けることになった。ゴッズ・リース号も左回りに今度は右舷砲列を2艦に向けた。

 轟くような砲声が響き、ゴッズ・リース号の右舷斉射が放たれた。ドラゴナヴィス号との撃ちあいでは右舷砲列は使っていなかったので、既に装填されていたのだろう。今度は纏まって20門の大砲が一斉に火を噴くのが見えた。


「カプラ号が被弾、ミズンマストが被弾した模様です」


 どうやら敵は最後に回頭したカプラ号を集中して砲撃したようだった。アダムの目にもカプラ号の周りに水柱が立つのが見えた。カプラ号の最後尾のマストが砲弾に撃ち抜かれて途中で折れたように見えた。帆と索具が落ちて絡まり、一気に船足が落ちるのが分かった。クーツ少尉や乗組員は必死の対応に追われているだろう。

 ゴッズ・リース号は2回目の装填に手間取り、追撃が出来ないでいるが、カプラ号がもたつくようならば危険だ。手前の浅瀬に避難していたロングシップがそれを見て、もしもと漕ぎ寄せようと動きを見せた。

 ドラゴナヴィス号は沖合に離脱しつつあったが、状況によっては助けに行かなければならない。艦橋にいる全員が固唾を飲んで見守っている。

 ティグリス号は回頭を終え、離脱を開始していた。砲撃がカプラ号に集中したせいで問題なく離脱できそうだ。こちらは艦尾を向けているので、カプラ号を救援に向かおうとすると、再度回頭しなければならない。それは返って危険だ。


「ティグリス号に連絡、そのまま離脱せよ」


 すかさずマロリー大佐が司令した。風向きを確認しグッドマン船長へ向き直る。


「グッドマン船長、回頭準備、状況によってカプラ号の救援に向かう」

「了解しました。総員帆に着け、転進準備、下手回しに回頭する」


 グッドマン船長がマロリー大佐に応え、操帆指示を出す。今度は風上側へ艦尾を向けて、下手回しに転進するのでやや注意が必要だ。グッドマン船長が顔を上げ、マストの帆を見上げながら、細かい指示を出して行く。

 アダムはその指示が口づてに船全体に伝播して行くのを聞きながらも、神の目で上空からカプラ号の状況を注視していた。

 折れたマストの先と索具が絡まって引きずる様に操帆の邪魔をしているが、斧を持った船員が飛んで行って断ち切ろうとしているのが見えた。混乱している様に見えたが、訓練された船員の動ぎに迷いは無く、危機に一丸となって働く男たちの姿は目が離せなかった。この間にもカプラ号の砲列では懸命に反撃しようと動いており、射線に捕らえた砲門が火を噴くのが見えた。

 敵のゴッズ・リース号でも好機と見て砲撃しようと動いているが、動きはバラバラで散発的な砲撃に終始していた。

 アダムが注視していると、カプラ号は船足を取り戻し、残った2本のマストの帆を拡げて勢いをつけ、艦首を北に向け、戦場からの離脱に成功したのだった。


「カプラ号が折れたマストを切り離し、動きを取り戻しました。船足がついて来ました。離脱できそうです」


 アダムの報告に艦橋にいる全員が安堵の吐息を漏らした。


「回頭を中止して、予定の集結地点に向かう。再度転進に注意。グッドマン船長、お願いする」


 この時、敵の新造戦艦ゴッズ・リース号との第一回目の攻防戦が終了した。

 ドラゴナヴィス号の船上では無事戦闘を終えて安堵して歓声を上げる乗組員の姿があった。集結して戦果と被害状況を確認しなければ正確な情報は分からないが、56門艦と言う大幅に戦力に勝る相手に対しても十分に戦えるという事が分かって、全員が自信を持ち、次回の戦闘に期して戦意を高くしたのだった。

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