第216話 戦闘を終えて

 ゴッズ・リース号との戦闘を終えて、ドラゴナヴィス号、ティグリス号、カプラ号は砂丘地帯の北方の海上で集結して一夜を明かした。


「アダム、心配したのよ。船橋は平気だった?」

「ああ、アン、俺たちは大丈夫だ。怪我人も少なかったと聞いたが、、、?」

「ええ、でもカプラ号で死者が1名出たわ。全体で重傷者が1名、軽傷者が5名だそうよ。先生の話しでは1回の海戦としては負傷者は少ない方だと聞いたわ」


 アンは戦闘中は中甲板の船医室に詰めていて、船医と共に治療に当たっていた。重傷者はやはりカプラ号の船員で、集結後にドラゴナヴィス号へ運び込まれたと言う。ドラゴナヴィス号の船医は優秀な癒し手だと言う話だった。


「それで戦果はどうだったの?」


 船橋に上がって来たアンがアダムに聞いた。アダムは聞いていた戦果と被害状況を説明した。各船からの情報を集約した内容は以下の通りだった。

 ドラゴナヴィス号は右舷砲列での6回の斉射と艦尾砲による2回の斉射を中心に約60発の砲撃を行い、ゴッズ・リース号へは6発を命中させた。ゴッズ・リース号からは左舷砲列と艦首砲で1回の斉射と散発的な砲撃を受け(約30発)、1発が船体に被弾し、他にも索具の損傷を受けた。

 ティグリス号とカプラ号は右舷砲列で4回の斉射と艦尾砲による2回の斉射を中心に約70発の砲撃を行い、8発を命中させた。ゴッズ・リース号からは右舷砲列と艦首砲による1回の斉射と散発的な砲撃を受け(約40発)、カプラ号が集中して狙われた結果、ティグリス号は無傷だったがカプラ号は2発の被弾を受け、船体の損傷に加えミズンマストの先端を折られる被害を受けた。

 船体への損傷はいずれも操船に影響するような重大なものは無く、海上での修繕で問題ないと報告された。索具やロープ類の損傷は既に船員に拠って修繕を終えていた。ただカプラ号のミズンマストの修理については予備の船材で応急処理されたが、操船の影響を考えれば早い内にオルランドへ帰還させ、ドックでの修繕が望まれた。

 ゴッズ・リース号側の具体的な損害状況については、これからアダムが神の目を飛ばして確認しようとしているところだった。

 ゴッズ・リース号は14発の被弾を受け、船体と索具を損傷したと思われるが、風下側であったことから、激しい砲煙に隠れて交戦時には十分に確認ができなかったからだ。


「えー! 14発も命中したのに平気なのか?」

「いや、それなりの損害は受けているよ。普通のコグ船なら沈んでいてもおかしくない。傾きもせずに浮かんでいると言うのは、やはり船倉の区画を細かく分けて強固に気密性を高めたと言う話が本当だったのだろう。それでも、目に見えないところで大きな損害が出ているはずだ」


 ドムトルが大きく嘆いたが、マロリー大佐は自信を持って断言した。


「アダム、神の目で良く船体の様子を見て来てくれないか。区画によっては浸水して船位は下がっているはずだ」


 マロリー大佐の話しでは、海上で応急修理するのは大変だが、マルクスハーフェンまで100kmも航海して戻るのはもっと大変だ。しかも軍艦として艤装の終わったデルケン人の船を、マルクスハーフェンとしても入港させられないはずだと言った。


「その場合はどうするのでしょうか?」

「あの拠点の桟橋では平底船と言っても喫水が深いゴッズ・リース号は直接係留出来ないだろうね。荷物を降ろして船体を出来るだけ軽くして、浅瀬で応急の修繕をしてから、戦えるようならむしろオルランドへ決戦に来るだろう」


 アダムの質問にマロリー大佐が答えてくれた。マルクスハーフェンに入港できないようなら、ウトランドまで戻らなければならない。デルケン人の長老会で孤立している赤毛のゲーリックがそんな時間を掛けては居られないだろう。今の戦機を逃せば主導権を取る事は出来なくなる。マロリー大佐の考えでは無理をしてでも決戦に出て来ると考えていた。


「それと、出来るなら浅瀬に逃げていたロングシップと最初の襲撃で生き残った部隊の動向も見て来て欲しい」

「分かりました、エクス少佐」


 アダムが神の目に意識を集中しようと離れて船室に降りようとすると、エクス少佐からも声を掛けられた。

 アダムが神の目を飛ばして赤毛のゲーリックの拠点へ向かうと、マロリー大佐の言った通り、ゴッズ・リース号は拠点の桟橋に近い浅瀬に曳航されていた。4隻のロングシップが周りに取り付きロープを渡してゆっくりと曳航していた。

 浅瀬と言う事もあって帆走していては小回りが効かず砂州に乗り上げる恐れがある。自力で帆走するのではなく、曳航されてそろそろと錨地に引かれて行くところだった。

 上空から見ると索具の修繕は終わっていたが、艦尾戦闘楼と砲列甲板にはまだ被弾して破損した大きな穴が開いていた。船腹にも上からシートを被せて応急手当をした跡が2ヶ所見えた。喫水の上だったが、他にも水面の下に被弾した穴があるのかも知れない。

 そう思って見ていると、船位もやや沈み込み、船足も重たく曳かれている様に見える。甲板には浸水を汲み出す手押しポンプに取り付く人影も見えた。やはり14発の被弾は軽傷とは行かなかった様だ。

 

「拠点の方はどうかな」


 桟橋から漁村の周辺を見ると、浅瀬側の砂浜へ逃げていたロングシップも戻って来ていた。桟橋には4隻のロングシップが係留され、8隻が砂浜に上げられていた。今度は草むらに隠すような事はせず、いつでも母船の支援に海に出せるように並べられていた。

 また草地の奥に隠れていた部隊も出て来て、村の広場には前と同じように焚火を囲んで簡易テントが張られていた。


「マロリー大佐、やはり、それなりの被害を与えられたようですね」

「ああ、それなら修繕には3日から5日かかるだろう。決戦にはまだ1週間は余裕がありそうだ」


 夕刻の定例会議でアダムの報告を聞き、マロリー大佐はオクト岩礁での決戦を見越して、一旦オルランドへ帰投することにした。ガントへも報告すると共にカプラ号のミズンマストも修繕して万全な態勢で臨みたいと考えたからだ。それに重傷者もオルランドへ搬送したい。


「うーん、それにしても厄介だな。海に出れなくなった連中がゴッズ・リース号に乗り込んだら、取り回しの悪い陸砲を改造した大砲の要員として割り当てられて、斉射の頻度も上がりそうですね」

「そうだな。せめて残りのロングシップをもう少し削りたいところだが」


 エクス少佐が懸念を表明したが、マロリー大佐も同意した。今回の戦闘で赤毛のゲーリックも反省して訓練を強化するだろう。エクス少佐の懸念も当然の事に思われた。


「あの、マロリー大佐。私が夜襲を掛けて、残りのロングシップを何とか減らせないかやってみたいと思いますが、良いでしょうか?」

「うーん、考えは面白いが、相手との人数差を考えると、もし見つかったら全滅しかねないからな」


 残って哨戒任務に当たる事になっていたアラミド中尉が手を挙げて申し出たが、マロリー大佐は不安を口にした。


「あの、それなら私もアラミド中尉に協力して魔素蜘蛛を使って陽動を掛けます」

「アダムありがとう。それなら面白い事が出来そうだ」

「アダムもアラミド中尉も面白いぜ。俺もビクトールも手伝うぞ」


 アラミド中尉やドムトルが面白がってアダムに賛同すると、マロリー大佐も頷いてくれた。


「分かった。それなら、出来るだけ危険を冒さないで、相手を疲れさせるつもりでやってくれ。アラミド中尉、くれぐれも無理はしないでくれよ。決戦の時には全員の力が必要だからね」


 アダムたちはその日の内にティグリス号に乗り移って、ゴッズ・リース号を近くから見張りながら、チャンスがあれば無理をしない形で陽動作戦を行う事になった。

 ドラゴナヴィス号とカプラ号はその日の内にオルランドへ帰還したのだった。

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