第212話 マルクスハーフェンからの暗雲

 赤毛のゲーリックの新造戦艦を発見した。アダムの報告に皆が色めき立ったが、詳しい話を聞くに連れてみんなの顔色が悪くなった。ギーベルとミゲル・ドルコ船長との話から聞いていた情報とは大きく違っていたからだ。


「大砲が56門あるって!?」


 アダムは砂丘沖の戦闘の後も毎日神の目による偵察を行っていた。いつものようにティグリス号のトップマストを飛び出した神の目がマルクスハーフェンを目指して行く。

 真っ先に見付けたのはサン・アリアテ号だった。マルクスハーフェンを昨日のうちに出航したのだろう、偏西風を正面に受けながら沖合遠くを間切って進んでいた。ティグリス号が偽装した、トップマストの帆に染め付けられたエスパニアム王国の国旗が、白地にくっきりと浮かび上がっていた。

 アダムはサン・アリアテ号の行き先も気になったが、サン・アリアテ号が戻って来たという事は、目指す新造戦艦も出航して来た可能性が高い気がして、マルクスハーフェンを目指して急ぐ事にしたのだった。

 初夏の北国の太陽は輝く様に白く光に溢れていた。逆光に黒く船影を遠くに見た時、さざめく白波のように見えた影が、周りに小魚のように引き連れているロングシップだと分かった。大きな鯨と言うよりも、分厚い胸を押し立てて肩をいからせながら進んで来る雄牛のように見えた。

 全長80m、船幅18mの巨体に盛り上がって堅い外装の戦闘楼がのしかかって来るように見えた。それに相まって、3本マストを見慣れたアダムには、1本マストが優美さとはかけ離れた実用本位の力強さを感じさせた。

 今朝早くマルクスハーフェンを出港して来たのだろう。

 近づいて来るにつれて見えて来た艦首の戦闘楼には、2層になって4門の大砲が見えた。一気に通り過ぎ旋回して折り返すと、艦尾の戦闘楼にも2層4門(計8門)の大砲が見えた。


「艦首と艦尾に16門の大砲があるぞ!」


 ドラゴナヴィス号だと前後2門づつ、計4門の大砲があるが、その4倍の大砲が装備されていた。そんな頭でっかちの装備ではいくら大きな艦だとしても安定が悪い。アダムはそれから新造戦艦の周りを何回も旋回して確認する事になるのだった。


「砲列甲板の片舷に砲門が20ある! 56門艦なのか!?」


 22門艦だと聞いていたので、艦首と艦尾に16門ではバランスが悪いと考えていたが、全く規模が違っていた。片舷20門づつ、前後8門づつ、計56門の大砲を装備しているのだった。これはドラゴナヴィス号、ティグリス号、カプラ号の大砲を合計した数にほぼ等しい。


「赤毛のゲーリックはギーベルと示し合せて、ミゲル・ドルコ船長へは22門艦だと嘘を吐いていたのだ」


 実際には更に大砲を融通したアガタに対しても知らせない様に嘘をついていたのだった。アガタとの会談の時に言っていた通りに、赤毛のゲーリックはデーン王国の軍船を何隻も拿捕しており、融通してもらった42門の大砲の他に14門を捕獲していたのだ。

 その都度騙されるギーベルは良い面皮つらのかわだが、赤毛のゲーリックにしても負けられない戦いなのだ。偽装工作も当たり前だろう。

 そして蓋を開けた時のみんなの驚く顔を見るのが楽しみなのだ。基本、悪戯心のかたまりのような悪童がそのまま大きくなったようなおとこなのだった。


「別にロングシップを8隻を引き連れていました」


 マロリー大佐もエクス少佐も言葉なくアダムの報告を聞いていた。全員が何と言って良いか分からない様な気持ちなのだった。


「勝てるかな?」

「こら、静かにしろ。黙っていろよ」


 ドムトルが声を落として小さくビクトールに聞くとビクトールが周りを見て慌てて注意した。それを横目で見ていたマロリー大佐が苦笑いをする。 


「ドムトル、大丈夫だ。考えていた以上に大変になったが、負けるつもりは無いよ」

「マロリー大佐、先に仕掛けますか?」


 おもむろに口を開いたマロリー大佐にエクス少佐が聞いた。


「ここは予定通り、ひと当りしよう。相手の実力が知りたい。アダムの話の通りなら海岸伝いにここを目指しているのだろう。相手はまだ我々が砂丘の拠点を襲撃した情報は伝わっていない。そこが狙い目だな」

「はい、カプラ号も連絡のために明日には戻って来ます。3艦で沖合から一気にひと当たりする感じですか?」

「そうだ。出来れば相手が状況が分からず、沖合に一旦停泊して様子を見に短艇を出すか、ロングシップを偵察に出すだろう。その時が良い。すれ違い様の斉射で相手の力量が分かる」


 マロリー大佐は次いでアダムを見た。


「アダム、サン・アリアテ号もここへ向かっているのか?」

「いいえ、サン・アリアテ号は沖合を一気にオルランドへ向かう感じでした。新造戦艦と一緒にいるところは見せたくないでしょうから、直接オクト岩礁の近くで様子を見るか、一旦オルランドへ入るのではないでしょうか」


 マロリー大佐はアダムの回答に頷いて見せた。


「良し、浅瀬に逃げたロングシップに邪魔をさせないようにしよう。相手は逆風だ、ここまで来るのにはまだ2日は掛かるだろう。アダム、追跡して偵察してくれ。細かい作戦は明日カプラ号が戻って来た時に指示する」


 赤毛のゲーリックの新造戦艦を襲撃する事が決まったのだった。


 早速、新造戦艦発見の報告がアダムからガッツ経由でオルランドへ報告された。敵艦の予想以上の攻撃力にガントたちネデランディア首脳は同じように顔色を亡くし、次の報告まで不安な時間を過ごす事になるのだった。

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