第213話 砂丘沖の砲煙、再び その1

「ゴッズ・リース号が予定通りの進路で来ます。もう暫くすれば先行するティグリス号で視認出来るはずです」


 アダムの報告にマロリー大佐が頷いた。


「ティグリス号へ連絡、予定通りの進路で先行して進め」


 マロリー大佐の指示に信号兵が合図を送った。ティグリス号で受信応答の旗が上がる。

 アダムからの新造戦艦発見の報告を受けて、ドラゴナヴィス号を旗艦とするネデランディア海軍は砂丘沖で敵の新造戦艦を迎撃する事に決めた。

 敵の新造戦艦の名前はゴッズ・リース号と言った。アダムが書いたウトランド文字をエクス少佐が判読して教えてくれた。アダムはデルケン人の言葉が分からないので、艦首に記された船名が読めなかったのだ。エクス少佐の話では「神の光」と言う意味だと言う。

 哨戒任務でオルランド方面へ砂丘地帯を遡っていたカプラ号が戻るのを待って、船隊は位置を少し戻し、進行して来たゴッズ・リース号と敵の拠点の手前で遭遇するように配置した。

 ティグリス号を先頭に、カプラ号、ドラゴナヴィス号と北西方向に少し距離を置いて斜めに布陣した。その陣形で遭遇してから、岸に沿って南西方向に進んで来る敵艦の鼻先を北方向へ進む事にして、敵艦を沖合に誘い出して攻撃する作戦だ。

 ゴッズ・リース号にはロングシップが付いて来ているので、浅瀬に近いとこちらが動きにくい所で接近戦になると不利だからだ。

 これもアダムの神の目が上空から俯瞰しているからこそできる作戦だった。普通であれば接敵する時の形を思い通りに出来る訳は無いのだ。


「ディグリス号から報告、敵艦を発見。敵は速度を緩め、拠点と接触しようとしているものと思われる」

「了解、進路そのまま。接敵して敵の動きを見る」


 信号兵の報告にマロリー大佐が応答する。

 砲撃する時の艦の向きは重要だ。全ての方向に大砲が撃てる訳では無い。敵は56門艦と言えども、同時に撃てる大砲の向きは限られている。ゴッズ・リース号の場合、左右の舷側の20門で撃ち合うのが一番効率的だ。当然こちらに向かって左右の舷側を向けたいが、船は絶えず移動している。

 逆にこちら側から言えば、敵艦の進行方向を誘導して、砲門の少ない方向から攻撃を仕掛ける必要がある。一般的にT字戦法と言うが、敵の進行方向を遮るように縦一列に艦を並べ、こちら側が舷側を揃えて敵の頭、砲門の少ない艦首方向から斉射を行うのが効率的となる。今回はティグリス号を意識して敵艦が向き変えて来れば、僚艦は距離を詰めて一列縦隊となって攻撃する作戦だ。

 だが、これは敵も同じことなので、封鎖線を突破するのでなければ、敵も更に船の向きを調整して平行して撃ちあう事になる。ゴッズ・リース号がオルランドへ急ぐ事を優先しなければ、艦の向きを沖に向けて逆にこちらを迎え撃つ形になるだろう。それに敵は砂丘の拠点とまず接触したいはずだ。

 マロリー大佐は交差して撃ち合うだけにしても、敵に有利な浅瀬では無く、出来るだけ沖合に誘い出して撃ち合いたいと考えていた。


「ゴッズ・リース号、進路変わらず。敵はこちらを視認して、再度速度を上げてそのまま来ます」


 敵はあくまでも沖合に出ないで戦いたいのだろう。船の向きを変えず進んで来る。だがこのままティグリス号と行き過ぎれば、回り込まれる恐れがある。こちらは隊形を揃えて当たるのではなく、分散して各個が敵の砲列が揃わない方向から攻撃する事になる。こちらとしても敵の舷側の大砲20門に3艦を分散して狙わせた方が効率が良い(敵の効率が悪い)のだが、仕方がない。

 その時、敵の艦首砲が火を噴くのが見えた。遅れて砲声が響いてくる。距離が離れているので、音が遅れるのだ。暫くしてあらぬ所に水柱が立つのが見えた。


「おっ、もう敵は撃って来たぞ」

「はは、初弾は全然だめだな」


 ドムトルが声を上げる。エクス少佐が他人事のように短く答えた。


「敵の大砲は陸砲を改造したものだろう。射程は我々の艦砲よりも長いんだよ。だけど反対に着弾を揃えるのは難しいだろう」


 マロリー大佐の言う通り、敵の艦首側戦闘楼の8門が火を噴くが、ティグリス号に迫る物は無いし、着弾点もバラバラで揃っていない。余程のまぐれ当たりが無ければ大丈夫だろう。

 敵も分かったのだろう。敵の砲撃が停まった。

 すれ違って行くに連れて舷側の大砲の方向へ入って行くが、同時にティグリス号が北よりに進んでいるので2艦の距離は離れて行く。


「うへぇ、嫌だな。こんな待ちの時間は」

「はは、まだまだこれからだ。敵がティグリス号、カプラ号とやり過ごすようなら、ドラゴナヴィス号が接近して、やり過ごした2艦が回り込んで近づいてくるまで、本格的な砲撃は始まらないだろう」


 頭では分かっていても、敵の砲弾が飛んで来る中を平然と待っていられる訳がない。こちら側の砲列甲板でも大砲を引き出し、装薬と砲弾を入れるように動き出した。まずは右舷砲列を装填した。

 何もせず待っているのは乗員の戦闘意欲を低下させる。砲撃士官が厳しく声を掛け、慎重に部下の動きを見ている。砲撃戦の場合は練度の違いが勝敗を分けるのだ。


「右舷砲列、準備良し」


 砲列甲板からの声を聞きながらマロリー大佐が指示する。


「カプラ号へ連絡、速度を上げてティグリス号に続け」


 ドラゴナヴィス号がゴッズ・リース号と撃ち合うならば、回り込んだティグリス号、カプラ号の2艦で敵の艦尾方向から斉射させることになる。ドラゴナヴィス号は敵の20門の攻撃を受けるが、2艦は敵の艦尾戦闘楼の8門と14門で戦う事ができる。しかも船に縦方向の斉射の方が敵に被害を与え易い。

 反面ドラゴナヴィス号は20門に9門と半分以下の戦力で戦う事になる。後は相手の練度次第た。エクス少佐の自慢通りならば、敵が40発撃つ間にこちらは45発撃ち返す事が出来る。精度さえ良ければ十分戦える計算になる。


「敵のロングシップが浅瀬側に離れて行きます」

「ティグリス号、カプラ号が速度を緩め方向転換、敵を回り込む動きです」


 ゴッズ・リース号と同じように岸に並行して進んで来たロングシップが、拠点のある砂浜側に少し離れて行く。母船同士の撃ち合いになったら、岸側から回り込んでドラゴナヴィス号を狙って来るのだろう。

 しかし、その為こちら側も、北向きに交差するつもりで岸から距離を取ろうと動いているのだ。同時にティグリス号、カプラ号の2艦が回り込む動きを見せた。


「ティグリス号、カプラ号に連絡、各個の判断で戦闘開始せよ」


 アダムたちが息を呑んで見守る中で、マロリー大佐が戦闘開始を指示したのだった。

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