第211話 戦果の知らせ

 ネデランディア公爵家の執務室ではジョー・ギブスンが訪れ、当主であるガント・ドゥ・ネデランディアに対して砂丘地帯での拠点攻撃の顛末について報告がなされていた。

 ジョー・ギブスンの傍らには、魔素蜘蛛を通じてアダムから連絡を受けた従者のガッツも控えている。他には次男のオルケンと三男のザハト、銀の翼竜傭兵団のアメデーナが参加していた。

 ザハトも同席しているので、知らせは伝書鳩で来たと説明されていた。


「すると、45隻のロングシップを破壊し、450名のデルケン人を倒したと言うのか。驚いたな。こちらが考えていた以上の戦果だ」

「おお、初戦としてはマロリー大佐が言っていた通りになった訳ですね」


 ジョー・ギブスンから話を聞いたガント・ドゥ・ネデランディアは素直に驚いて見せた。同席して話を聞いていたオルケンもほっとしたように感嘆を漏らした。流石に話に聞いていた通りに上手く行くとは二人とも考えていなかったからだ。まだまだ油断出来る訳では無いが、今後を期待させる成果だった。

 

「ふうむ。こちらの被害はどれほどかな?」

「乗組員の戦死者が3名、負傷者が5名で済んだようです」


 ザハトも平然とした顔で聞いていたが、ギーベルの悔しがる顔が思い浮かんで、目に皮肉な色を見せた。味方の被害について質問したが、敵の損害に比べて軽微で、大勝利と言えるだろう。ジョー・ギブスンが連れて来た新戦力は、その実力を認めざる得ないだろう。

 一昨年の大侵攻の後、ザハトが戻って来た時には、ネデランディア家は息を止め、公国は分解するしかない様に見えた。父親であるガントは病に倒れ、彼が頼りにしていた長男のハーミッシュは早々と戦闘に倒れてしまった。ガントの顔色を見ながら軍隊を指揮していたオルケンには余裕が無く、そんなオルケンに縋りつくような家臣の様子は不安で腹立たしかった。

 だが、ガントは長男の死を受けて、自分がやらねばと奮起し蘇った。そんな父に引っ張られてオルケンも自前の頑固さを発揮させ、しぶとく働いて反撃して見せた。ザハトはそんな兄に軍事面を任せ、財政を中心とする内政面を担い復興に尽力した。自分ならもっと上手くやれると考えていたが、新海軍を組織してデーン王国から新造戦艦を持って来るような英断は出来なかっただろう。

 ガントとジョー・ギブスンの友情がもたらした力を認めざる得ないと考え始めていた。


「しかし、8隻のロングシップと875名ちかくのデルケン人が生き残っている。海上戦力としては弱いが、依然戦力としては無視できないだろう」


 ジョー・ギブスンは残された課題についても、ちゃんと指摘して置いた。


「ジョー・ギブスン、残った部隊が陸路を通じて攻めて来る恐れは無いのかな?」


 ジョー・ギブスンの指摘にアメデーナが聞くと、それにはオルケンが答えてくれた。


「いや、100kmも離れているからね。しかもあの辺りはまともに道も通っていない。徒歩で行軍するのは難しいし、目立つ。やはり赤毛のゲーリックの後続部隊と合流すると考えるのが順当だろう。ガッツ君、アダムはその後の追跡については何か言って来たのかな」

「オルケンさん、オクト岩礁から砂丘地帯はカプラ号が哨戒するそうです。生き残った8隻が動けばカプラ号が追跡する手はずです。ドラゴナヴィス号とティグリス号はマルクスハーフェンから来る新造戦艦に対応するので、もし生き残った部隊が陸路でオルランドに向かうようなら、それへの対処は陸軍側にお願いしたいとの話でした」

「そうだろうな」


 ガッツの返答にオルケンも当然だと考えていた。これから敵の本命の新造戦艦と残りのロングシップがやって来るのだ。これを新海軍側で何とか海上で止めてくれるのなら、新海軍を創設した甲斐が十分あったと言えるだろう。これまでであれば、その戦力がオルランドに来て、眼前に見えて来なければ対処できなかったのだ。これだけの戦力を水際で止められれば大成功だ。


「分かった。これは十分な成果だ。助力してくれている帝国騎士団や諸侯の部隊にも早速話して、今後の協力をお願いしよう。砂丘方面の陸路へも偵察を放って状況を確認する。父上、それでよろしいでしょうか?」

「ああ、お前に任せる。これは全てを海軍任せに出来る問題ではない。それぞれが出来る事をして危機を乗り越えるのだ」


 心配していた懸案事項が進展したことで、ガント・ドゥ・ネデランディアは安堵したが、同時に連日の心労に疲れを感じても居た。ジョー・ギブスンを見て軽く笑うが、表情は明るいとは言えなかった。


「みんなご苦労。少し疲れたので休む。ジョー・ギブスン以外は席を外してくれ」


 ガントの言葉に、ジョー・ギブスンを残してその場にいた人間は席を外した。


「疲れているようだな。やはり俺が話した事が良く無かったか」

「いや、正直に話してくれて良かった。ザハトについては望みを捨てた訳では無いが、公国の当主として情に流される事は無い。これも自分の不徳の致す所だと思うぞ」


 ガントは何とか次男のオルケンと三男のザハトが手を取り合って頑張ってくれる事を望んで来た。しかし、三男のザハトは越えてはいけない一線を越えてしまったようだ。

 長男のハーミッシュが優秀だったせいもあるが、ガントは後の二人の弟たちについては、そこまで考えて来なかった。良く言えば自主性に任せていたのだが、親子の関係は思い通りには行かないものだ。

 寂しく笑うガントを見ながら、ジョー・ギブスンはこれまでの長いネデランディア家とのかかわりを思い、もう一度家族の仲を取り持つ事が出来ないものかと思案するのだった。


 ◇ ◇ ◇


「お戻りなさいませ」


 自室に帰って来たザハトをメイドのジョディスが迎えた。

 ジョディスはザハト付きのメイドだった。メイド見習いとして孤児院から引き取られて来てから、彼女はザハト付のメイドとして過ごして来た。一時、ザハトが屋敷を離れた時も、てっきり自分は連れて行かれると考えていたので、ザハトが身ひとつで家を出た時には驚いてうろたえたのを覚えている。一昨年の大侵攻の後にザハトが戻って来た時は嬉しかった。ザハトは他人に見せないような優しい顔をジョディスには見せてくれるのだ。

 ザハトにとってもジョディスは特別だった。自分の殻に閉じこもって行ったザハトが、唯一心を許せる使用人だったからだ。彼女が年下で、孤児院から出て来て慣れない環境の中で頑張っている姿を直ぐ近くで見ていたせいもあるかも知れない。そばかすが浮いた平凡な顔つきだが、さりげなく主人を気遣う彼女の思いやりには、素直に受け入れられるザハトなのだった。


「どうぞ。ソフィケット様のメイドから美味しい紅茶を頂きました」


 差し出された紅茶のカップはシーナ産の陶磁器だったが、暖かな湯気と香気にザハトは苛ついていた気持ちが癒されるような気がした。ソフィケットの名を出されて改めて見ると、デーン王国の商会が輸入したシーナ産の茶葉を加工した物だろう。随分高価な嗜好品だったはずだ。改めてギブスン商会の財力を見せられた気がした。ここまで差があると認めざる得ないだろう。


「ありがとう」


 ザハトが言葉を掛けると、ジョディスは嬉しそうに微笑んでくれた。

 ジョディスはザハトが見せた寂しげな笑いに心が締め付けられるように思った。中々自分を見せない彼女の主人は優等生として弱みを見せない様に育てられて来た。自然と明るく周りに溶け込む事が出来た長男のハーミッシュと違って、本当に不器用なのだ。でも周りの人間には堅い仮面の下の傷つきやすいザハトの心が分からないのだった。

 ジョディスは孤児院から拾い上げてくれたネデランディア家に深い恩義を感じていた。何とかザハトが家族ともう一度一つになって生活できるように、使用人である自分に出来る事があればと願うのだった。

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