第204話 砂丘沖の砲煙 その1

 神の目がティグリス号のマストトップを拠点にして捜索を開始した。数日してアダムにはひとつの流れが見えて来た。

 まず航行するロングシップの違いが分かって来た。赤毛のゲーリックの一族がどうかは判別出来ないが、略奪船と交易船の違いが上空からでも一瞥して分かるようになって来た。神の目はくっきりとロングシップに乗り込んでいる人間を識別する。明快に乗り組んでいる乗員(戦士)の数が違うのだった。


「そうか、分かって来たぞ」


 鷹の目はヒトよりも色を多く見える。ヒトは赤、緑、青の3つの色を組み合わせる事で、全ての色を認識しているが、鷹はそれに加えて紫の光(紫外線)を認識する事ができた。組み合わせる色が増える事で、鷹はヒトよりも色の識別力が遥かに優れているのだ。

 さらに、鷹の目には焦点が2つあった。ヒトの目はひとつに焦点を当てると、周辺は見えにくくなるが、鷹は飛行方向を見据えながらも、別の視点を動かして獲物を探し、追う事ができた。鷹はヒトの7.5倍の視細胞を持つと言われているのだ。


「この流れを辿れば良いのだ」


 一度違いを認識すると、神の目は高速で飛行しながらも略奪船が判然と識別できるようになった。そして何回がウトランドから砂丘方面へ飛行する内に、航行するロングシップの中で確かな数の略奪船が混じっていることが分かって来た。

 その上で、砂丘地帯をオルランドに向かって戻って行くと、途中でその略奪船が見えなくなる。途中の拠点で隠されているのだ。ロングシップは全長が20mから35m位で小さく軽い。砂州に上げて隠してしまえば見えなくなる。

 アダムはその事を意識しながら、神の目を何回か飛ばす内に、怪しい漁村が3ヶ所ある事が分かったのだった。


「ここと、ここと、ここです」


 アダムが夕刻の定例会議で地図を示して説明した。


「最初は拠点と言うので、1ヶ所だと思って探していて分かりませんでしたが、3ヶ所に分けて砂州に上げて隠しているようです。戦士は小屋に別れて隠れていると思われます」

「そうか、予想した通りの場所だったようだな」


 マロリー大佐は落ち着いた様子で答えた。


「でも大佐、敵が海上に居ないと襲撃が難しいですね。出来れば敵の戦艦が合流する前に一度は叩きたかったが」

「そうだな、海上に居る数隻を沈めても、相手に警戒させては元も子もない。アダム、ティグリス号は今どの辺りに居るのかね」

「ここです。3ヶ所はあまり離れていないので、ティグリス号はウトランド側に近い拠点の沖合に待機しています」


 アダムは前以てアラミド中尉から聞いた地点を指さした。


「マロリー大佐、オルケンに言って、陸側から奇襲を掛けてみるのはどうかな?」


 ドムトルが提案すると、クーツ少尉が鼻で笑った。


「馬鹿だな、そこは陸側からは交通の便が良くない場所だぞ。行くのも大変だが、行って戦って戦果も無ければ、戻って来るのも大変だ。オルケン直属の部隊ならともかく、帝国騎士団は嫌がるだろう。それにオルケンの部隊もオルランドを離れて、その間に侵攻を受けたら大変だ。オルランドを離れるのは無理に決まってる」


 もっともな意見にドムトルがムッとするが仕方がない。誰もクーツ少尉の意見に反論しなかった。


「ドムトルが考えた事は私も考えたが、敵の数が纏まっていれば戦いに行く甲斐があるかもだが、雌雄を決する戦いでもなければ、無理をしてオルランドを開ける意味が無い。逆に少なく奇襲に行かせても、相手の備えに返り討ちに合うのが落ちかも知れないね」


 マロリー大佐が慰めるように説明を加えてくれた。


「ここはタイミングが難しいが、我々も前以て沖合に乗り込んで居て、相手の戦艦が近づいて来て合流する直前、相手が出航準備で海上に集合した所を狙うしかありませんな。ここはアダムの神の目の情報だよりに成るかもしれません」


 エクス少佐が言う言葉に全員が頷いたのだった。


「そうだな、チャンスが何時来るか分からない。我々も出来るだけ早く近くに待機して様子を見た方が良い。明日には出航しよう」


 マロリー大佐はドラゴナヴィス号を出港させることに決めたのだった。


「グッドマン船長、サン・アリアテ号が出航したと聞いたが、ジョー・ギブスンから情報は無かったのかね」

「ええ、サン・アリアテ号が今朝出航したそうです。港湾関係者の情報では、次の寄港地はマルクスハーフェンだと言っていたそうです」

「ふん、何処に行っても良いが、マルクスハーフェンとは意味深だな。でも、肝心な時にアダムの得意の蜘蛛の情報は無いのかい」


 すかさずクーツ少尉が嫌味を言うが、グッドマン船長は無視して話を続けた。


「それと、ジョー・ギブスンの情報では、マルクスハーフェンのスタロフスキー商会がロイズ家の依頼を受けて、エンドラシル帝国から大量の大砲を仕入れたそうです。なんでも東方で接するアイサ大陸の西匈奴が勢力を増して来ていて、その備えに御三家の一つであるロイズ家が動いたとのことです。その内の一部が横流しされたかも知れないとの話でした」

「ほう、、、拝炎教が勢いを増しているのか、、、」


 ジョー・ギブスンの情報にマロリー大佐が小さく呟いた。


「マロリー大佐、拝炎教とはどのような宗教なのですか?」


 アンがマロリー大佐の呟きに即座に反応して聞いた。


「ああ、バルトール海沿岸からアイサ大陸の西部に渡って広がっている宗教だよ。エンドラシル帝国の光真教と同じで善悪の2柱の神を中心とした教義だったはずだが、詳しくは知らないな」

「ほう、さすが七柱の聖女、七神正教の国教神殿に入り浸っているだけの事はある。異端者には厳しいのかな、、、」


 またもやクーツ少尉が嫌味を言うが、アンは素直にそれに答えた。


「光真教によく似た宗教と言うのが気になるのです。オーロレアン王国の王都での騒動では、闇の御子の使いと言うのが暗躍して苦労しましたから」


 王都のゴブリン騒動は近隣諸国にも噂が流れており、マロリー大佐たちも知っていた。アンだけでは無く、アダムたちもその話に反応しているのが分かって、みんなが少し押し黙った。


「でも、デルケン人は神の眷族『巨人族』が始祖だと自称しているのだろう? 神の子孫なら『闇の御子』側とは違うと思うよ」

「そうね、、、少し考え過ぎだったようね」


 アダムが言うと、アンも素直に頷いた。


「俺が気になったのはそっちじゃないぜ。横流しのことさ。エンドラシル帝国のアガタならやりかねないぞ。大砲をデルケン人に横流しして、困るのは神聖ラウム帝国とデーン王国だものな」

「おや、ドムトルもたまには鋭い所を突くじゃないか。確かに僕もアガタならやりかねないと思うよ」


 ドムトルはアガタの事になると何かと陰謀と結びつけて考えたがるが、今回はビクトールも同意したのだった。ドムトルとビクトールの話にアダムとアンも頷き合ったが、アガタの事を知らない他のみんなは反応できず、話題はそれで終わってしまった。


「では、みんな準備を開始してくれ」


 最後にマロリー大佐の掛け声で皆が動き出した。ドラゴナヴィス号は明朝にも砂丘に向けて出航する事になったのだった。

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