第203話 アガタ母娘の会話
「お母様、赤毛のゲーリックなんかに大砲を融通して良かったのですの?」
「ふふ、アダムが心配なの?」
姿形は姉妹にしか見えないが、実際は母娘らしい。その年を感じさせない容姿はエルフ系の特徴かもしれない。正確には母親はハーフエルフで娘は更に人間とのハーフだった。
「しかも、艤装用のドッグも貸すなんて」
「だって、直ぐにアダムの神の目に見つかってつまらないじゃない」
母親の方の目が悪戯っぽく輝くのが見えた。娘は困ったような仕草で答えた。
アガタは赤毛のゲーリックに大砲42門を融通したばかりでなく、オクト岩礁を奪還された赤毛のゲーリックに、新造戦艦を艤装するためのドッグも貸したらしかった。
「大丈夫よ、心配しないでも。秋の新学期には帝国学園でまた再会できるんだから。あの可愛いドムトルとも会えるわね」
「別に、心配してないです。それに馬鹿なドムトルなんてどうでも良いし」
アガタの話しでは、皇帝も古い体質の者は必ず淘汰されると言っているらしい。だから神の眷族『巨人族』の末裔であっても、古い体質を変えられない赤毛のゲーリックは、運命に勝てないだろうとアガタは言う。自分が大砲を渡した位でアダムが傷つくとは全く考えていないアガタなのだった。
「それでは、皇帝はわざわざ大砲を与えても、滅びる者は滅びると試していると言うの?」
「ほほ、まあ、敵の敵は味方だから、デルケン人が頑張って神聖ラウム帝国やデーン王国を困らせてくれたらめっけものと言う感じかな。あの子たちが肩入れしているとは知らなかったけれど、強い運命のアダムには、試練であっても危険ではない程度の物だと思うわ」
マグダレナは新学期までの社会勉強と言われて、母親と一緒にマルクスハーフェンに来ていた。二人は貴族用のホスピターレと呼ばれる高級宿に泊まっているのだった。ホスピターレは七神正教の巡礼者宿が発達したもので、物見遊山の金持ちが泊まる高級宿だった。
窓から広がる運河を見ながら、2人は居間で紅茶を飲んで寛いでいた。水路を行き来する帆船が小さく見えて、北国の初夏の陽光に白い帆が煌いて見えた。温暖なエンドラシル海沿岸で育った二人には、朝の空気は冷たくて気持ちが良かった。
「でも、良く42門の大砲を神聖ラウム帝国に持ち込めたのですね」
「そりゃ、わたしはエンドラシル帝国の裏の情報機関の
神聖ラウム帝国は大小雑多な諸侯による連邦国家の様相を呈しており、歴代皇帝は有力な諸侯の互選で選ばれる形だった。特にホーエン家、ロイズ家、ゲッテンベルグ家が有力で、現在のマルクス・ウィルヘルム5世はホーエン家の出身だった。
「今回はロイズ家に収める大砲に紛れ込ませて持ち込んだから、誰に咎められる事も無かったわ。官僚的と言うか、鼻薬が効く社会なのよ」
即位式では神器である王冠が引き継がれ、国教神殿長の祭祀で行われる儀式では王冠が太陽光で輝き、神に受け入れられた皇帝に諸侯は忠誠を誓う。この世界は神の加護によって守られており、皇帝は神に認められて引き継がれるとされていた。
「それに、今回使った商会はマルクスハーフェン商人組合の理事でもあるスワロフスキー商会だから、通関の書類チェックなんかも無審査のようなものだったわよ」
アガタによれば、神聖ラウム帝国は歴史のある大国だが、それゆえに世襲貴族は時代的・権威主義的で緊張感が無く、官僚的で停滞している。一方で安定した政治状況から経済活動は活発で、富の集中も始まって自由都市が台頭して来た。
王族・諸侯(政治)と神殿(宗教)に加えて第三の勢力として商人(財界)の台頭が著しい。特に高い税金を払って幅広い自治権を獲得した自由都市が、更に同盟を組んで王宮や諸侯との間でロビー活動を行い、政治に口を出すようになって来た。更には自前の自衛軍を持つ都市まで出て来たと言う。マルクスハーフェンはその代表で、自由都市同盟の盟主としてその影響力を増していると言うのだった。
同じ北海航路の主要港でありながら、オルランドとは違い、政治的な立場や権威に頓着せず、ウトランドのデルケン人とも早くから講和して交易を行い、むしろ莫大な利益を上げているのだった。
「それなら、お父様も皇帝も周辺の蛮族を征服するのではなく、この大国を攻め滅ぼさないのですか?」
「それは、果実が熟すのを待っているのよ。こんな国でも図体が大きいから面倒だし、細かいのを残して置くより、最後に大きいのを飲み込んだ方が楽だからよ。それと、、、」
アガタは言葉を切って、少しマグダレナを見てから言った。
「西の匈奴が台頭して来ているの。これは誰も注目していない辺境の蛮族だけれど、これから一気に勢力を拡げそうなの。これはきっと、神聖ラウム帝国との共通の敵になると皇帝も考えている。だからそれなら、まず神聖ラウム帝国に喰らい付かせて、こちらは様子を見ようと皇帝は言うのよ」
ブリアント大陸は南東部でアイサ大陸の北西部と交わっているが、そのアイサ大陸の西部で遊牧民族である蛮族が大同団結をする動きを見せていると言う。まだ文明国の話題になっていないが、その中心になっている部族で5年前に王子が産まれた。その部族が世代交代して急成長しているのだと言うのだった。
「そんなに、皇帝が恐れているのですか?」
「いいえ、恐れていると言うのとは意味が違うわね。何か壮大な実験が行われているのを遠くから眺めているような感覚よ。何かを試そうとしているのかも知れないわ」
「お母さま、私には良く意味が分からないのですけど」
「そうね、、、あのね、私にとっても皇帝は神に次いで理解を越えた存在なのよ。もしかすると、帝国を大きくするのにはもう飽きたのかも知れないわ。皇太子戦でも、何が何でも自分の息子に勝たせたいと考えている様でも無いし、あの方が皇帝戦の後に、誰に、何を残そうと考えているのか、とても理解が及ばないもの。光真教が暗躍するのも分っているのに、それもある程度自由にさせているように思うわ」
アガタの口調が珍しく不安定で弱々しく感じられて、マグダレナは改めて自分の母親を見やったのだった。
「戦い続けて国土を拡げても切りが無いし、同じことの繰り返しで詰まらないと言うの?」
「分からないわ。皇帝は人間としてやれる事は何でもできるようになった存在なのよ。でも人間に出来ない事は出来ないのよ。永遠に生きる事もね。どこかで自分の事業を終わらせなければならないし、誰かに何かを渡そうとしているのかも知れないわ。その前に色々試しておられるのかもしれないと思う時があるのよ」
アガタの話が他の話題にも及ぶ。
「まあ、デーン王国とエスパニアム王国の新大陸にも興味があるみたいね。それに、3本マストの外洋帆船や大砲に興味があるのも、新しい海上軍事の実験かも知れないわ。今回の戦いでは大砲の有用性が証明されるでしょうね。皇帝はガレー船を改造して大砲を載せようと実験しているのよ」
「ねえ、それよりもお母様、聞きたい事があるのだけれど」
「なあに?」
「どうしてプレゼ皇女と一緒にアダムたちを呼んだの? プレゼ皇女を帝国に取り込むには邪魔だと思うのだけれど」
「どうかしら、私にも分からないわ。ただ面白そうと言うだけなのか、皇太子戦で何かの役割を与えるつもりなのか? 今回の指示も、アダムに与えた試練なのかも知れないわ」
「えっ?」
「ふふ、分からないのよ」
アガタは娘を見ながら楽しそうに笑うのだった。
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