第202話 マルクスハーフェンからウトランドへ

 アダムが神の目で偵察を開始した2日目、北海を沿岸沿いに進んだが、最初はマルクスハーフェンの港が確認できず行き過ぎてしまった。少し戻って大きな河口を見つけたので、河川を遡って内陸へ進んで行くと、そこに大きな港湾都市を見つけたのだった。

 港湾都市と言えば河口にあるとばかり考えていたが、河川が内陸部で縦横に伸びる運河となって広がり、マルクスハーフェンはその中心に造られた美しい城塞都市だった。

 オルランドがデルケン人の侵攻で苦しむ中で、帝都ベルリーニに近い事もあって、北海航路の港湾都市としては最近隆盛を極めているのだろう。なるほど、これなら高い税金を払ってでも幅広い自治権を買い取って、商人組合が自由を謳歌していてもおかしくない。ジョー・ギブスンから聞いていた以上に発展しているようにアダムには思われた。

 この状況をオルランドと比較して見ると、少し不利な条件でも早くデルケン人と講和して、経済発展を優先すべきとザハトが言うのももっともな様に思われた。


「だからと言って利益優先で、同胞のオルランドを攻撃する軍艦を建造して良いとは言えないだろう」


 アダムは見た目に豊かで美しい自由都市を見ながら、余計義憤に駆られて来るのだった。

 アダムは運河沿いに係留された帆船を確認しながら、神の目にマルクスハーフェンの上空を何回も旋回させたが、該当するような新造戦艦は発見出来なかった。全長80mで船幅18mもある大型帆船だ。1層艦とは言え、そこに頑丈な艦首楼と艦尾楼を備えていると言っていた。見逃すはずは無い。

 この港で造られたとすれば、既に出航して何処かに向かったのだろう。それともまだ進水式も終わらないで建造中なのだろうか。

 

「アダム、造船はそこでしても、軍艦としての艤装ぎそうは人目を避けて、何処か別の場所でするのは普通のことだよ。捜索範囲を広げて、飛ばせるならウトランドまで調べてみてはどうだい。ロングシップの動きを見付けて、辿って行けるかも知れないよ」


 渡して置いた魔素蜘蛛を通じて、アラミド中尉から状況を問い合わせて来たので、ちょうど良いと相談したら、そんな答えが返って来た。


「なるほど。最初からウトランドまで飛ぶつもりだったので行ってみます。また連絡します」


 アダムはそう言うと神の目に意識を飛ばして、ウトランドへ行くように促した。

 神の目は分かったと答えたが、目は河原で草を食む野ウサギを見付けていた。久しぶりの好物に神の目が興奮するのが分かった。瞬間、アダムが意識をする前に神の目は急降下を行っていた。

 アダムが食事をしている時も神の目や蜘蛛のゲールは飛び回って偵察してくれている。そんな彼らの食事タイムを邪魔する訳にいかず、アダムは暫く別の作業をすることにしたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 その頃、アラミド中尉が乗るティグリス号は沿岸伝いに砂丘地帯に近づいていた。

 ここは元々淡水湖だったところが隆起し、そこに海流から砂が堆積して砂丘地帯となったもので、後背地には三日月状に広い淡水湖が残っていた。陸側からの交通の便も悪いことから人家もまばらで、さびれた漁村や密輸業者のアジトのような桟橋の付いた小屋がたまにあるくらいの場所だ。

 見慣れない3本マストの外洋帆船が近づいて行くと、住民は警戒して船を砂州に乗り上げて隠れてしまう。ティグリス号は喫水の深さから岸にあまり近づけ無いので、少し大きな漁村を見付けると、ボートを降ろして乗組員に話を聞きに行かせたが、デルケン人の情報は聞き出せなかった。


「あまり姿を見せると警戒して動きが分からないな。少し沖に停船して様子を見よう」


 アラミド中尉はアダムからの情報待ちをして、少し沖に離れて停船することにした。錨を降ろし、日課となっている砲撃訓練をして時間を潰すことにしたのだ。


「副長、砲撃訓練をする。全員を甲板に集めろ。班単位で時間を計って競わせろ」

「了解しました。総員甲板へ集合。砲撃訓練を開始する」


 最低限の操船要員を残し、水兵も砲撃訓練に参加する。どかどかと乗組員が砲列甲板に集まって来た。それぞれ担当する大砲が決まっているので、班別にその横に整列して砲撃士官の号令を待つ。


「標的となる空き樽を流せ」


 同時に準備していたボートが進み出て、砲撃の的になる空き樽を少し離れた海上に投下した。空き樽は遠くからも分かり易いように赤いペンキが塗られている。


「俺が時間を計っているぞ。砲撃士官は怠ける者が居ないようにちゃんと注意しろ。良し、始め!」


 副長が開始を宣言して、手元の砂時計を返した。それを合図に一斉に動き出す。砲撃士官の指揮の元、5人一組で大砲に取り付いていた。


「よし、砲身を引いて、装填準備!」

 

 まず3人掛かりでロープを引き、砲身を舷側から引き出す。すかさず一人が砲口に回り込み砲門の蓋を取る。残ったもう一人が突き棒のようなモップで砲身の中を掃除し、火薬の燃焼滓を拭ってから装薬を詰める。装薬は1回分が靴下のような布袋に入れられていて、分量が間違わないように工夫されていた。蓋を取った者が砲弾を転がし入れると、掃除した者が再び突き棒で砲弾を奥にしっかりと押し込んだ。

 火災や誤爆を恐れて手許に置く装薬は制限していた。砲撃中はボーイと呼ばれる少年兵が装薬を中層甲板の火薬庫から受け取り、各砲へ走って渡す事になる。訓練中も同様に少年兵が甲板を走り回って配っていた。


「方位、角度調整せよ!」


 ロープを引いていた3人の内の1人が、砲身の根元にある火口に栓をして暴発を防ぐ中、残りの2人が台座を操作して角度と方向を調整した。


「角度、方位調整しました」

「良し、押し出せ!


 再び全員でロープを引いて砲身を舷側に押し出す。砲撃準備の完了を待って、砲撃士官が方位と角度を再確認する。


「良し、撃て!」


 号令と共に、点火役が火口に火を押し当て発砲する。砲声が響き渡り、黒々とした砲煙が辺りに拡がって、舷側から海面に流れて行く。唸り声を上げて砲弾が飛んで行くような気がして、全員の目が標的を見るが、着弾を確認する間もなく、再び号令がかかって砲身を引き出す事になるのだった。

 後は疲れてくたくたに成るまでそれが続く事になる。海上に漂う標的に簡単には命中しないのだった。


「良し、止め。今日は3番砲が一番だったぞ。班員にはラム酒の配給を増やす。厨房担当に申告して良し。良くやった」


 副長は全員に向かってそう言うと、アラミド中尉に向き直って報告する。


「艦長、砲撃訓練を終了します。今日は3番砲が一番でした」

「よし、ご苦労。大分早くなって来たな、副長。こりゃ、次の戦闘でもうちが一番だな。くれぐれもクーツ少尉のカプラ号には負けないように」


 日頃は余裕ぶって言わないが、やはり後輩のクーツ少尉には負けられないと思っているようだ。アラミド中尉が満足そうに答えたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ウトランドは北海に対して、内海であるバルトール海を蓋するように突き出た半島で、周辺の島々を含んでウトランドと呼ばれていた。海峡を挟んで向かい会うテネブラエスネ半島は、ブリアント大陸の最北に近く、バルトール海を腕を伸ばして抱え込むように大きな半島だった。

 テネブラエスネの名前の由来は『暗い島』で、昔はバルトール海が広いために果てが確認できず、大きな島だと思われていたために付けられた名前だった。

 バルトール海は寒く一年の半分は氷で閉ざされている。今は5月の終わりで一番過ごしやすい季節だった。日が長く日没は21時40分を過ぎる。

 デルケン人の長老会がある都市は、北海とは反対側のバルトール海側にある一番大きな島にあった。半島の幅は約80kmくらいなので、アダムは北海側からテネブラエスネ半島を対岸に見て、回り込むように飛んで行った。

 神の目が上空から見ると、北海を背景に緑の大地が広がり、豊かで厳しい自然に鮮やかな印象を受けた。

 さすがにデルケン人の本拠地だけあって、海には数多くのロングシップが航行している。一見して赤毛のゲーリック一族の船が分別できる訳ではないので、今はここまで来たからと言って敵の動きが察知できる訳ではない。

 それでもここから再び北海に掛けて戻って行く中で、60隻もの船団が集結するような動きがあれば分かるに違いない。アダムはティグリス号のマストトップを拠点に、何日もかけて神の目で偵察するつもりだ。

 アダムはアラミド中尉が待つティグリス号に向かって神の目を帰還させた。

 帰りは西日の太陽を絶えず見ながら神の目を飛ばす事になる。砂丘地帯に着く頃には夕刻を大分過ぎた時間だったが、日はまだまだ沈む様子はない。

 

「日が長く、日没の夕日が続く海岸線が美しい。アンやドムトルにも見せてやりたいな」


 アダムは転生してから一番長く上空を飛翔し、この世界の豊かな自然を巡ったような気がした。転生してこの世界に来なければ見れない情景だ。不思議な感慨に打たれて感動した。

 思わず目が潤んで来て、アダムは顔を伏せた。定例会議中の仲間には見せられない。いつか自分が転生者であることを告白する時が来るのだろうか。


「アダム、ずるいぞ。お前、今ゲールか何かで遊んで気を飛ばしていただろう。ちゃんと話を聞けよな」

「そんな事ないぞ。お前の勘違いだ」


 アダムは笑って受け流したのだった。

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